第9話 学生の街 ミーランへ

そう言って、ミリルの言う通りについて行くと、最初の時に行った広場に出た。

彼女は、広場の真ん中にある三メートルはあるであろう、エメラルドグリーンのクリスタルが建ってあった。


「このクリスタルに触れて『ワープ』って言うの。そうすれば、この世界ではないメインワールドへ行くことが出来るのよ」

「そのメインワールドっていうのは何だ?」

ミリルは、苦笑いを浮かべて、

「私の口からは説明しにくいわ。だから、こうやって実際に行ってみようって言ってるんじゃない」


「ああ、なるほど」

それでも、危険が無いとは限らない。

「突然、戦争の中にいるだとかマグマの中にいるだとか、パラシュートも無しに空を飛んでいるだとかそういう危険なことは無いんだよな」

歯切れの悪い口調でミリルは、答える。


「え、ええ。少なくとも私はそんな事一回も経験した事は無いわ」

「それなら良いんだが」

不安が一つ減って葵は、胸をなで下ろした。


「そんな一々心配とかしてもしょうがないわ。行くわよ」

「あ、ああ」

右の掌で目の前にあるクリスタルに触れる。

冷たく石のような感触が掌に伝わってくる。

「さあ、行くわよ」

ミリルが、気合の入った声で叫ぶ。

了解した。と、俺は彼女に頷いて見せた。

ミリルと俺は、目と目を合わせて転移の魔法の言葉を掛けた。

「「ワープ」」


すると、目の前が真っ白になった。

次の瞬間、景色が変わり、真っ白い空間が現れ、目の前に電子画面が縦に表示される。


1.憩いと近未来の町 ルーランス

2.魔法の町 トメルギー

3.龍と魔獣の町 ドラグニア

4.学園の町 ミーラン

5.銃と剣の町 二ルシア

6.兵器の町 ダストニア

7.宝石と冒険の町 ラントス

等々


様々な世界設定の名前が羅列されていた。

「な、何だこれ!?」

そのあまりの数の多さに腰が抜けそうだった。

「うーん、どうしようかな。狩に行くって言ったけど、迷うよね。こうも数が多いと」

ミリルはそう言いながら、電子媒体の文字を指でなぞっていた。

「それは、狩に行くやつが多すぎてってこと?それとも全体で行きたいやつが多すぎるってこと?」

彼女は、こちらをチラリとも見ずに返事をする。


「後者。なんか狩に行くっていう気分でも無くなっちゃった。ねぇ、葵くん。私、どうすれば良いと思う?」

「それは、俺の台詞だ。俺は、この状況すら掴めていないんだぞ。そんな奴に聞くな」


彼女は、口を小さな掌で覆って肩を震わせる。

「ふふ、ごめん。そうだよね。葵くん、この世界に来てばっかりだもんね」

この女、笑っていやがる。

人の無知を笑っていやがる。

「そうやって人を馬鹿にするのは良くないと俺は思うぞ」

俺がそう言うと、ミリルは笑うのをやめた。


「葵くんって時々キツイこと言うよね」

「それは、お前がきちんとしていないからだ」

彼女は、両手で顔を隠してしゃがみ込んだ。

「酷い。葵くん、私にそんな事言うんだ。私傷付いた。ほら、慰謝料払ってよ。私の心の傷を付けた慰謝料」

彼女は、挑発してくるウザいボクサーみたいに、ほいほいと手のひらを差し出してくる。

「アホか。んなことで慰謝料を払ってられるか!お前に払う金なんて一銭たりともねぇよ」


「あー、いけないんだぁ。女の子に向かって怒ったらいけないんだぁ」

ミリルは、きゃははと可笑しそうに笑っているが、俺は全然面白くも何ともない。

只々、不愉快なだけだ。


「おい、早く決めて行くぞ。時間の無駄だ」

「あ、そうだった」

思い出したかのように再び電子顔面を人差し指でスクロールしながらにらめっこする。

正直、焦れったい。

「なぁ、早く」

と、言い終える前に、

「よし!これにしよう!」

ビシッと犯人を見つけた名探偵の如く、人差し指を真っ直ぐにして指を指す。

その先を目を追うと、


4.学園の町 ミーラン


と書いてある所に行き着いた。

一応、確認のために聞いてみる。

「ミリル。お前が行きたいのは、もしかしてこの『学園の町 ミーラン』という所か?」

元気よくミランは頷いて、

「うん!そうだよ。ここだと、人もいっぱいるし、上手くいったらフレンド登録も出来るから仲間もたくさん出来るかなぁって」

ミリルは、不安そうな顔でこちらを見る。


そんな上目遣いで俺を見るな!


大きく溜息を吐いて、

「はあ、分かったよ。ミリルの方が、この世界にいる時間も長いからな。お前の言うことに従うよ」

「やった!」

ガッツポーズをするミリル。

隣で大喜びをしているミリルを横で見ながら、


本当に、しょうがないやつだ。

この世界に慣れてきたら適当に理由を付けてこいつから離れよう。


と考えていた。

そんなことを俺が考えているとはミリルは、露とも知らず、

「それじゃ、 それを押して」

「おうよ」


すると、機械的な副音声が聞こえてきた。

「ようこそ。「学園の町 ミーラン』へ。ここでは、より多くのプレイヤーやNPCと交流を深めていくことで他ゲームの攻略を助け、さらには、自分の趣味などを通じてストレス軽減、コミュニケーション能力の向上などの効果を期待することができます。更には、他のプレイヤーと交流をする事でアジトの結成や絆や友情を深めることが出来ます。準備が整いました。それでは、『学園の町 ミーラン 』を存分に楽しんでいって下さい」


それまで白かった 視界が、色鮮やかに染まっていく。


甘い花の匂い、花壇埋め尽くされた広場、そこを歩いている白と青を基調とした高貴な雰囲気を漂わせる生徒たち。

いきなりの空間の変化に少しめまいがする。

鮮明だった景色がぼやけ始め、歪んでいく。


そこで、背中と肩に柔らかい感触を感じた。

「ちょっと、葵くん!?しっかり!」

「ミリル?」

石のような、硬く、冷たいところに座ったのが分かった。

そして、次第に視界が鮮明になっていく。


隣には、ミリルの陶器のように整った白い小さな顔、深海のように何もかもを吸い込みそうな深く、青い瞳。そして、彼女の容姿のことで忘れてはならないのは、その背中まである幻想的に輝く銀髪の髪だ。

彼女を始めて見た人は、精巧に作られた西洋のお人形か、妖精かに見えたであろう。

彼女の容姿は、綺麗それ程までに美しく、うっとりと見惚れてしまうほど幻想的なのだ。

クラスの中で一番可愛いだとか、美人だとか、そういうレベルの話ではない。


ただ、それは、あくまで見た目の話。

中身は確かに優しい所もあるが、基本は一人で突っ走っている感じだ。リーダーシップがあると言えば聞こえは良いが、自分勝手と言い換えることも出来るだろう。しかし、それが、彼女の魅力の一つと言えばそうなのかもしれないが、俺は彼女のそんなわがままな所が少し苦手なのだ。


「ねぇ、葵くんってば!」

「あ、ああ。ミリル」

「『あ、ああ。ミリル』じゃないわよ!大丈夫?きっと空間酔いね。たまにあるのよね。異世界に空間移動したら酔ってしまう人が」

「あ、ああ。大丈夫だ。だいぶ良くなった。有難う」

何とか自分の力で立ってみる。


間が空く。

ミリルの方を見ると、彼女は呆けたような顔でこちらを見ていた。

「なんだよ」

彼女は、ロボットのようにぎこちない動きで口をぱっくりと開けて、

「驚いた。葵くんもお礼を言うんだね。私、ちょっとびっくりしちゃった」

いや、今のはちょっと、とかいうレベルの驚きようでは無かったぞ。どちらかというと、天と地がひっくり返ったのを見たとかそういうレベルの驚きようだったと思う。


それよりも、それを本人に言うのはヤバいんじゃないか?

「いや、ミリル。仮にも本人が目の前にいるんだからそういう事を言うのはどうかと思うんだが」

「え?何で?」

彼女は、キョトンとした顔で葵の顔を見る。


ほんと、こいつには、何を言っても伝わらんな。

なので、もう、何も言わないことにした。

「いや、何でもない。気にしないでくれ。それよりも、ここは何処なんだ?」

ミリルは、目を星のように輝かせて、

「ここはね、学園都市 ミーランだよ!」

「いや、それは分かっているから良いんだけどさ。そういうことじゃ無くて」

「分かってるって」

ミリルは、アメリカ人のようにまあまあと宥めるように掌をこちらに向けて、

「ここは、首都学園トライヤ。生徒数もここが一番多いのよ」

チューリップやバラ、バンジーが咲いている庭園の先には、横長の白い建物があった。

薄茶色の屋根が天辺についており、透明ガラスも所狭しにある。

どこからどう見ても超お金持ち、お嬢様、御坊ちゃま学校だ。


あまりの規模の大きさに呆然と突っ立っていると、

「ね!早く行こうよ!」

ミリルに腕を掴まれて引っ張って行かれた。


中庭の中をミリルに引っ張られて歩いて行く。

通りすがる学生達は、如何にもお金持ちという雰囲気を醸し出している。


「ちょっと、ミリル。あの中に行くのか?」

前で歩いているミリルに尋ねる。

「そうよ」

「いや、そうよって。俺たち制服を着ていないんだぞ。不法侵入になるんじゃ無いのか。そこまではならなくても不審者には思われるんじゃ無いのか?」

「馬鹿ねぇ」

彼女は嘲笑うかのように鼻で笑う。


「ならないわよ。この学園の町 ミーランの中にある学園には、二つの種類があってね、一つは、授業を受けるもの。これは、私達が今まで過ごしてきた学校生活と全く同じものよ。学園の風習や規則もちゃんと守らないといけないし、中間テストや学期末テストもちゃんとあるわ」

「入学式や卒業式とかは?」


「もちろんあるわよ。入試ももちろんあるしね。だから、このパターンで学生生活を送りたい人は、三月に自分の受けたい所のテストを受けて入学しないといけないの。つまりね、チャンスは一年に一回。しか無いって事」


「そういうところは現実世界に沿っているんだな」

「ええ、そういうことね。で、もう一つの方は、授業を受けずに友達と話したり部活動とか自由に出来るものね。もちろん、学校側に申請すれば、文化祭にも参加できるわ」

「それだとほとんどの人が後者の方を選ぶんじゃ無いのか?」


ミリルは、小さな人差し指を振って見せて、

「チッチッチッ。そう思うでしょ?でも、そういうことにはならないんだよね。これが」

「何故だ?」

そう言いながら、先程からずっと生徒達がこちらをチラチラ見てくるのが鬱陶しくて堪らなかった。


この女は気にしないのだろうか?

いや、気にしそうな性格では無いということは十分に分かってはいるのだが。


その原因がこのミリルの手に握られている腕にあるというのは分かっているのだが、対処法が見つからない。


そんな事を考えているとはミリルは思わないだろうな。



葵の考えている通り、ミリルは、葵の考えている事など興味もないのか、いつも通り、マシンガンのように話を進めていく。

「それはね、授業を受けたいと思っている生徒は、十代のような私たちだけじゃ無いって事。寧ろ、現実世界、前世って言った方がいいのかな?生きていた世界の時に、五十歳や六十歳の中年のおじさんや八十歳や百歳の高齢の方まで、もちろん、前世で普通に高校生をしていた人もいるけど。楽しいよー。普通の同い年の男子って思ってた人が実は八十歳だったとか普通にあるんだから」

「まじかよ・・・・・・」

葵は、半分驚き、半分引き気味の反応。


おじさんもいんのかよ。

なんか、想像出来ないな。

「あ、因みに自分の容姿は変えることができるから、実際は八十歳でも見た目は私達みたいな十代の青年だから」

驚きのあまり、俺は後ずさりをしてしまった。


「自分の容姿を変えることができる?それは一体どういうことなんだ?ミリル?」

「それぞれのメインワールドに役所、まあ、ギルドでも良いんだけど。そこでカスタマイズ変更が出来るからそこで見た目を調整できるよ。

ただ・・・・・・」

「ただ?」


「出来ることはかなり限られていて、過去の自分にしか戻る事は出来ないの。それに、エルフとかドワーフのような異世界の種族に姿を変えることは可能だけれど、それは、あくまで見た目だけであってそれ以外は無理なんだよ」

「それは、例えば、天使とかに姿を変えることは出来ても魔法を使ったり空を飛んだりする事は出来ないってこと?」


「そう。つまり、そういうことね」

「なんだか、理不尽だなぁ。それ、長生きした人の方が圧倒的に有利じゃないか」

彼女は、クスリと可愛らしく笑って、

「そうね。だけど、それは当たり前って言えば当たり前の事なのよ。容姿を変える事が出来るのは ルイギアのデータがあるからよ。身長、体重、筋肉量等々、ルイギアのデータがあるからこそ自分の容姿を変えることができるの。勿論、それだけじゃ無くて、エルフだとか天使とかにも希望をすれば変える事が出来るわ」


「そうか。だから、エルフとかリザードマンとかの姿をしている人たちがいるのか」

「そ!そういうこと。そして、ここが、このミーランの中でも最大規模の敷地と生徒数を誇る学園、トライヤ。その分部活数も多いし、ここで部活を作ってそのままそのメンバーがギルドのメンバーっていうのも少なくないのよ」


ん?ギルド?

そう言えばさっきそんな事を・・・・・・

「まさかお前・・・・・・」

ミリルは、くるりと葵の方を向いて自慢気に腰に両手を当てて、

「そう!そのまさか!私は、ここで『この世界の謎を解こう部』略して、『セカトキ部』を作って仲間を増やす!そして、この世界の謎に挑む!どう?完璧じゃない?」


完璧じゃない。

そもそも、この世界のことに興味を持っている奴がそんなにいるのか?

俺でさえ、少し面白そうという興味本位でやっているのにそんな都市伝説なことをわざわざ好む奴なんているわけが無いと思うのだが。

てか、「この世界の謎を解こう部」って・・・

まんまじゃねーかよ!

それに、それを略して「セカトキ部」って・・・

だせーよ!


しかし、俺がそれを口にすることはない。

口にしたらミリルの鉄拳が飛んできそうだからだ。

性格が凶暴で大雑把なのに加えて、見た目によらず運動ができるから尚更怖い。

出来れば、近づきたくないというのが本音なのだが。


問題は、部活の方ではない。

「ミリル、なんで仲間を作る必要がある?そもそも、この世界の謎って言ってもそれは都市伝説みたいなもんだろ?そんなので集まると思うか?仮に集まったとしても、きっと都市伝説好きな奇人変人ばかりだぞ」


「そんなことないもん」

ミリルは頰を膨らましてそっぽを向いた。

「だって、世界の謎だよ?場合によっては私達、政府に追いかけられるかも知れないんだよ?たった二人じゃ心許ないじゃん?大丈夫」

ミリルは、右手で胸を叩き、嬉しそうな踊るような声で、

「私がなんとかするから。期待しといて」

彼女やる気に満ちた瞳、ミリルは、得意げにあんな事を言ってはいるが、俺はとても心配だ。


何が心配って、このミリルが自ら仲間を集めるということにだ。

類は友を呼ぶという諺がある。

ミリルは、ただでさえ変なやつだというのにこれ以上変な奴を増やしてくれると困るわけだ。


とは言っても、そんなことをミリル本人に言っても効果薄だろうが。

ここは、彼女の方針に従うしかあるまい。

「分かった。探そう。ただし、条件がある」

「条件?」

「そうだ。条件だ。俺も一緒に行動させてくれ。それで、仲間にしたい奴がいたら俺に教えてくれ。それで仲間にするかどうかは俺とお前の判断と相手の都合で決める。それなら協力してもいい」


「うん!分かった」

星のようにキラキラした目で頷いた。

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