第26話 〈ゲート〉の存在
「〈ゲート〉?」
「そうじゃ。〈ゲート〉じゃ」
「それはどういう・・・・・・」
「まあまあ、そう焦るでない。説明というものには順序というものが必要なんじゃよ。お坊ちゃん。その〈ゲート〉というものは、言わばその街への入り口じゃ。実はな、ルーシアには普通の街や村にはある門が無いんじゃよ」
「門が無い?」
これに反応したのはみのりだった。
「そんな、それじゃその街に入ることさえ無理なのよ」
その反応を待っていたかのようにおじいさんは髭に覆われた口を開けてケタケタと笑う。
口の中からは黄色に滲んだ横並びの歯が覗く。
おじいさんは沢山の皺がある人差し指を立てて、
「そう。ルーシアに直接入国する事は通常は不可能なのじゃ。だがの、一つだけ入国する方法があるのじゃ」
「それが〈ゲート〉――」
「そうじゃ」
天井にぶら下がっているランプが怪しく点滅する。
「〈ゲート〉はいつ、何処に出現するのか全く分からないそうじゃ。それに、〈ゲート〉は一部の者にしか見えないそうじゃぞ」
「訳が分からないわ。そんな・・・・ループが出来るような技術を持っている国なんて私は聞いたことが無いわ」
「だからこそ、ルーシアは『幻の街』、『都市伝説の街』、『伝説の街』と言われているんだ。でもな、出現率は場所によってまちまちらしいのじゃ」
「つまり、出現率が高い所が存在するということなんですね」
「そうじゃ。知りたいじゃろう?」
「もちろんですよ。教えて下さい」
「幾つかあるんじゃが、その一つがお前さん達がいるここじゃ」
「「「え・・・・・・」」」
三人の声が重なった。
「ぷはっ」
おじいさんは吹き出して大笑いをし始めた。
「だはは! なんじゃ、3人とも。その間抜け面は! 全く、儂が予想していたよりも面白過ぎるぞ」
「だ、だって、まさか、ここがそうだなんて予想するはずが無いじゃないですか」
「うむ。それもそうじゃな。でも、これは確かなことじゃ。目撃人数が10人を越しておる。可能性としてはかなり高い方じゃろう」
確かに。
「ちょっと待って」
俺の右側に座っているみのりが話の流れを止めた。
「その人たちはどうやってそれが<ゲート>だって分かったっていうの?」
おじいさんはそれを聞くと、感心したようにほぉ、と溜息を吐いて、
「中々鋭い質問をするのう。金髪のお嬢さん」
おじいさんはコップを口に付けるが、中身が無いことに気付いてポットからコップへと珈琲を注ぐ。
黒い液体がコップの中へと美しい曲線を描きながら注がれていく。
ポットがコポコポと音を立てながら、珈琲をコップの中に入っていくのが何とも可愛らしい。
コップの中に注がれた珈琲の液体から、白い湯気が浮遊しコップの中に入っている珈琲が七割くらいになると、おじいさんはポットを縦にして元ある場所へ戻した。
おじいさんはコップの中に注がれた黒い液体に息を吹きかける。
液体が風に乗り、小さな波紋を描く。
波紋と波紋が共鳴し合って、また新たな波紋を作り上げる。
白い湯気もおじいさんの息によって形を変える。
二、三回くらいそれを繰り返すとおじいさんは珈琲を白髭に覆われた口に入れる。
ゴクリ、ゴクリと喉が動く。
「くは。やはり、喋ると喉が渇くのう。それで、だったかのう。そうそう、〈ゲート〉じゃったな。〈ゲート〉が現われると空間が歪んで見えるそうじゃ」
「空間が歪んで?」
「そうじゃ、〈ゲート〉というのは空間を歪ませて場所と場所を繋ぐ、言わば橋のような役割のものだからのう。ワームホールというやつに似ているのかのう」
「なるほど。だから、空間が歪んでいるように見えるわけだな」
「そうじゃ。理屈で言えばそうなるがのう。実際にするとなると、とんでもない技術力じゃからのう。儂の知っとる世界の街の中で群を抜いた技術力を持っておる事になる。それは、かなり、かなりとんでもないことじゃ。もし、ルーシアがそんな高度な技術力を持っている街なら、この世界を支配する事も容易じゃろうな」
何という・・・・・・
でも、それはルーシアが存在したという時の話だ。
目撃証言は確かにあるものの、それはあくまで噂の域を出ない。
それが噂である限り完全に信じる事は決して出来ない。
でも、やってみる価値はありそうだ。
「もっと詳しい出現場所は分からないんですか?」
「そうじゃのう――」
おじいさんは顎髭を撫でて考える。
「残念じゃが、無いのう。探しても意味が無いしのう。すまないのう。少年」
「いえ、色々と教えて頂けただけでもとても助かりました。有り難う御座います」
立ち上がると、両側に座っていたミリルとみのりも立ち上がる。
「もう行くのか。また、独りぼっちになってしまうのう」
おじいさんは寂しげに少し顔を俯かせる。
「でも、ここは人の出入りが激しい所じゃからのう。待っておけばいずれ人が来るわい」
「そっかーー」
扉を開けておじいさんの方を向いて、
「本当に色々とお世話になりました。有り難う御座います」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「いいんじゃよ。むしろ、老いぼれの話に付き合ってくれてありがとうのう」
帰り際におじいさんに手を振った。
おじいさんは皺だらけの手で振り返してくれた。
心が温まる。
こんな日常が続けば良いのにと思う。
でも、俺にはこの温かさは無縁だ。
俺には狭い部屋で一人ゲームをしているような、ナメクジのような生活をしているのが性に合っている。
それは、自分でも分かる。
でも、そんな人間には憧れる。
俺達は、後ろ髪を引かれる思いで、喫茶店に戻る事にした。
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