第13話 脱獄

床が氷のように冷たい。

布団からはみ出た体にその冷たさを感じながら思う。


今が何時なのかも分からない。

覚えているのは、昨日逮捕されたということだけ。


家に無理矢理入り込もうとする魔族を止めに入った為に公務執行妨害で逮捕されたのだ。

税金を払っていないのは勿論悪いことだが、それは、まともな政府が相手ならの話だ。

だが、この街を治めている魔族の男はどうやら達の悪い人物のようだ。


牢屋の隙間から微かに太陽の金色の光が差し込んでいるが、牢屋の中は薄暗かった。

牢屋なので当然と言えば当然なのだが――


そういえば、俺と一緒にいたあの子は一体どうしているだろうか。

確か、名前はみのりと言ったか。

彼女はフリルの付いたドレスがよく似合うとても可憐な少女だった。


無事ならそれでいいのだが、それを確かめる術は何も無い。


その時、檻の向こうからコツコツと足音が聞こえてきた。

その人物は俺の目の前に立ち、俺を見下ろす。


「おい、貴様。朝飯を持ってきてやったぞ」

その人は、長い黒髪をした長身で細身の女性だった。

彼女は、牢屋の檻の鍵を開き二、三歩俺に近付いて来た。

彼女の両手にはお盆の上に味噌汁が一つ乗っかっている。彼女の目つきは、暗く濁っている。

ろくな人生を歩んでいないということは一目見て分かる。


彼女は無言のままお盆を床に置き牢屋の鍵を閉めて出て行った。


「クソ、なんだって俺がこんな目に遭わないといけないんだ」

反吐が出そうな思いで目の前に出されたお味噌汁を見つめる。


ワカメしか入っていない。

他にはお味噌汁の中には何も入っていなかった。

「はあ」

思わず溜息が出てしまう。


「なんなんだよこの世界は」

ぼそりと悪態を吐く。


この『スピリッツ・パラレルワールド』の世界に来てから??

つまり、死んでからろくなことがない。


美少女に会っても中身は残念で「世界の謎を解く」とか言って訳の分からん事を永遠と言ってるし、挙句の果てには無理矢理部活動に入れられるしそこでまた面倒な先輩に会って喧嘩するしでこの世界に入って良いことなんて一つもないじゃないか。



この世界の謎を解く鍵があるかもしれないと来てみればみんなバラバラに召喚されるし。

一体どこのRPGのバグだよこれはと思ってしまう。


森の中で少女を助けて街に来てみれば権力を振りかざす貴族がいるし。

挙げ句の果てには逮捕されて牢屋に入れられるしで散々な目に遭っているし、いい加減にしてくれ!と髪の毛を掻き乱したい気分だ。


全く、なんで俺はこの世界に来てからというもの美少女に会う度にトラブルが続くんだ?

そういう呪いに掛けられているのか?


「はあ」

無意識にため息を吐いてしまう。

俺の想像していた異世界と全然違う。


俺の想像していた異世界はもっと楽しいものだ。

魔王が世界を支配していて世界中に魔物が生息している。


そんな世界に仲間と旅をしながら魔物を倒し、謎を解き、そんなワクワクするような冒険を俺は思い描いていた。

思い描いていたはずなのに・・・・・・


「なんでこんな事になったんだよ」

今、俺の前には、想像していた『異世界』とは全く異なる異世界生活が繰り広げられている。


どうしてこんなことになってしまったんだ。

なんてそんな分かりきっている。

あいつだ。


ミリルだ。

あいつが全ての元凶なのだ。


あいつを見つけて一発顔をぶん殴らないと気が済まない。

それまでは何があろうと絶対に生きてやる。

生き抜いてやる。


「クッソー!!!ぜっっったいに許さねー!」

「うるせーぞ!ボケが!」

隣の牢屋でかなりドスのきいた声で怒鳴られた。


「あ、はい。すみません」

こういう時は謝るのが一番だ。

誰が悪いとか誰が良いとかそんなものは一切関係ない。


取り敢えず理屈なんてどうでも良いから謝る。

そうすれば大抵の争いごとは未然に防ぐ事が出来る。


これは、相手がヤクザだとか権力馬鹿だとかかなりタチの悪い奴でなければの話だが・・・・・・


ネットで繋がっている奴はとにかく嫉妬深い。

顔も見えないせいもあって難癖や喧嘩を仕掛けてくる奴が多いのだ。

いわゆるPKプレイヤーキラーというやつだ。


そいつらに狙われたら最後。

この場合は謝るという緊急回避的選択肢は無くなってしまう。

こちらが殺されるか、敵を殺すかの二つの選択肢しか出来なくなる。


その場合は殺すしか自分の生き残る選択肢は『相手を殺す』という選択肢のみしか残らない。


今回の場合は牢屋に入れられている人間なだけあってタチが悪い人間の部類に入るだろう。

だが、実際的な被害。

つまり、肉体的なダメージや金銭を奪われたりは物理的に不可能だ。


このような場合はとにかく謝っておけばなんとかなる。


「すいません」

「チッ、新入り風情が生意気な」


カチン!

こいつ自分の事を何様だと思っているのだろうか。

こういう奴がいるから世の中が良くならないんだよ!


苛立つ気持ちをぐっと堪える。

心の中で大きいため息を吐く。


早くこの牢屋から出たいな。

だれか、あの女の子でも良いから助けにきてくれないかな。


ふと、そんな事を思ったが、「期待したら外れた時の後悔が大きい」というネット友達の言葉を思い出して他人に希望を持つ事をやめて自分で脱出する道を進むことを決めた。


その夜の事だった。

夜になったし眠くなってきたから寝るかと用意されている布団を広げていると、外と繋がっている檻からコンコンと音が聞こえてきた。


誰だろうとふと見上げてみると暗くて輪郭しか分からないが、猫のような犬のような獣耳がぴょこんと檻から覗いているのが見えた。


「あ、あの。あおいにいだいじょぶ?」

「お、お前は・・・・・・」


声で檻の所に誰がいるのかが分かった。

「お前、みのりか!?なんで来た!?兵士はどうした?」


みのりは小さい体で一生懸命積み重なった石の上を登っている。

「馬鹿!お前、何やってんだ!こんな所にいるとお前も捕まっちまうんだぞ!」

「だ、だって、あおいにいが助けて欲しそうに悲しい目をしてたから・・・・・・」

「馬鹿。お前は大馬鹿だ。みのり」


少し、彼女の声が震える。

「来なかった方が、よかった?」

「いや、来てくれて嬉しい。有難う。みのり」


俺は、彼女に近づき右手で握りこぶしを作りこの少女の小さな額をコツンと叩いた。


なんだか、もどかしい気持ちになったから。

恥ずかしかったから、この気持ちを少し紛らわしたかった。


「みのり、ここから抜け出せる算段はあるのか?」

「あるのよ。今から爆弾でここの壁をぶち壊すからこの風魔法の術式を組んでいる靴を履いて逃げるのよ」


彼女はそう言って左手で何やら羽が付いている靴をチラチラと見せる。

「なんなんだ?その靴は?」

「これは、風魔法を応用して早く走ることのできる靴なのよ」


「これを履いて逃げるのか?」

「うん。そうなのよ」

本当に逃げ切ることが出来るのか多少不安だったが試してみる価値はありそうだ。


死んだとしてもあのクリスタルの結晶がある広場に戻るだけなのだからやってみないと損するだけだ。

「よし、分かった。やってみよう」


「それじゃ、後ろに下がってて」

みのりに言われた通りに壁の反対側へと移動する。


その数秒後のことだった。

激しい爆音と共に爆風が襲い、壁が粉々に砕け散った。


煙が辺り一面を覆い尽くす。

「早く!逃げるわよ!」

「ああ、分かった」

みのりの投げてきた靴を履いてその場から離れる。

警報機が刑務所中を鳴り響く。



風になったかのような気分だった。

景色が次々と通り過ぎて行く。

ただひたすら目の前にいるみのりを追いかける。


大通りを抜け、ある抜け道のような所で止まる。

「ふう、ここまで来れば大丈夫でしょ」

「有難う。まさか、来てくれるとは思ってもみなかった」

「あの・・・・あおいにい」


彼女は俺の袖を掴んで上目遣いで見つめてくる。

「私もあおいにいの旅に連れてって」

「ダメだ」


遠慮無く突き放す。

命の恩人だからこそ傷付けたくない。

「君は俺にとっての命の恩人だし、まだ小さい子供だ。この旅はきっとかなり危険な旅になる。そんな危険な所に君みたいな子供を連れて行く訳にはいかない」


「お願い。あちしを連れて行って。あちしにはもう居場所が無いの。もう、家にはいたくないのよ。あちしはこの世界に詳しいしきっと役に立つのよ」


「そんなこと言われてもなぁ」

確かにこのまま旅をすると言っても目的地があるわけではない。


時間の短縮にはたしかに役に立つ。

「分かった。でも、一つ約束がある」

「なに?」

「絶対に余計なマネはすんなよ!良いな!」

「うん!分かった!」


彼女はニコニコと笑いながら俺の腰に抱きついてくる。

「はあ、仕方ないな。これは」


しかし、これからどうしたものか。

「なあ、取り敢えず宿に止まらないか?お前、お金は持ってんのか?」

「むむ、あおいにいは女の子にお金を払わせる気なの?鬼畜だね」


「分かった。俺が払う。金はどうやったら手に入るんだ?」

「そうね、方法は三つあるのよ。一つは、モンスターを倒す方法、二つ目は魔物から得たアイテムや洞窟で見つけた宝箱の中にあるアイテムを売る方法、三つ目は宝箱からお金を得る方法。この三つの方法があるのね。この中で一番効率が良いのは宝箱を見つける方法だけど、宝箱は魔物がうじゃうじゃいるようなところにしかいないのよ。あちしは少しずつでも魔物を倒す方法をお勧めするけど」

「だからさ、その魔物を倒すための武器がないんだろ?」


「そこら辺の木の棒とか鉄の棒とかナイフとかそんなものを勝手に拾ってそれで戦えば良いのよ。ここら辺はそんなに強い魔物はいないから戦闘訓練には丁度良いのよ」


そう言って彼女は俺の手首を引っ張って大通りに出た。

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