第16話 新しい街へ
葵とみのりは、王様から貰った〈アテナナイフ〉を手に入れて町から旅立った。
別れる時、王様と女王様は泣いていた。
それ程彼女の事を想っているということなのだろう。
それほど大切にされてきたということなのだろう。
それは、俺には無いものだ。
人に大切にされてきた経験は俺には無い。
いや、何が人を「想う」事になるのか。
何が人を「大切にする」という事になるのか俺には分からないのだ。
それがどういうことなのか俺には分からないのだ。
いや、違うな。
恐れているのだ。
人を大切にする事でそれが失った時の恐ろしさから逃げようとしているのだ。
「あおいにい?」
俺にそんな事を感じる事が出来る日がいつか来るのだろうか?
「ねえ、葵にいってば」
「え?あ、ああ。すまん。みのり」
腕の裾を引っ張られて初めてみのりに呼ばれていることに気付いた。
「さっきからあおいにいぼーっとしてるのよ。大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。みのりが心配する必要は無いよ」
今の俺の顔は多分歪んでいることだろう。
みのりは、俺の顔を見て少し眉を顰めた。
「あおいにい、なんか怖い顔をしてるのよ。何かに追い詰められている顔をしているのよ」
みのりはそう言うと、俺の右手を彼女の毛布のように柔らかくて小さくて儚い両手で握り締める。
そして、彼女は青空のように澄み切った目を細めて、はにかんだ表情を見せると風鈴のような澄み切った声で俺に必死に訴えてきた。
「あおいにい。駄目なのよ。あちしとあおいにいはパートナーなのよ? だから、自分一人で嫌な事を抱え込んじゃ駄目なのよ」
何を馬鹿なことを俺はしてしまったんだろう。
今はみのりというパートナーがいるじゃないか。
彼女をどう守るのか、どう守り抜くのかだけを考えていけば良いんだよ俺は。
あと、仲間も早いところ探し出して集めないといけないな。
「心配させてゴメンな。みのり。何でも無い。大丈夫だ」
「本当に? 本当の本当に大丈夫なの?」
「ああ、本当の本当の本当の本当の本当に大丈夫だ」
本当なのかなぁ、と首を傾げるみのり。
「嘘を吐いちゃ嫌なのよ。あおいにい」
「だから、本当に大丈夫だって」
どうしても信じてくれないみのりの頭を、子犬を撫でるかのようにポンポンと叩く。
「もう、あおいにいずるい」
満更でもない表情で彼女は言う。
彼女は基本甘えたがりなのだ。
彼女は、誰かに構って貰いたいのだ。
構ってちゃんなのだ。
そうだ。
何を俺は恐れているんだ。
何も恐れる必要なんか無いじゃないか。
以前の俺とは違う。
俺は強くなった。
だから、大丈夫だ。
そう自分に暗示を掛けるかのように言い聞かせた。
「ほら、また顔が強張っているのよ」
みのりはそう言って、両手を俺の頬に当てる。
「大丈夫なのよ。私も守られているだけじゃないのよ。小さい頃から武術は習っているから
。武器さえあれば私の身は私で守るのよ」
「でも・・・・」
「大丈夫! 私、こう見えて強いのよ。特に、剣に関してはそこら辺のチンピラには負けないわ。もっとあちしを頼りにして。あの大狼に襲われたときは不意を突かれたのと手元に武器が無かったからなのよ。でも、今は違うのよ。この〈アテナナイフ〉があるし、防具や武器だって、街を出るときにおじいちゃんに十分買って貰ったから心配をする事なんて何一つとして無いのよ」
自慢げにそう言いながら腰に手を当てる。
彼女は、どうしても自分が戦えるということを言いたいらしいが、俺は彼女が戦っているところなんて一つも見ていないから自信を持って頷く事が出来ない。
「分かった。もし、敵やモンスターが出て来たときには一緒に倒そう」
俺にはこの言葉を吐くのが精一杯だった。
「有り難う! あおいにい! 」
思ったよりも芯の強いお嬢様だ。
お転婆娘と言うことも出来る。
確かに、彼女は冒険者に向いている性格をしていると言えるかも知れない。
そんな孫が心配だからこそ、王様も俺と一緒に旅に出るように言ったのかも知れない。
「ねぇ、あおいにい」
「ん? なんだ? みのり」
「このまま進むとマルチェロに着くのよ。それで良いの? 」
彼女の問いの意図が分からない。
「なんだ? マルチェロ?俺はその町の事をよく知らないが、何か問題でもあるのか? 」
「ええ。大有りなのよ」
みのりはそう言って語り出した。
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