第12話 新世界 グレイトヘルム
四人は、グレイトヘルムに行くために転移室(ゾンビと戦かう前にいた所)にいた。
「ええと、グレイトヘルム。グレイトヘルム」
エメラルド色の電子版を眺めながらグレイトヘルムの名前を探すが、見つからない。
「なぁ、グレイトヘルムなんて名前のサブ・ワールドなんて何処にも無いよ」
翡翠色の光に顔を照らされながら他の三人に報告する。
「それじゃ、メイン・ワールドの方なのかな。このサイトには何も書いてないからなぁ。まあ、確かにここに何も書いていないのは確かだしメイン・ワールドの方になるのかな」
それじゃ、行くかとミリルは一人で勝手に外に向かって歩いて行く。
俺達三人は、ミリルについて行った。
そして、俺達四人は広場に出た。
外の世界は黒く澱んでいた。
黄金色の光が地上にいる全てのものを照らす。
狼の遠吠えが聞えてきそうな夜だ。
クリスタルの後ろにある噴水に座ってグレイトヘルムに関する情報を集める。
「どうやら、グレイトヘルムはこのクリスタルから行くらしいわね。ということはやっぱりメイン・ワールドみたい。特別な条件も無いみたいだし。それじゃ、早速行ってみようか」
「そうですよね。行ってみましょうか。またこちらの世界には戻ってこれるのでしょう?」
「うん。どうやらそうみたい。それじゃ、みんな行きましょうか」
俺達は、淡く青白く光るクリスタルの前に立ってグレイトヘルムの名を叫んだ。
そして、青白い光に包まれ、視界が白く染まっていった。
目が覚めると、背中に粗いゴツゴツとした感触を感じる。
足と腰にはふわりとした柔らかい感触がした。
俺は大木に背中を預けていた。
「ここは何処なんだ?」
周囲を見渡すと木、木、木ばかり。
そこにはミリルの姿も莉菜先輩の姿もルイ君の姿も無かった。
「おーい、ミリル、莉菜先輩、ルイ、どこにいるんだ?いたら返事をしてくれ」
何度も彼等の名前を呼んだが、返事は全くしなかった。
どうやらはぐれてしまったらしい。
「マジかよ。そんな事ってあるのか?」
ポツンと暫くその場で立ち尽くしていたが、特に変わった様子も無い。
ミリルの声も莉菜先輩の声もルイの声も聞こえない。
もしかして、この世界にみんなバラバラに散ってしまったのか?
だとしたらバクか?
その場合、みんなは無事なのだろうか?
あの戦闘マニアのミリルは別に生きていけるだろうから別に良いけれども、他の二人が心配だ。
でも、今は人の心配をしている場合じゃ無いな。
取り敢えずこの森から出て何処かの町に行かないとどうにもならない。
「歩くしかないか」
獣道はある。
この道を辿って歩いていけばなんとかなるだろう。
聞いたことの無い鳥の囀りも聞こえてくる。
ファンタジー世界なのだから当たり前といえば当たり前なのかも知れないけど、周りに生えている植物も見たことの無いものばかりだ。
獣道を歩いていると、あることに気付いた。
視界の左側にHPと書かれたおり、その下に緑色の太線が棒状に塗られてあった。
さらに、その棒の下には、幾つかのアイコンが縦に並んであった。
「なんだこれ?まるでRPGみたいだな」
そのアイコンに指で触れてみると、そのアイコンから更に複数のアイコンが現われた。
「うわっ、なんだこれ。もしかして、グレイトヘルムはRPGなのか。だとしたらモンスターも出てくるのか?それじゃ、あのサイトに書かれてあった『影』って一体・・・・・・」
特に考える事も無いのでそんな考えてもどうでも良い事を考えてみる。
と、その時、獣の声が森の中を駆け巡った。
「キャーー!」
女の子の悲鳴が獣の声と同時に聞こえてきた。
「誰か、誰か来て。早く!」
助けに行くべきか、行かないべきか迷ってしまう。
今の自分が魔獣やモンスターと戦っても武器も防具も無い状態だ。
正直、勝ち目なんてゼロに近い。
それでも、行くべきなのか。
目の前に死ぬかも知れない人がいるのに俺は、放っておけるのか?
モヤモヤと頭の中で様々な考えが浮かんでは消える。
くそっ。
こんな悩むくらいの時間があるくらいなら走れ。
走り続けろ。
女の子の悲鳴が聞こえる方へ走る。
どうする。
行ってどうするんだ俺は。
何も出来ないくせに。
どうすることも出来ないくせに。
行ってもただやられてしまうだけだ。
武器が無いのだから。
それでも、勝手に足が動いてしまう。
森の茂みの中を走り抜ける。
そんな俺を時折通り過ぎる魔物が振り向いてくる。
顔の近く程の高さがある草木の中を走り抜ける。
時に横倒れになっている木の幹を走り幅跳びの運動選手の如く飛び越えて、走る。
走る。
走る。
十メートル程先の方に大人の二人分の高さはあるだろうという大狼が、銀色の牙を剥き出しにして口から涎を垂らしている。
「誰か・・誰か・・・助けて・ ・・」弱々しい声が茂みの中から聞こえてきた。
先程の声に似ている。
速度を落として様子を窺ってみることにした。
足音が小さくなる。
屈んで少しずつ、少しずつ大狼の方へ近ずく。
「なんだ?あれは?」
大狼と女の子の左上に緑色の棒が横に伸びていた。
「あれはHP?」
ということは、この世界は俺が現実世界の時にやっていたVRゲームと同じ要領でやれば良いのか?
それなら、俺の得意分野だ。
これなら勝機はある。
自然と口角が上がる。
大狼のうなり声がその巨体から放たれる。
茂みの隙間から外の様子を窺ってみる。
狼の目の前には、茶色の毛を生やした獣耳の女の子が尻餅を付いて固まっていた。
彼女の隣には、ピクニックバスケットが横たわっており、中からこの森で取ったであろう果物や木の実が地面に転がり落ちている。
彼女は、大狼に怖じ気づいて体を震わせてしまっている。
女の子は今にも大狼に食べられそうだ。
狼のザラザラとした真っ赤な下から涎が地面に滴り落ちる。
女の子は、両耳を自分の顔の前に垂らして目を瞑った。
「くそったれが」
気付いたら足が勝手に動いていた。
俺は、獣耳っ子の前に出て、両手を広げて大狼の前に立ち塞がった。
「グルルルル」
大狼はうなり声を上げて少女に威嚇している。
倒せるのか?
VRゲームはそれなりにやって来たつもりだ。
世界ランカーになった事だってある。
大丈夫、やれる。
目の前の木の下に丁度いい太さと長さをした木の棒が落ちてあった。
この木の棒を使えば追い払うことぐらいは出来るかも、それがダメだったらあの子と一緒に逃げるしか無い。
「うりゃー!」
木の棒を両手に掴んだまま大狼に向かって突っ込んで行く。
大狼は、茂みの葉と葉が擦れ合う音に気づいてこちらを向く。
うひゃー、おっかね~。
大狼の顔を見て内心ビビる。
これは、怖いわ。
ナイフのような鋭く大きな牙を剥き出しにし、赤く三日月の形をした瞳をギラギラとこちらに向けて襲いかかって来た。
クソ、なるようになりやがれ!
飛びかかって来る大狼の下に滑り込み大狼の顎に木棒を殴り付ける。
と同時に大狼のかぎ爪が右腕を剔る。
「ぎゃうん」
大狼は悲鳴を上げ後方へぶっ飛ぶ。
「クソ、危ない所だった」
血に染まる右腕を押さえて少女の所へ駆け寄る。
「大丈夫か?君!」
女の子は耳を顔の前に垂らして、怯える子猫よろしく体を丸めて縮こまっている。
「う・・・うう・・・・・・」
「早く逃げよう。狼がまた襲ってくる」
「あ・・う・・・・・」
ビスケットの中身を急いでかき集め、女の子の震えた左手を取り走り出した。
走れ。
何処でも良い。
とにかく逃げろ。
気付くと彼女は黙って一緒に走ってくれていた。
俺達は、夢中で走った。
後ろから大狼が追いかけていることなんてもうどうでも良くなっていた。
兎に角俺は獣耳の女の子は走り続けた。
暫くすると、枝木の間から白い光が見えてきた。
「お嬢ちゃん。あそこまで走るぞ」
彼女はコクリと一つ頷くだけだったが、素直に俺に付いて来てくれた。
見た目は、まだ七歳、八歳くらいの小さな女の子だ。
気付くと、彼女は顔を俯かせながら俺の袖を引っ張っていた。
親がいるのかどうかも分からないが、今は取り敢えず一緒にいるしかないだろう。
それよりも、先程から辺り一面草原ばかりで町のまの字も見えてこない。
「ねぇ、お嬢ちゃん」
ピクリと彼女の肩が震え上がるのを袖を通して伝わって来た。
「ん」
「君は、どこから来たの?」
「あたし?」
「うん」
他に誰がいるというんだ?
「うーん、どこから来たって言われてもあちし困るんだけど。こことは違う所から来たとしか言えないね」
多分、彼女は俺と同じように『スピリッツ・パラレルワールド』の世界から来たのだろう。
「でも、この世界に来てみたらミーくんとカツにいいなくなってるし」
「ミーくんとカツにいっていうのは君と一緒にいた人達のこと?」
女の子は、コクリと大きく頷いてみせて、
「うん。それで、あちしこの先にある町のお家に預かってもらってるの。そこにいるおばさんに頼まれて木の実を取りに取りに来たんだけど――」
「大狼と出くわして蹲っていたところに俺がちょうど来たわけか」
「うん」
彼女を改めて見てみる。
彼女の容姿は、ミ リルにとても良く似ている。だが、話し方や背は八歳、九歳くらいだ。
女の子は、眼を見張るような鮮やかな金髪を背中まで垂らしており、子猫のような小さな体をピンクと白を基調とした繊細な刺繍とフリルが使われたドレスに身を包んでいた。
足も白色で刺繍がしてあるストッキングにピンク色のトウシューズを履いている。
ここまで良くそんな格好で付いてきたのか。
森の中を走って来たせいで、折角のドレスが泥だらけになってしまっている。
「お嬢ちゃん。名前はなんていうの?」
「内山みのりって言うの。おにいちゃんは?」
「俺の名前は竹内葵。葵でいいよ」
「あおいにい」
「あおいにいって・・・・・・」
一瞬言葉を失ったが、小さい子供を泣かせてはいけまいと優しく微笑んで見せる。
経験から知っている。
このくらいの歳の子供はとても面倒くさい。
四つ下の妹がいるから分かる。
すぐ泣くし。
わがままだし。
ベタベタとくっついて来て鬱陶しいし。
でも、そのくらいの事を許してしまうくらいの可愛さがある。
卑怯だ。
だからこそムカつくのだが・・・・・・
そもそも俺は正直ガキが嫌いなんだ。
早くこのガキんちょと離れてミリル達と一緒になってこの世界から出ないといけない。
「お前も死んだんだよな。七歳くらいに見えるが、実際の年齢は、何歳なんだ?」
「あおいにいの言うとおりなのよ。あちしは七歳なのよ。さっきは助けてくれてありがと。あおいにい」
彼女のにこにこ笑う表情がとても可愛らしい。
俺がこのグレイトヘルムに行くまでの話やみのりの話を聞いていると、ビルの五階建てくらいはあるだろう大きな城壁が見えてきた。
「あそこなのよ!あちしが住んでいる街!」
「へえ、結構でかい街だな。なんて言う所なんだ?」
「ええと、確か、マレッドっていう所なのよ」
「そうか。マレッド」
「この世界で五番目に大きい街なのよ」
「五番目か。それは凄いな」
マレッドの街が近付いてくるに連れてあることに気付いた。
「おい、もしかしてあの街を覆っている壁って岩なのか?」
みのりはコクリと小さな頭を縦に振って、
「そうよ。この街は元々大きな一つの岩を切り崩して出来ているのよ。それに、この岩にはある特別な効果があって、魔物除けの効果があるのよ。だから、この街の近くにはある程度強いモンスターはいないのよ」
「なるほどな。だからここまで来るときもあまりモンスターに遭わなかったのか。魔除けか。てことは、この世界には魔法が存在するのか?」
俺がそう聞くと、みのりは首を横に振って見せた。
「ううん。魔法は存在しないのよ。でも、魔法は使うことは可能なのよ」
「どういうことだ?」
「あちしも詳しくは知らないんだけど、この世界には魔法石っていう魔力が込められた石があるらしいのよ。その石から武器を作れば魔法を使えるらちいんだけど・・・・・・」
「つまり、その魔法石というものが使われている武器を使えば魔法を使う事は可能ってことか」
「そうなのよ。あおいにいは物分かりが良いのよ!」
「あそこが入り口なのよ!」
みのりは、元気溌剌な声で目の前を指さす。
街の入り口は、ドーナツのように綺麗に半円の形にくり抜かれていた。
あんな門も無いようじゃモンスターが街を襲って来るのでは無のかと思ったが、さっきみのりが行った事を思い出した。
「ああ、そうか。この岩には魔除けの力があるんだったな」
だから、こんな開放的な入り口にする事が出来る訳か。
「ねね、あおいにい行こう。あおいにいの仲間もこの街にいるのかも知れないよ」
「そうだな。いると良いよな」
そうだ。
早く全員仲間を見つけてこの世界から脱出しないといけない。
街の中は岩で作られた家、店、宿、役場などが建ち並んでいた。
「こうして見ると凄いな。これ全部一つの大きな岩から出来ているんだろ」
「うん。そうなのよ」
思ったより人が多い。
世界五位の国のことだけはある。
街の風景に感心していると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
どうやら、農夫らしき人影が一つと墨のような真っ黒い肌をした人影が一つ、向かい合って何やら言い合っているらしいのだが――
「おいおいおい。たったこれだけか?お前の金は!税金が足りねえぞ。税金が!家の中にあるもんを売っても良いのか?あん?」
「す、すいません。来月には、必ず来月には今までの分の税金を払いますので」
「はは。俺はもう二ヶ月待ってんだよ。おい、お前ら、金目の物を取り出してこい」
「そ、そ、それだけは・・・・・・」
何やら揉め事をしているらしいが、
「みのり、あれは一体何をしているんだ?」
彼女は、俺から一瞬目を逸らして、
「魔族なのよ」
「魔族?」
「そうよ。私達とは違って魔法を使うことが出来るのよ。一方で私達は魔法を使うことが出来ない。私達の方が劣っているのよ。だから、彼等に支配されるしかないのよ。ああやって税金とか言って私達の大切な物や住み場を奪っているのよ。でも、それは仕方ないのよ。私達人間では魔族に勝つ事は出来ないのよ」
「なんで勝つことが出来ないんだ?魔石を使った武器を使えば良いんじゃ無いのか?」
「駄目よ。無駄なのよ。あおいにい。本物の魔法が使えるのと使えないのとじゃ実力差があり過ぎるのよ。あちし達は影でひっそりと暮らすしかないのよ」
あの黒い肌をしているのが魔族なのだろう。
彼女に説明されずとも何となく分かった。
気配というか、オーラが邪悪なのだ。
「くそ、そんなの許せねえ」
つかつかと二人の所へ行こうとすると、みのりが俺の右腕の裾を握って制止してきた。
「駄目なのよ。あおいにい。あおいにい殺されちゃう。ここは見て見ぬ振りをするのが賢いのよ」
「んなこと言ったって・・・・・・」
自分の立場を利用して勝手に人の家に乗り込み物を奪う。
やっていることは泥棒とそうそう変わらない。犯罪だ。
クソニートでゲーマーの俺でもギルドのルールを破った事は無いし、仲間を見捨てた事も無い。
ゲームの中ではギルドのチームリーダーをしていた事もある。
だから、仲間の大切さは十分に承知しているつもりだ。
世間からは社会不適合者だとかニートだとかと言われてはいるが、そこから学べる物もある。
そこから俺は沢山の事を学んだ。
そこから学んだ俺の倫理観からすれば、今目の前で起こっていることを見過ごす訳にはいかない。
「やっぱり駄目だ。許せない」
「ちょっと、あおいにい!?」
俺は、つかつかと魔族の男の前まで突き進んでいった。
「ん?」
魔族の男は、俺の存在に気が付き、真っ黒い瞳を俺に向ける。
「貴様は誰だ?何の権限で俺の前に立っている?」
「許せない」
「あん?」
「俺はお前のような権力を振り回して人々を苦しめる奴を許すわけにはいかないし、そんな行為を見過ごす訳にもいかない」
魔族の男は、鼻で笑って顔を近付ける。
「何なんだ?お前は?俺が誰だが分かって言ってんのか」
「んなこと関係ねえよっ」
俺は右手で作った拳を魔族の男の右頬に向かって殴りつけた。
柔らかい肌の感触と硬い骨の感触の二つの感触が拳に伝わって来る。
「ぐふっ」
完璧な右フックを決められた魔族の男は投げつけられたかのように左方向へ吹っ飛んだ。
「ルック様!」
彼の隣にいた護衛が叫ぶ。
通り過ぎる街の人々は関わりをあまり持たないように、しかし、興味ありげにチラチラと俺と魔族の男の方を見てくる。
「くそ、き、貴様。自分が何をしているのか分かっているのか!」
「うるせえよ。俺は俺の道を信じて行動しただけだ」
「捉えろ。お前ら、この者を捉えろ」
二人の衛兵は俺を捉えようと襲いかかって来た。
俺は、抵抗することも出来ずに大人しく捕まるしか無かった。
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