第20話 噂の指名手配犯”人斬り美女”

黄金の朝日が窓から差し込む。

「ううん」

この日、俺は小鳥の囀りで目を覚めた。

「ムニャ」

何か柔らかいものを俺の腕の中に感じる。

何だろう?


試しに掴んでみる。

「ん? なんだこれ?」

毛布のように柔らかい。


「うにゃ」

子猫みたいな声を出して”それ”は布団の中から現われた。

「み、みのり!?」

彼女は子猫みたいに体を丸めて小さく呻く。


本当に、こうしてみたら可愛いんだよな。

彼女の蝋人形のように整えられた顔は冷たかった。


長い睫毛。

薄い眉。

絹のように滑らかな輝きを持つ金色の髪。


こうしてみると本当に一国のお姫様なんだなと思う。

彼女の背中に手を伸ばす。


みのりの滑らかな髪に触れる。

ほんのりと甘い香りが彼女から漂う。


もう一眠りしようと思っていたが、それはどうやら無理らしい。

こいつと向き合っていると理性が吹き飛んでしまいそうだ。


みのりの腕を自分の体からそっと離して彼女とは反対側の窓側に体を向ける。

それでも眠れない。

完全に目が覚めてしまっている。


仕方が無い。

起きるとするか。


俺はベットから体を起こす。

「ちょっと、待って・・・・・・にい」

彼女は体を子猫みたいに丸めてブツブツと夢の中で独り言を言っている。


本当、こうしていると子猫にそっくりだ。

猫耳があれば早急に彼女の頭に付けているところだ。


ベットの上に座ったまま、スウスウと寝息を立てて寝ているみのりの頭を優しく撫でる。

サラサラの髪だ。

今すぐに蕩けてしまいそうなくらいに優しい感触だ。

俺の心もついでに蕩けてしまいそうだ。


「ううん」

やべ。起こしちゃったかも。

「あおいにい?」

みのりは子猫みたいな小さな手で目を擦る。

彼女は眠たそうに体を起こす。


「ここは・・・・・・どこ?」

「宿だよ。ほら、昨日泊まっただろう?」

「ん? そうだっけ?」

「そうだよ。それで俺達はこの部屋に泊まったんだ」

みのりは眠たそうにウトウトと頭を上下に揺らしながら話している。


彼女が寝間着としている袖縁にフリルが付いているピンクと白色のワンピースは彼女の肌の白さと相まって絶妙なコントラストを作っている。


守りたい。

そういう保護本能が俺の意思と関係無く働いてしまう。


守る事が出来るだろうか。この俺に。

この疑問は彼女といるときにずっと頭の中でちらついている事だ。


「朝ごはんを食べようよ。あおいにい」

「あ、ああ。そうだな」

みのりの一言にはっとして咄嗟に答えた。


今そんな事を考えてもしょうがない。

「さっさと着替えて一緒に下で食べよう」

「うん」


「それじゃ、みのり、お前が先に着替えろ。それじゃ、俺はドアの向こうにいるから。着替えたら言ってくれ」

決まったぁ!カッンペキ!!!

これぞレディファースト!


いやぁ、これ一回やってみたかったんだよな。

現実世界では女の子と話すことすら困難だったというのに今ではこうして普通に話す事が出来ている。


思えば、こっちの世界に来てから女子と話す時間が多い気がする。

というか、女子としか話していない気がする。

果たしてそれが良いことなのか悪いことなのかどうかは俺にもさっぱり分からない。


後ろから服の裾を引っ張られる。

「あおいにい」

「みのり?」

背中にふさふさの柔らかいものが当たっている。


それがみのりの頭だって事は直ぐに分かった。

もう一つ、背中に当たっているものがあった。

高さで言ったら自分の腹の辺りだ。


柔らかいものが二つ当たっている。

これって・・・・・・

「あの、みのりさん?」

「一人じゃ、寂しい。一緒にいて」

「いや・・・・・・それは・・・・・・」

彼女は腕を俺の腰に回してきた。


これは流石にやばい。

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

俺の理性が崩壊してしまう。


「ほ、ほら。早く着替えないと朝ご飯が食べられないぞ。知っているか? みのり。朝ご飯ていうのはお昼になったら食べられないんだぞ? 12時になったらもうお昼ご飯なんだぞ。朝ご飯じゃ無いんだぞ。11時過ぎからはお昼ご飯だとか言う人もいるけどな。でもこのままだとお昼ご飯を食べることになるぞ。それでも良いのか?」

みのりはむっくりと頬を膨らまして俺を睨みつけてくる。

今にも噛みつきそうな子犬みたいだ。


「む。それは確かに困るのよ」

やめろ。

頭を俺の背中にドンドンぶつけるな。

地味に痛いから。


「朝ご飯は食べたいのよ。でも、一人で着替えるのは怖いのよ」

「怖い? 何でだよ」


「だって、窓から誰かが入って襲って来たらどうするのよ?」

「いや、だからドアの傍にいるって言っているだろ。俺の言うことを信じろよ。みのり」

俺の腰に回しているみのりの両腕をゆっくりと外して振り返る。


「ふぁお!?」

みのりはワンピースの紐を右肩だけ外している。

おかげで彼女の小さな肩が露わになっている。


「ちょっ! お、お前何をやっているんだ!?」

「だって、あおいにいが一緒にしてくれないから――」

なんじゃそら。

もう駄目だ。耐えられない。


「ちょっと、あおいにい!」

俺は、ドアまで素早く移動して廊下に出て閉める。

「もう。あおいにいの意地悪」

フン、と彼女は悪態を吐き捨てた。


それからは何も起こらなかった。


流石に、幾らあいつの護衛役を任されたからって、着替えを見るのは不味いからな。

ドアの向こうからは衣擦れをする音がする。


このドアの向こうでみのりが着替えているのか。

ゴクリ。

口の中に溜まった唾を飲み込む。


って、何を考えているんだ俺はぁぁぁ!

思わず両手で頭を抱えて壁に打ち付ける。


「ちょっと、大丈夫? あおいにい。何か凄い音が今したんだけど」

みのりはドアを少しだけ開けてひょっこりと顔を出す。

みのりの体を覆っているタオルと色白の生足がちらりと見える。

「うん。大丈夫大丈夫」

視線をみのりから逸らす。


「そうなの? それなら良いんだけど」

そう言ってみのりはドアを閉めてしまった。


「ふう」

何とか誤魔化すことが出来た。


それから数分後みのりがドアから出て来た。

「お、おい。何だその格好は・・・・・・」

彼女の絹のように艶やかな金髪は髪を後ろに丸く束ねている。


白とピンクを基調としたワンピースにレース付きの帽子を被り、足には鮮やかなピンク色をしているモージャリーを履いていた。

彼女は、少し上目遣いで俺を見つめてくる。


くっ、可愛すぎる。

「ど、どうかな」

「いや、どうかなとか言われてもなぁ」


「ま、まあ似合うんじゃないのか」

少し照れくさい。


「そ、そうかな? 城から出る前に一つだけ持って来たのよ。私、お城から気に入っている服を持って来ていたのよ。とは言っても、この服しか持って来ていないんだけどね」

目をぱちぱちし、頬を赤く染めて唇に手を当てる。


何なんだろう。

この空気は。

苺みたいな甘酸っぱい匂いがする。


彼女にどう話しかけたら良いのか分からない。

この空気の啖呵を切ったのはみのりだった。

「あおいにい、早く下に降りて朝ご飯食べようよ。あちしお腹空いたよ」

「あ、ああ。そうだな。下に降りて朝食を食べようか」

「うん!」

なんとか誤魔化すことは出来た。


下に降りると、店の中は冒険者で一杯だった。


朝から仲間と酒を交わす者。

ダンジョンや森の攻略の計画を立てる者。

掲示板に貼られている討伐依頼のモンスターの討伐計画を立てている者。

指名手配犯がいないか店内に目を光らせている者。

一人で書物を読んでいる者。

学問や世論の議論を交わし合う者。

それぞれ異なる目的を持つ者達がこの店に集まって来るらしい。


カウンターには髪をオールバックにした胸に蝶ネクタイをしたスーツ姿のマスターの姿があった。

さらに、ウェイトレス二人の女性が客の注文を伺っている姿が見えた。


一人は少しカールの掛かった黒髪をストレートに下ろしている。

大人びた顔をしており、若くて美人系の女性だ。

優しそうな黒い瞳をしている。


もう一人の女性はもう一人の女性よりも背が低くて白いリボンで髪を後ろに束ねてポニーテールにしている。


黒くて大きな瞳は雫のように透明で輝いていて、色白で小さな唇は熟れたリンゴのような艶を出していた。


ポニーテールの女性はストレートの髪をしている女性と非常に良く似ていて美形だが、こちらの方が幼い。

恐らく、ポニーテイルの女の子の方が娘さんでストレートの髪をしている女性が母親なのだろう。


一番端の席が空いていたので俺とみのりはそこに座ることにした。

近くにはグランドピアノが置かれていた。

恐らく、時々ここで演奏会か何かをするのだろう。


そう思って、ここ最近、『スピリッツ・パラレルワールド』に来てから曲や歌を聴いていないことに気が付いた。

唯の偶然かな?


メニューを頼もうと机の上を見るとメニューらしきものが無い。

「あれ? メニューが無いな」

俺は手を挙げてウエイトレスさんを呼んだ。


「すいません。メニューを一つ頂けませんか?」

「はーい」

ポニーテールの娘がハキハキとした声で駆け寄って来た。


女の子は俺とみのりに『朝食用』と書かれたメニューを渡して、

「こちらがメニューとなります。ご注文はどうされますか?」

「うーん。そうだな」

パラパラとメニュー表を眺めながら考える。



それにしてもかなりメニューの種類が多いな。

特に食べたいものも無いしな。

「オススメのメニューってありますか?」

「本店の朝のオススメのメニューはこちらの”グリンガルの肉と卵のサンドイッチ”です」

彼女は常に笑顔を絶やさない。接客行に慣れている証拠だ。


グリンガル? 聞きなれない生き物だな。

「そのグリンガルというのはどういう生き物なんだ?」

「あら、グリンガルをご存知ではないのですか」

なんなんだよこの娘は。

まるで、虫けらを見てくるかのような目で俺を見てくるんですけど。

正直、怖いんだけど。


「はっ、グリンガルを知らないんですか? それでも貴方は冒険者何ですか? しょうがないですね。教えてあげましょう」

クソ、この娘腹立つ。


「グリンガルは、言ってみれば大きいトカゲですよ。大きいとは言っても、体長約40メートルの大蜥蜴なんだけどね。食べたら脂が乗ってて美味いし、冒険者の間では初心者の訓練用によく使われるの。貴方、そんなことも知らずにこの街まで来たの?」

そこまでお前に言われる筋合いあるか?


「あのな、こちとらつい一昨日まで『スピリッツ・パラレルワールド』の外の世界にいたんだぞ! そんなこといきなり言われても分かるわけ無いだろうが!」

彼女は、はぁと深いため息を吐く。


「なるほどね。貴方は元々この世界の住人ではないわけね。それなら納得だわ。貴方は?」

「え、あ、あたしは」

みのりは、目をキョロキョロと泳がす。


口を小さく開いて、

「あ、あにゃしはほんにょうみゃきょにょちぇちぁいにょにゃにみゃちぇんきゃら。みつにょみゅうと、まみょいみいにょおにゃにて」

「ん? なんて? お嬢ちゃん。ちょっと、聞こえずらかったんだけど」

リボン少女が追い打ちを掛ける。


みのりは、唇を強く噛んで俯き、眉に皺を作る。

「わ、私は、あおいにいと同じなのよ。この世界の住人じゃ無い」

「え? う、嘘・・・・・・」

葵は、ポカンと口を開けたままにしている。

今ならその中にリンゴや飴を入れても気付かれないだろう。


「本当よ。私は、『スピリッツ・パラレルワールド』から来た住人なのよ。決して、元からここに住んでいたNPCじゃ無いのよ。私は、あおいにいと同じで現実の世界でこの世界に来たれっきとした人間なのよ」

だめだ。みのりが一体何を言っているのか分からない。

いや、言っていることは理解は出来るのだが、頭がその現実を受け入れるのを拒絶している。


落ち着け。

とりあえず落ち着け。俺!

みのりが俺の目を見つめる。


心臓が体の外に飛び跳ねるかと思った。


嘘だろ!?

いや、NPCでは無いかなぁとは薄々思ってはいたけど、思っちゃいたけど、まさか俺と同じ境遇だったなんて。


てことは何だ?

みのりは俺と同じ『スピリッツ・パラレルワールド』の出身であること。いやでも、それでいてこちらの世界のお姫様ってどういうことだ!?

もう、訳が分からん。


聞きたいことは色々あるが、取り敢えず今はスルーして後で聞くとするか。

口から何かが出そうなのを我慢する。


今はそれよりも飯だ飯。

「それじゃ、俺はその”グリンガルの肉”で」

「あ、あちしも」

ポニーテールの女の子はメモを書き込みながら、

「畏まりました。それでは少々お待ちください」



そう言ってポニーテールの女の子は軽やかな足でカウンターへとスキップして行った。

「さてと、それじゃさっきの話の続きをしようか。みのり」

「ちょっと、何この雰囲気は。何であおいにい怒り気味なの?」

みのりは、疑問符を五つくらい頭の上に浮かばせているような顔をしている。


「だって、みのり現実世界の住人とか初めて知ったし、何でそんな人間がこの世界でお姫様のような立場になってるんだ?」


「のようなじゃなくてそうなんだよ。あおいにい。あちしはれっきとしたお姫様だから。一国の王女様だから。まぁ、あちしにも色々あったのよ。目覚めたら王室のベットで寝てたりね」

え? 何それ? どういうこと?


「それじゃ、みのりはこの世界に転生したら王宮のベットの中で寝ててそのまま王様の娘っていう設定になっていたとそういうことか?」

「そうそう。そういうこと」

「てことは、この世界に来る人は勝手に自分の生い立ちを事前に設定されている場合があるってことなのか?」

みのりは自分の唇に手を当てて考える仕草をする。


「そうね。あおいにいはそんな設定無かったものね」

「そうだな。何で設定がある奴とない奴とがいるんだろうな」

「分からないわ。そのくせ前世の記憶はあるのよねぇ。記憶は消されていないのよね。だから、このゲームを作った人にとって私達の記憶を消すつもりは無い。寧ろ、残しておくことに価値があると考えている。だからこそ、私達の記憶を残しておいているのよ。そこにどんな思惑があるのか全然分からないんだけどね」

確かに、彼女の言っているとおりだ。


この世界の創造者はこの世界の支配人でもある。

この世界の秩序を操る神である。

だから、俺達プレイヤーがこの世界に迷い込んだ時点でプレイヤーの記憶を消す事なんて容易いはず。


それなのにそれをしないということは何らかの理由が、意図が必ずあるはずだ。


一つ目は、創造者が何らかの企みがあってそれで俺達の前世の記憶を残しているという点。

二つ目は、この世界の理、つまり、『スピリッツ・パラレルワールド』の法則に関わってくるものなのかも知れない。

例えば、「メインワールドを作る時はプレイヤーの記憶を操作するような設定をする事を禁ずる」みたいな感じのものがあったり。


それ以外のことかも知れないけど、今何をどう考えても憶測の域を出ない。

これからじっくりと調べていくしかないのだろう。


「ま、そんなお堅い事は今はどうだっていいのよ。飯を食っては戦は出来ぬっていうしね。問題はご飯を食べてからにするのよ。食べてから」

目を爛々と輝かせてフォークとナイフを立ててカンカンとテーブルに叩いている。


おい。

お行儀が悪いぞ。


その時、テーブルの上に二皿のお椀が置かれた。

「お待たせ致しました。こちらが”グリンガルの肉と卵のサンドイッチ”になります。

お肉と卵の香ばしい匂いが鼻をつく。

どちらかというと鶏肉を焼いたときの匂いに似ている。


「おお! こ、これが”グリンガルの肉と卵のサンドイッチ”か。確かに美味そうだな」

ゴクリと唾を喉の奥に流れ込ませる。

「うん。とても美味しそうなのよ」

みのりは目を見開いて如何にも口から涎を垂らしそうな顔をしている。


一口、サンドイッチに齧り付く。

グリンガルの柔らかい肉から肉汁が口の中に溢れ出す。

卵は柔らかく味わい深い味がする。

卵と肉の柔らかさに相まってパンの端は少し硬い。


「美味しい! 美味しいのよあおいにい!」

何というか、本当に美味しそうに食べるなこいつは。

「みのり、口に卵が付いているぞ」

そう言いながらみのりの口に付いた黄色い物体を机の上に置いてあるティッシュで拭いてやる。


みのりはへへへと笑う。

こうしているととても可愛いんだけどなぁ。

てか、食べ方が栗鼠みたいだな。


「ちょっと、あおいにいあおいにい」

完食するまであと三分の一という所まで食べるとみのりが腕の裾を引っ張ってきた。

彼女は顔を近付けて、

「ねね、あおいにい。あちし達の後ろの人の話を良く聞いてみて。凄い話をしているよ」

「ん? 後ろの人?」


横目でみのりの言っている二人組を見てみる。

一人は赤髪でライオンみたいなツンツンした髪型をした男。

その赤髪の男と相席しているのは青髪でストレートの髪の男だ。


赤髪の男はタバコに火を浸けながら、

「おい。最近噂になっている女騎士の話知ってるか?」

「知ってるぜ。月の光のように綺麗な銀髪に宝石みたいに澄んだ青い瞳をした少女らしいな」


「そうそう。あの暗殺教団スレイクの団員をこの一週間で五十人殺しているっていう話だぞ」

「五十人か。それは確かに凄いな。一日平均七人殺しているということか」

赤髪の男は灰皿にタバコに付いた灰を落とす。



青髪の男は両手の指を組んで机に乗り出す。

「噂では十人いる幹部の内三人殺したっていう噂だぜ? 一体女騎士は何が目的何だろうな」


「さあな。そんなもの俺には分からない。なんせ、一日目に幹部を一人、部下の団員を十人殺して次の日に指名手配書が出されたらしいぜ」

赤髪の男はポケットからボロボロになっている紙切れを机の上に出して広げた。


青髪の男はヒューと口笛を吹いて、

「そりゃ、凄ぇな。一日で指名手配犯になるとは。お! しかもスゲェ可愛い子じゃねえか。この子がその犯罪者なのか?」


「ああ。そうだ。本名が分からないらしいんだが、人斬り美人って言う名前が付いているらしいぞ」

「うっひゃー、そりゃおっかねえや」

二人はそこでケタケタと笑い合う。


コホンと青髪の男はわざとらしく咳をして、

「でな、見た目の特徴なんだけどよ。これが変なんだ」

「変? 変とはどういうことだ?」

葵は一層その声に耳を傾ける。


「それがな、格好は踊り子の服でよ、ブラジャーとベルト、スカートは鮮やかな青色なのに『ニホントウ』という武器を持っているらしい」

「『ニホントウ』? なんだそりゃ? あんま聞かねえ武器だな」


「だろう? それがピンク色の柄が縁に付いているらしい。もの凄く切れるらしい。噂ではその場にいた団員の武器を一瞬にして切ったらしいぞ」

青髪の男は、声を震わせて、

「おい。化け者かよそいつは。で、一番重要な懸賞金の方は幾らだ?」


赤髪の男は右手を広げて青髪の男に見せる。

「五百万ミルノ」

「ご、ご、五百万ミルノだって!? んな阿呆な! ま、そ、それはマジなのか!?」

「ああ。マジのマジだ」

赤髪の男は落ち着いた声で、動揺する青髪の男の質問に答える。

端から見れば赤髪の男は青髪の男をからかっているように見える。


「だって、五百万ミルノっていえば国家テロリスト級の額だぞ」

「だから、それだけ危険な女だということだろう。行こうぜ。これだけの額があれば一生遊んで暮らせる。つまり――――」


「つまり、その女を殺してその首をギルドに渡そうと」

「そういうことだ」

赤髪の男は口角をにっと上げる。


「拘束して国に譲渡するというやり方もある」

「まぁ、どちらにしろ」

赤髪の男はタバコを灰皿に擦り付けて、

「その”人斬り美人”を見つけない限りどうにもならねぇってこった。俺達は賞金稼ぎ。誰かヤらねぇと折角マルチェロに来た甲斐がねぇだろうが。少なくとも俺はこのまま手ぶらでこの街から出るつもりはさらさらねぇぞ」


青髪の男は赤髪の男を宥めるようにして、

「そりゃ、俺だってそうだ。へっ、”人斬り美人”かお目に掛かるのが楽しみだぜ。まずは情報収集だな」

「ああ。街の人に聞いて情報を集めながらこの街にいる情報屋の所まで行こうぜ」

「だな。それが良い」

青髪は赤髪の意見に賛成して去って行った。


「おい。聞いたかみのり」

「うん。聞いたよあおいにい」

「懸賞金が五百万ミルノだって。まあ、でも俺達がわざわざ関わるような奴じゃないよな。そんな化け物」

最後のサンドイッチを口の中に放り込む。


どうやらみのりはとっくにサンドイッチを食べ終わっていたらしい。

デザートのアイスクリームを美味しそうに食べていた。

「確かに、そうね。仮に戦ったとしても私達は一瞬で負けるだけなのよ。あちし達にはもっと重要な任務があるのよ。あおいにい」


ゴクンと最後のサンドイッチを喉に通してコップの中に入った水を飲み干す。

「そうだな。さっさと仲間を探し出さねぇとな。さてと、俺達もそろそろ活動を開始するか」


俺とみのりは立ち上がって外に出る。

変わらず埃臭い匂いが町中から漂う。


道路の端から何者かの視線を感じる。

でも、それはこの街では当たり前のことだ。


ハイエナのような飢えた獣の視線だ。

こんなことなら孤児の格好をして街に出てくるべきだったな。


俺の一歩前を歩くみのりが独り言かそうでないのかぼそりと呟く。

「堂々としていれば大丈夫よ。コマ二ティの人達は基本恐がりで億l病なのよ。だから、今の所は大丈夫。お金も必要な分しか持って来てないし、盗られても大丈夫なようにあちしとあおいにいで分担してるから仮に盗まれたとしても大丈夫なのよ」

「そうだな。それよりも今は情報収集だよな」


「取り敢えず、情報屋が何処にあるか聞いてみようよ。”人斬りの美女”は勿論気になるけど、今は次の街の情報収集をしていくのが賢明なのよ」

「確かにな。みのりの言うとおりだ」

そういうことで、ひとまず人が集まる市場に俺達は行くことにした。


それにしても、一週間前に突如として現れて人を次々と殺していく"人斬りの美女"とは一体何者なのだろう。

何故か、その事が頭の中にこびり付いて離れない。


俺は、頭の中に浮かんでいる指名手配犯のことを無理矢理忘れようと頭を振った。


ダメだダメだ。

それよりも今は次の街までの行き道を考える方が先だ。


俺とみのりは市場の方へと真っ直ぐに歩いて行った。

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