第17話 マルチェロと暗殺教団

「マルチェロは暗殺教団スレイクの本拠地なのよ。町としては大きい方なのよ。でも、人口は三万人いると言われているわ。都市としては小さい方ね。暗殺の依頼は世界中から来るのよ」


「で、何でそんなところに俺達は行くんだ?」

「ん。だって、その町が一番近いから。大丈夫なのよ。スレイクは一般人には手を出さないわ。唯、あいつらは依頼のあった人物は何者であっても殺すわ」


「え? でも、今一般人には手を出さないって・・・・・」

「それは、依頼が無かった場合の事よ。あいつらは依頼があったら必ず依頼された人物を暗殺しに行くのよ。その分大金を払わないといけないけれど。でも裏の職業だから仕方の無い事ね」

「何のためにスレイクは暗殺稼業なんかしているんだ?」


みのりはコホンと一つ咳払いをして、真面目な顔をして話始めた。

「マルチェロは世界で一番犯罪率が多いのよ。窃盗、強盗、ケンカ、暴力、強姦、殺人等々、別名『日殺しの街』って言われているのよ。昔は警察もいたらしいんだけど、あまりにも犯罪件数が多いから統率が取れなくなったらしいのよ。そこで現われたのが--」


「暗殺教団スレイクというわけか」

「そういうこと。彼等が登場してから犯罪率は以前よりも激減したって聞いているわ。警察も彼等に暗殺の依頼を申し込む事が多々あるそうよ」

「警察も!?」

葵は思わず目を見開いて大声を上げる。


「ええ。そうよ。それだけ犯罪が多いって事なのよ。そのおかげで犯罪率が減っている。でも、逆にその影響で犯罪者狩りが始まったわ」

「犯罪者狩り? それは何なんだ?」


「そのままの意味よ。犯罪者を狩るの。マルチェロは多くの犯罪が起こる中で特に危険な人物に懸賞金を掛けているのよ。それを目当てに懸賞金稼ぎが世界中から来るほどなんだから」


淡々と暗殺やら殺しやらと口にする十歳位の女の子を見ているとなんだか複雑な気持ちになってしまう。


「なるほど。犯罪者を捕まえるために懸賞金稼ぎも来るのか。それでも犯罪率は下がらないんだろ?」

「ええ、そうね。街は荒れて犯罪者の住処となっているわ。いたちごっこよ。いたちなんて居ないけど」

何故、わざわざそんな所に行かなければならないんだ。


お姫様で温暖育ちだから人を疑うということを知らないのか?

それとも、俺の実力を知りたいのか?


「みのり、一つ聞いて良いか?」

「ん? なあに?」

「なんでそんな危険なところに俺達は行かなくてはいけないんだ? 幾ら近いからってわざわざそんなところに行かなくても良いんじゃないのか?」

「駄目よ」

みのりは断固としてマルチェロに行きたいらしい。


「何でだよ。俺はみのりを守る為にここに居るんだろ。さっき王様が言っていたことをもう忘れたのか」

もし、本当に忘れていたのならとんでもない大馬鹿嬢だ。

彼女は僅かに眉に皺を寄せる。

ほんの少し腹が立っているのだろう。


「いいえ。忘れていないわ」

どうやら彼女は拗ねているらしい。

「それじゃ、なんでわざわざこんな危険な街に行くんだ」


「だって、他の街に行くためにはマルチェロを通るしかないの。それに、マルチェロの周りには森があるんだけど、その森は『迷いの森』って言われているのよ。その森は複雑な構造をしているし、幻術を使う魔獣もいるっていう噂があるわ。だから、その『迷いの森』に入った者は二度と戻っては来られないって言われているわ。だから誰も『迷いの森』に入りたがらないのよ」


「なるほどな。だからか。一生森の中で過ごすか。もしくは、犯罪者が一日中蔓延っている街の中に行くのか。究極の選択だな。でも、一生森の中で生きるより犯罪者がいるところの方が良いかもな。一生そこにいるわけでもなし。それに、直ぐにそんな街は抜け出せば良いからな」


「え? 何か面白そうじゃない」

「え?」

彼女の顔を見る。


目が宝石のようにキラキラと光っている。

彼女の目は好奇心で一杯らしい。

こんな風に好奇心に侵された人間はもう駄目だ。

何を言っても言うことを聞かない。


しょうがないな。

どちらにせよ、マルチェロに行かなくてはならないんだ。

後のことは野となれ山となれだ。


それにしても、危険なのはみのりがとんでもないお転婆娘だって事だ。

迷子にならなかったら良いのだが。


「良し。マルチェロに行くか。ていうか、それしかないからな。でも、これだけは約束して欲しい」

「ん? 何よ?」

人差し指でみのりの鼻を突く。


「俺の側から絶対に離れるな。何があってもだ」

彼女は、口を尖らせる。

「それくらい分かってるわよ。おじいちゃまとの約束でもあるし。あたしもそこまで馬鹿じゃないわ。でも、人っていうのは知的好奇心に逆らえないものなのよ。知的好奇心っていうのは本能的なものだから」

何か賢そうな事を言っているが、単にわがままを言っているだけだ。


「何を馬鹿な事を言っているんだお前は」

彼女の頭を右手で優しく殴る。

「あたっ」

彼女は小さく、艶々の肌で頭を押さえる。


「もう。いきなり殴るなんてずるいのよ」

くっ、上目遣いをしてくる。

正直言って可愛い過ぎる。

今すぐ抱きついてもふもふしたいくらいだ。


でも、我慢だ我慢。

「分かった。分かったから。でも、約束は約束だからな。一人では絶対に行動するなよ」

「分かったのよ」

みのりは怒ってしまったらしく、白い頬をリスみたいにふっくらと膨らませる。


そんなこんなを話していると、木製の門が目の前に現われた。

真ん中には〈マルチェロ〉と書いてある。


門の間から見える街並みは至って普通のそこら辺にある街のようにも見えるが--

「違うわ。大切なのは外見じゃなくて内面よ。あおいにい」

「内面ねぇ」

文字通り仮面を被っているというわけだろうか。


街中に足を踏み入れてみる。

危険の「き」の字さえ微塵も感じられない。


でも、油断は出来ない。

俺は心に緊張感を持たせ、周囲に細心の注意を払いみのりと一緒に歩き出した。

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