第15話 実咲 みのりの正体

王様と王女様によれば、俺の思っていたとおりこの世界は俺が死ぬ前にいた世界のRPGの世界ととてもよく似ていた。

どうやら、この世界はミリル達の調べた情報通り中心部に世界樹が存在しているらしい。

が、世界樹の周りに生息している魔獣はとても強く、腕利きの冒険者でも行くのを躊躇う程の場所であった。


「世界樹に辿り着いた者はいるのですか?」

俺がそう尋ねると女王様は首を横に振り、

「いいえ。未だに世界樹に辿り着いた者は誰一人としておりません。この世界では世界樹の事を〈魔王の大樹〉と呼んでいるのよ」


「そ、それはかなり物騒な名前ですね」

「そりゃそうよ。この世界が出来てから百年。誰一人として世界樹に辿り着いた人がいないのよ。噂ではその世界樹には何でも願いが叶う〈聖杯〉があったりだとか、この世界の秩序を保っている〈何か〉があると言われていたり、この世界を滅ぼす程の力を持つ〈ロンギヌスの槍〉があったり――。実は世界樹なんていうものは無いんだって言う人がいたりもうこの世界では最大の〈都市伝説〉なのよ」

「おいおい、マーリ。もうそこら辺で止めないか。葵殿が困っているではないか」


「あ、あら。御免なさい。私ったら」

女王様は口紅で真っ赤に塗った唇を両手で覆い、顔を赤くする。

「済まないね。葵殿。うちの家内は直ぐに調子に乗ってしまう癖があってね。これが幾ら注意しても直らない」

「まあ、貴方ったら!」

女王様は王様の冗談に頬を栗鼠みたいにふっくらと膨らましてみせる。


その場にいる四人は、時にそんな冗談を言って笑い合った。

「時に、葵殿」

王様が改めて葵の顔を見つめる。


これは真剣な話だと直感する。

「見ての通りわしの孫はやんちゃでのぅ。宮殿に住まわそうと思うておっても家内が心配性で一日中孫と一緒にいないと気が済まぬ。しかし、それでは貴族達のパーティーに顔を出して他国の貴族達と仲良くなることは出来ぬ。これは国にとっての死活問題じゃ――」

「ちょっと、貴方!私はそんな・・・・・・」


「まさか、マーリ。お前は五年前の出来事を忘れた訳ではあるまい」

「確かに、それはそうですが・・・・・・」

どうやら王女様は王様に逆らうことが出来ないらしい。


「良いか。マーリ。他国の貴族と仲良くするということは、その国と情緒的な平和条約を結ぶ事と同じことなのじゃ。政治に疎いお前には分からぬかもしれんが、これが『世界最後のの砦』と言われる我がドリミール王国を守る為なのじゃ。わしらは地下や周囲の山の地下資源から出る鋼鉄でこの国の経済を回しているのじゃ。だから、この貴重な資源を欲しがっている連中は多い。勿論、鋼鉄は戦争の鎧やら盾やら剣やらの貴重な資源となる。それらを狙って戦争を仕掛けてくる連中もおろう。じゃが、奴らが攻めてこないのはなぜじゃ?」


「そ、それは・・・・・・」

女王様は思わずたじろいでしまう。

「勿論、この城壁があるからじゃろう。じゃが、それだけでは説明できん。毒ガスや水攻めをされたら幾ら頑丈な城壁でもそんなものを防ぐ事はできんからの。しかしじゃ、わしらにはでかいバッグがおる。戦闘民族龍人族がおるからじゃろう?他にも色々おるが・・・・・・。それはお前が貴族と仲良くしてくれておるからなのじゃ。決してわしの交渉術の性では無い」


王様はそこまで言うと、ふうと大きく深呼吸をした。

自分が少し興奮しすぎているのに気付いたのかもしれない。


そこでぼそりと女王様が呟いた。

「分かりました。貴方がそういうなら。確かに、貴方の言っている事は最もですわ。でも、みのりは、みのりはどうするの?」

「安心せい」

王様は女王様を宥めるようにそっと彼女の手の平に自分のしわしわな手を乗せる。


女王様の目がほんの少し安心したように見えた。

「それならここに立派な若い騎士がおる。その騎士にわしは任せてみようと思う」


「えっ!?」

王様がそこまで言うと他の三人は声を上げた。


「あ、貴方は何を言っているの?」

と手を忙しく空中で振る女王様。

「お、おじいちゃん。わ、私・・・・・・」

と、みのりは顔を俯かせてほっぺたをリンゴみたいに赤くしてモジモジしている。

「な、王様。一体何を・・・・・・」


王様はコホンと咳をして、

「そうした方がみのりのためなんじゃ。このドリミール王国の中でも派閥はある。勿論、儂等王族を倒そうとする者達もおる。儂も歳じゃ。奴らに迫られたらひとたまりもない。みのり。お前が生き残るにはこの道が一番じゃと儂は考えた。旅のお方」


王様は立ち丁寧にお辞儀をした。

「どうか。儂の孫を旅に連れて行っては貰えないだろうかのう」

「それは・・・・」

さて、困った問題が起きた。


あの、ちょいちょいと俺の左腕の袖をみのりの小さい手が引っ張る。

「あの・・・・あおいにいが良いのならあちしは良いのよ? あちし、一度外の世界に出て見たかったのよ。だから・・・・」

彼女は、子犬のように瞳を潤わせて見つめてくる。


「だから、アチシを外の世界に連れて行って欲しいの。お願いなの」

「儂からも頼む。みのりはお姫様ということもあってか、少しわがままなところもあってのう。わしの大切な孫なんじゃ。どうか、連れて行って貰えんか」

再びお辞儀をする王様。


一方、女王様の方はと言うと、

「わたくしからもお願いします。数年間、みのりの為とはいえ、彼女を他の人に預けていました。定期的に兵士に偵察に行かせてはいたのですが、上手くいっていたとはお世辞にも言えない感じでした」

女王様もそこまで言うと、椅子から立ち上がってお辞儀をした。


一つの国家のトップである二人にここまでお願いされたら流石に断るわけにはいくまい。

みのり自身もそうしたいようだし。

「畏まりました。それでは、みのりさんは私が命に代えてもお守りいたします」

「本当にありがとう。感謝する」

王様と女王様は俺の手を握り、目に大きな涙を浮かべて何回も「ありがとう。ありがとう」と繰り返していた。


こいつは祖父母に本当に大切にされているのだなと思った。

俺は、人に感謝されるなんて滅多に無いものだったからどういう反応をしたら良いのか分からなかった。


でも、こんな風に人の為に動くというのも悪くは無いのかも知れない。


命を代えてまで守るなんて言ったが、正直そんな勇気は俺には無い。

でも、それが国のお姫様ときたのなら話は別だ。

この娘が生きているかいないかでこの国の存続が、何十、何百万という人間の生死が決まってしまう。


下手したら世界戦争にもなり兼ねない。

彼女はそれくらいこの世界に影響を与える存在なのだ。


俺にそんな世界に影響を与えるくらいの大きな力を持つ女の子を守る程の力は持っていない。

それなのに、何故受けてしまったのだろう。

やっぱり謝ろう。


「あの、すいません。俺——」

そう言いかけたが、次の瞬間、みのりの一言で打ち消された。


「おじいちゃん、おばあちゃん。あちしはこの人を信用しているのよ。この方は、私が森で魔獣に襲われている時に助けてくれたのよ。この人ならあちし、信用出来るのよ。でも、この人は仲間とはぐれているのよ。あちしが付いて行ったら邪魔になるかもしれないのよ? 」

みのりは、そう言って心配そうに俺の顔を伺う。


「そうなのか?」

王様は、威圧的な視線を俺に送ってくる。

その時、俺の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。


この人たちは、元々この世界に住んでいた人間なのか? それとも、俺みたいに別のメインワールドからこの世界に来たのか?

もし、それを解くことが出来たのならこの世界の真相に一歩近づくことが出来る。

だが、この疑問を解くための答えを見つける事は出来なかった。


俺は、吐き出しそうな言葉を呑み込んで、

「確かに、私は旅の途中で仲間とはぐれてしまいました。それもつい先日のことです。ある人物にワープの魔法を使われたのです。みんなどこに行ったのか分からない状況なのです。みのりさんが付いてきてくれたら私も嬉しいのですが、もしかしたら一生見つからないかもしれません。それでも良いのですか?」

そう言ってみのりの目を覗き込む。


みのりは、一瞬の躊躇無く満面の笑みで頷いて、

「ええ。あちしは、それでもあおいにいについて行くのよ。寧ろ、あおいにいがそんな状況だからこそ、あちしが付いて行くべきだとあちしは思うのよ」


「そんな事を言ったって、女の子を危険な目に遭わせる訳にはいかない」

俺がそう言うと、彼女はぷっくりと頬を膨らまして怒る仕草を見せて来た。


「そんな事ないのよ! あおいにいの足を引っ張るようなことはあちししないのよ! 寧ろ、役に立つのよ! 」

「ほう。例えば? 」

「例えば・・・・。ちかたない。これは言うしかないのよ。あのね、あちしには、あちしにしか扱えない武器があるのよ。その武器には味方を癒す特殊効果が付いているのよ。どう? 凄いでちょ! 」

みのりは、自慢げに腰に手を当てる。


「それ、本当なのか?」

「ええ、そうよ。凄いでちょ! 」

一応、二人の祖父母にも確認を取ってみる。


「この話、本当なんですか? 」

「ちっょっと! あおいにい私の言うこと信用ちて無い! 」

はん、と俺はみのりを鼻で笑って、

「当たり前だろ? お前みたいな幼女が言うこと誰が信じるか。ましてや、こんな都合のいい話あるとは思えない」

「いや、その話は本当じゃよ」

王様がさっきの俺の質問も兼ねて、俺とみのりの会話に入り込んで来た。


「え?」

「みのりの言うことは本当じゃ。その武器は短剣での、名は『アテナナイフ』というんじゃ。昔、ある有名な刀鍛冶が当時最強と謳われた国から迫られて存続の危機にあった祖国を守るために作ったと言われておる。彼の作った『アテナナイフ』は、兵士達を一瞬にして名戦士にし彼の祖国を存続の危機から救ったと言われておる。当時、それを使ったのは女王での、それからというもの、『アテナナイフ』は代々王族の女性が使うという習わしなのじゃ。儂の妻も数年前まで使ってあったのじゃぞ」


「え?そうなんですか?」

女王様は、ニッコリと微笑んで、

「ええ、そうよ。でも、みのりを匿う時に彼女に自分の身は自分で守らせる為にあげちゃったけどね」

彼女は口を押さえてクスクス笑った。


みのりの顔を見ると、彼女はニヤニヤと顔をニヤつかせていた。

「ね。あちしの言う通りなのよ。あちしは戦うのはそんなに得意な方じゃないけれど、援護くらいは出来るのよ」


恐らく、彼女も王様も女王様も引き下がらないだろう。

これがみのりが生き延びる可能性が高い方法だから。


「分かった。連れて行こう。でも、仲間集めには協力して貰うぞ」

「お安い御用なのよ! 」

本当にこの娘は理解しているのだろうか?


「葵殿。娘を宜しく頼みます」

「私からもお願いします」

今日二回目の国のトップからのお願いだ。

流石にこれを断る訳にはいかない。


「必ず、お嬢さんを守って見せます」

仲間探しをするだけで終わると思っていたが、まさか、一国のお姫様を守りながら旅をするとは予想もしていなかった。


こうして、竹内葵と実咲みのりの仲間を探す冒険は始まったのである。

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