第19話 脱走

鈴の付いた〈ロマンティー〉と書かれた木製の看板が釣られてあった。


木製の落ち着いた感じの扉を開くと、カントリースタイルな雰囲気のお店が現れた。

「いらっしゃい」

ダンディな声がカウンターから聞こえた。


カウンターの方を見ると、オールバックで鼻の下だけ口髭を生やしている如何にもなマスターが立っていた。

「何処でも座って良いですよ。今日は結構空いていますから」


グラスを綺麗に拭きながらマスターは案内する。

「そ、それじゃ、座ろっか」

「そ、そうね」

雰囲気に飲まれてしまう。


いやいや、今俺たちはお茶とか飲んでいる場合じゃ無いだろ。

「宿泊用の部屋とかありますか」

「ええ。ありますよ。二階に上がって頂ければ。唯、ここは旅の方でも知る人のみぞ知る宿泊場所なので、お金が他の宿泊施設よりもかなり高めにしてあります。また、暗殺を避ける為のお部屋でもありますので、外ではここでの事は一切口外致しませんという約束をして頂ければ案内致します」

マスターは淡々と男前な声で必要なことのみを述べる。


「勿論です。今、私たち〈コマニティ〉から逃げているんです。お願いします。助けて頂けませんか。お金はいくらでも払うので」

「そういうことなら仕方がない。私に連いて来て下さい」


マスターは蝶ネクタイを整え、カウンターから出る。

丸テーブルが交差するように店内に五台配置されている。

店長はその間を潜り抜けて部屋の奥の右側へと歩いて行く。


無論、俺とみのりもマスターに付いていく。

右側に曲がると暖炉があり、その上に男とも女とも言えないなんとも不思議な仮面が逆さまにされていた。


目は剥き出しにされており、緑色の瞳が埋め込まれ、口から薔薇の様に真っ赤な舌が突き出す様に出ていた。その仮面の髪は血のように赤いアフロでどことなくピエロのように見えた。


マスターは人差し指でその仮面の右目の瞳を押し、次に左目の瞳を押した。

そして、仮面の舌を引っ張りその仮面を両手で掴んで百八十度回した。

すると、どうしたことだろうか。


そこの壁一面がゆっくりと奥に押し出されるではないか。

ゆっくり、ゆっくりと。

「さあ、ここから階段に登りますよ」

マスターはそう言って人一人入るのがやったであろうという壁の隙間を顔色一つ変えずにスタスタと歩いて行く。


壁の隙間は薄気暗かった。

「大丈夫か。みのり」

一応、女の子であるみのりを心配して話し掛ける。

「うん。大丈夫」

みのりはそう言いながら俺の袖を掴んでくる。


心臓の鼓動が速く、大きくなる。

階段を上っていた時間は五秒そこらだろうが、一時間くらいに長く感じた。


ずっとこの時間が続けば良いのに。

ずっとこのままでいたい。


不謹慎にも俺はそう思ってしまった。


階段を上がって二つ扉を過ぎたところでマスターは止まり、右側の扉を開けながら、

「ここがあなた方二人の部屋となります」

俺とみのりは扉に足を踏み入れる。


マスターは俺たちより一歩先に歩いて先導する。

彼は、扉の近くにある電気を付けた。



「おおお!」

思わず俺とみのりは唸り声を出してしまった。

それほどに部屋の中に広がる光景は俺たちにとって衝撃的だったのだ。


部屋は店内と同じカントリースタイルの雰囲気で統一されていた。

木製の家具が部屋中に置かれていてとても爽やかな雰囲気を醸し出していた。


「ご自由にお使いください。出て行く場合は私に申して下されば精算致しますので。詳しいことは机の上にある冊子をご覧下さい」

マスターはそう言って部屋から出て行った。


「さて、これからどうするかだな。みのり」

今の端に置かれている長方形型のソファに寄り掛かってみのりに話しかける。


「そうね。一応〈コマニティ〉は上手く撒いただろうし、この店に入った事が分かったとしてもあのマスターなら何とかしてくれるわよ」

鼻を鳴らして彼女は自信たっぷりに言う。


「なんでそんな所まで言えるんだよ」

「だって、あのマスター戦闘慣れしてそうだったし、あのお店の机だって強化されていて普通の机よりも丈夫に出来ていたのよ」

「な、なんでそんなことまで分かるんだよ」

彼女の事はこの街に来る前からその知識量、洞察力共に並外れているとは思ってはいたけど、ここまでとは。


「だって、見れば分かるじゃない。そんなの」

普通ではない。

彼女の事を一目見た時からそう思ってはいたが、それは彼女の人形の如き可憐さ、神秘さからだ。


だけれど、今回は違う。

彼女のこの膨大な知識量、洞察力はどこから来るのだろうと聞きたかったが、聞いてはいけないような気がした。

俺は言葉を喉の奥へと飲み込んだ。


「そうだな。今日は早く寝よう。 みのりも疲れたろ」

「うん。あちし疲れたのよ。お休みあおいにい」


「うん。お休み」

こうして俺たちはダブルベットで反対側に体を向けて眠りに就いた。


これから俺たちはどうなるのだろうと頭の中を過ったが、それは今悩むことではない。


未来の俺がその時悩めば良い。

唯、それだけのことなんだ。

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