第10話 漫研部

こういう約束をしたけれど、結局はミリルのわがままに付き合う羽目になるのだろう。

それでも、ちょっとしたブレーキ程度にはなりあるんじゃないかと思う。

彼女は何処までも「自分」を貫く。良い変えれば我が強い。

そこが彼女の魅力なんだろうけど、周りの人からしてみれば、それを好ましく思わない人も少なからずいるだろう。

人間なのだから、それは仕方の無いことだと思う。


でも、彼女のわがままで人を振り回すような所は俺自身も治して欲しいと思う。

いや、ほんとに。


鼻歌交じりに校舎へと向かうミリルについて行く。

疑問がいくつかあった。

一つは、どうやって人材を集めるのか。

ミリルの事だから、怪盗ルパンのような屋上からチラシをばらまくなんていうこともしかねない。これは、彼女の行動に注意しないと何をしでかすか分かったものじゃない。

二つ目は、集めて何をするのか。

先程も言ったけれど、「この世界の謎を解くため」なんていう本当にあるかどうか分からない、馬鹿げたものを達成するために集まって来る奴なんて大抵、都市伝説やスキャンダルの好きな野次馬根性のある奴や新聞記者もどきの野郎だったり、カルト宗教に嵌まりそうな頭のねじが外れた奴だったり、そんな只のザ・変人集団の集まりになってしまう。

それも、集める奴が奴だ。

俺の想像している人間の上の上をいく可能性が大だ。

三つ目は、活動を認めて貰えるのか。

せいぜい、学生のやることだから先生方も微笑ましい顔で活動を承認してくれるだろう。が、問題は、認めて貰えなかった時のことだ。

この時に先生達にどう納得して貰えるかが問題となってくる。


そして、それ以前の問題がもう一つ。

「ミリル。俺達、怪しまれるんじゃ無いのか。こう、この学校の生徒だって事を示すような物が必要なんじゃ無いのか」

陽気に鼻歌を歌っていたミリルの動きが一瞬にして止まる。

「だ、大丈夫よ。このままで」

彼女は、前を向いたまま、俺の顔を見ずに答える。

声がいつもより少し高い。

こいつ、嘘を付くの下手だな。

「ホントか?」

「ええ。本当よ。今回は私がこの学校の制服に着替えるもの。あなたは、私に付いてきてくれれば怪しまれることは無いわ。用事が終わった帰りに事務室に行って手続きをすれば良いだけのことだもの。それまでは、そうね。我慢してもらうしかないわね」



まあ、彼女がそう言うのだから大丈夫なのだろう。多々、不安は残っているが・・・・・・


ミリルは、もう待っていられないという風に、手足をばたつかせて俺が校内探検に行くのを急かさせる。

「ねね!早く行こうよ!」

葵の背中を押して校内に招き入れるが、正直、不安で胸が一杯だ。

無許可で校内に入るのはどう考えてもいけない事だ。

一番面倒なのは、これが教員にバレること。もし、彼らに見つかったとしたら、その後俺たちがどうなるかだなんて言うまでもないことだろう。

ミリルがそこまで考えているかどうかは不明だが、考えていると思って彼女を信じるしかないだろう。


校舎の中は、比較的新しく、清潔感もありとても生活しやすい場所という印象を受けた。

ガラスも普通のガラスでは無く、教会にあるような青、緑、赤などの色鮮やかなステンドガラスが一定の間隔で張られてあった。

更には、廊下の高さや幅は、巨人が通れるのではないかというくらいの大きさだ。


こりゃ、すげぇな。

あまりのスケールの大きさに舌を巻くしかない。

こんなの何処かの少女漫画とかアニメとかでしか見ないぞ。


そう感心していると、

「ここ、本当に凄いでしょ。VR建築の人が一年も構想を練って作り上げたんだって。私も始めてここに来た時は感動しちゃた。まあ、何度も来ていると慣れちゃうんだけどね」

「ミリルが初めて来たのはいつからなんだ?」

「いつからだっけな。約二年前くらいかなぁ。その間にも増築したんだよ。凄くない?」

意外な事実だ。

「うん。凄いよ」


ミリルについて行って教室の隣にある階段を登っていく。

教室の中からは、数学の話をしているらしく、二次関数がどうのこうのという話が聞こえてきた。


高校に通っていたときのことを思い出す。

とは言っても、まだ、二日しか時間は経っていないけれど、これからクラスメートや友達と会えなくなるのかと思うと少し寂しい気持ちになった。

授業中や休み時間も当然のようにゲームをしていたけれど、友達やクラスメートが話しかけてきたらちゃんと答えるようにはしていた。

それも、ゲームほどには無いにしても、俺にとっては楽しい時間だったんだ。


そう言えば、この学校独特のペンキや人などの様々な匂いの混じった空気が俺の鼻を刺激する。


たった二日前の事なのにこんなに懐かしく感じるなんて思いもしなかった。

「ねぇ、葵くん、私の話聞いてる?」

ミリルに肩を叩かれて我に返った。

「すまない。現実世界の事を思い出していた」

何を正直に言っているんだ俺は。

こいつにそんな事言っても何の良いことも無いぞ。

心の中で自分自身に叱る。


ミリルは、陶器のように白い頬を、リスのようにぷっくりと膨らませて、

「ちゃんと、私の話を聞いてくれないと困るよぉ」

上目遣いで見つめてくる彼女にどぎまぎする。

見た目は、本当に可愛いのだから仕方がない。


「済まなかったな。ミリル。それで、話って何だ?」

「私達の部活のことだよ。今、漫画研究会っていう部活が三年の部長だけでね、今年で廃部しそうなのよ。だから、その漫画研究会に入部して部員数を増やしながら【世界の謎】の事もコツコツ調べていく。これなら、部長も喜んでくれるし、部活も廃部にならない。どうせ漫研なんだし、一年中暇でしょ?そこに私達の【世界の謎】の事を漫画に書こうと誘導する。そうすればみんな協力してくれる。もう完璧でしょ」鼻を鳴らして、自慢げにするミリル。


俺の心は不安しかなかった。

いやいやいや、それ、かなり無理があるから。絶対に無理だから。

体中から汗が吹き出る。


駄目だ。

このままでは彼女の思う通りになってしまう。

彼女の暴走をどうにか止めなくてはいけない。

そう思うものの、彼女のあの猪並みの暴走を止める方法を思いつくことが出来なかった。


四階に上がって階段の右隣にある教室。

四階は、暗く、一階の華やかな雰囲気に比べて幽霊が出そうな重々しい空気が流れており、如何にも使われていない雰囲気を醸し出していた。


漫研の教室は、ほぼ何も見えないくらい暗く、俺とミリルは、五感を研ぎ澄まして一歩一歩前に進むしかなかった。

「本当に人がいるのか?」

不安になってミリルに尋ねてみる。

「いるわよ。だってほら、扉開いているし」

そう言って、扉に手を掛けて開けてみせる。


いや、だとしたら何でこんなに暗いんだ?

そんな俺の不安を他所に、彼女は明るい声で挨拶をする。

「こんにちは~、漫研の見学をしに来たんですけど」

薄暗い漫画研究部の部屋を恐る恐る覗いてみる。

「誰もいないのかな?」

葵とミリルは抜き足差し足忍び足、忍者の如く美術室の中に足を入れていく。


ギシッという床が軋む音が聞えた。

「きゃっ」

「うわっあ」

「んにゃ」


沈黙が続く。

森の中でお化けと偶然ばったりと会った時のような、そんな瞬間だ。

「おい、ミリル。『んにゃ』なんてらしくない台詞をこんな時に言うなよ。びっくりするだろ」

「いやいや、私『んにゃ』なんて言って無いし。それに、らしくないって何よ。少し苛つくんですけど」

隣にいるミリルが背中を思いっきり叩いてくる。

「痛いな。まったく。それじゃあ、一体誰がさっき『んにゃ』って言ったんだよ」

「幽霊・・・・・・とか?」

背筋がゾゾゾゾと寒くなる。

「おい、馬鹿みたいな事言うなよ」


「ヒ・・・ト、ヒトダ。ヒトガイル」

幽霊のような不気味な声がしたかと思うと、足にマシュマロのような柔らかい感触がした。

「うぎゃー!ミリル。足、足に幽霊が、幽霊が」

「ちょっと、変なこと言わないでよ。こう見えても私恐がりなんだから」

「いや、ホントに。それよりも電気だ。電気を付けてくれ」

「わ、分かった。確かこの辺に」

ミリルが電気のスイッチを探している間、幽霊の手が少しずつ、少しずつ上へ上へと上がってくる。


恐怖の感情がわなわなと沸き上がり、体が硬直して動かそうとしても動かない。

早く、ミリル早くしてくれ。


「あ、あった!」

ミリルの嬉しそうな声が聞えてきたかと思うと、電気の照明が付く音がした。

そして、暗い暗黒世界から平和な明るい世界へと逃げ去ることが出来た。


葵は、自分の足下をびくびくしながら見てみる。

すると、そこには幽霊・・・・ではなく、一人の黄色いワンピースを着た女の子が一人いた。

肩まで掛かったショートカットの黒髪に子猫のようなくりくりとした目、体はほっそりとしており、透明な白い肌にリムレスの眼鏡をしていた。

そして、胸が異様に大きい。

何カップあるんだ?この人。

「人間だ!人間がいる!」


なるほど。

さっきからの幽霊はこの人だったのか。

「あの、あんた誰?」

彼女は、あわわと手足をばたつかせて立ち上がる。

見ると、小さい背をしていた。

百五十センチくらいだろうか。


彼女は、ずれた眼鏡を治しながら、オドオドとした声で、

「あの、私、漫画研究部の部長をしています。高校二年生の高崎 莉菜です。あなたたちも高校二年生ですか?」

「いえ、私達は高校一年生です。この漫画研究部に興味があって見学をしに来ました」

と後ろからミリルが見え見えの嘘を言うと、突然、莉菜(呼び捨て、下の名前)は弱った草食獣を狙うハイエナのように目を光らせて、

「ホントですか?この部、先輩が卒業してしまって、私だけなのです。だから、入部兼新入部員の勧誘をしてくれると助かるのです」


なんか、もう俺たちがこの部活に入っている風な言い方何だけど。

そりゃ、入るつもりだけれども・・・・・・


莉菜先輩の目がマジだ。

完全に草食動物を狙う肉食動物の顔をしている?

見た目は可愛いのだけれども、眼鏡越しから見つめてくる彼女の視線が必死だ。


莉菜先輩の必死な訴えにミリルがあっさりと答えた。

「ええ、良いですよ。私達も漫画が大好きなんで!是非、この漫画研究部に入部させて下さい!ずっと前からこの漫画研究部に目を付け・・・じゃなくて、興味があったんです!共に同志を探す旅へ出ましょう!莉菜先輩!」


ミリルは、目を輝かせて莉菜の手を握り締める。


嘘をつけ、嘘を。

さっきまであんなに漫研を利用しようとするような発言をしていただろ。お前。


そんな事は勿論本人には言えない。

言ったら半殺し、いや、本当に殺されるかもしれない。

精神的にも、社会的にも、肉体的にも。


二人は、暫くお互いに手を握り締め合っていた。

二人ともニコニコして微笑み合っているが、お互いに下心が見え見えだ。

そんな見え見えの下心を丸出しにしたまま莉菜先輩が俺とミリルの名前を聞いてきた。

「私の名前はミリルです。好きな漫画のジャンルは、恋愛かな。よろしくお願いします」

「俺の名前は、竹内 葵。宜しく。漫画は基本面白ければ何でも好きだ」

嘘を堂々と付く二人。


罪悪感は、少しある。

こんな訳の分からない馬鹿げた茶番に付き合わせてしまった事への罪悪感だ。

嘘をついた事に対する罪悪感は、残念ながら無い。


そんな俺たちの心情など露知らずに、莉菜先輩は屈託無い笑顔で俺達を歓迎してくれた。

「ミリルちゃんとあおちゃんね。これから宜しくね」

にこにこと眼鏡越しに笑う莉菜先輩の顔は、非常に可愛らしかった。


彼女の可愛らしさは、ミリルとは似てはいるが、少し異なっている。

ミリルの可愛さは、小さくて、愛らしい、。そして、何処と無くミステリアスで美しい。浮世離れした美しさなのだ。

例えるなら、ヴィーナス、アフロディテだろうか。

彼女の可憐さ、美しさは、神話の中にいるような、だからこそ近づき難い。だからこそ惹かれる。

そんな妖しげな魅力を彼女は秘めている。


対して、莉菜先輩は、ミリル同様可愛らしいし、愛らしさもある。彼女の可愛さは、子犬や子猫のような純白で純粋で雲のようにふわふわした雰囲気の、守ってあげたくなるような可愛さだ。それに、彼女の愛らしさは、癒しオーラがあり、親しみやすい。

可憐という言葉は彼女の為に作られたと思ってしまうほどだ。


リルと莉菜先輩の可愛さは、そのような違いがある。


簡単に言って仕舞えば、アイドルと地下アイドルの様なものだ。

アイドルは、「偶像」と訳すようにファンや周りの人から崇拝されたり、憧れの人物でなければならない。だからこそ、近付こうとしても決して近づくことのできない存在。

理想、幻の存在。

対して、地下アイドルは、ファンの理想ではあるが、ファンにとってはアイドルより近い存在だ。それでも、彼女達に触れる事は難しいが。


ミリルの美しくも妖しい魅力的な可愛さ。

そして、莉菜先輩の守ってあげたくなるような儚い花のような可憐さ。

この二人は、そういう意味で似ても似つかない魅力を持っているのだ。


「それじゃあ、早速広告活動をして貰いますよ」

そう言って、隣にある美術準備質から莉菜先輩が取り出してきたのは、でかでかと黒い文字で「漫画研究部入部大歓迎」と書かれた十メートル程の長さの横断幕とアニメキャラがプリントされてあったり、「〇〇命」とか書かれてある服だった。


開いた口が塞がらないとはこのことなのだろう。

隣にいるミリルもどうしたら良いのかと目をぱちくりさせている。

どこからツッコんで良いのかさえも分からないところにミリルが口を開いて、

「まさかとは思うんですけど、莉菜先輩。この服を着ろって言うんですか」

「ええ。そうですよ」

さも当然かのように莉菜先輩が答える。

「お二人とも広告活動を手伝うって約束しましたよね」


「まあ、確かに手伝うとは言いましたけど・・・・・・」

ミリルの顔はヒクヒクと顔の筋肉を動かして引き攣っている。

「私も着るからさ。この程度のことで恥ずかしがっていたら今後やっていけませんよ~」

テンション高めに語る莉菜先輩に、流石のミリルもついて行けないようだ。


これまで俺を引き連れ回した罰だ。

ざまあみろミリル。

少し普段の鬱憤を晴らすことが出来たので俺は上機嫌だ。

しかし、これではミリルの計画が台無しだな。

莉菜先輩をこちらに引き込むどころか逆にこっちが引き込まれているのだから。


夕方になると、俺、ミリル、莉菜先輩は、横断幕を持ち、あの変な服を着て校門の手前まで行った。

「ここで部活の勧誘をします」

「はーい」

莉菜先輩は明るくハキハキした声で俺達に呼びかけるが、正直、恥ずかしい。


ミリルなんかさっきから頬をぷっくりと膨らませて一言も喋っていない。

こうして改めてミリルの顔を見ると、やはり彼女も可愛い顔をしているなと思う。

いや、彼女の場合は美しいとも言える。精巧に作られた人形のような美しさと存在の儚さを感じる。

只、問題なのはその可愛さ、美しさを打ち消す程の彼女の性格だ。

わがままで身勝手。それでいて、可愛らしい一面も時々見せる時もあるのは確かだ。

そういうギャップが彼女の魅力なのだろう。


「ちぇっ、何よ。なんで私達がこいつなんかの言うことを聞かないといけないのよ」

「ちょっと、ミリル。莉菜先輩に聞える」

「ふん」

さっきから莉菜先輩の悪口や文句しか言わない。

全く、どうしたことか。


「そんなにぷりぷり怒っていると顔の皺が増えるぞ」

俺がそう言った瞬間、ミリルは俺の顔を怒りに満ちた目で睨んできた。

うわ、こわ。

でも、栗鼠みたいで可愛いかも。


思わず顔が緩んだ所に、彼女はつま先を思いっきり俺の脛にぶつけてきた。

「いったぁーーー」

痛みのあまりに思わず悲鳴を上げてしまった。

「ちょっと、ミリル。なんで俺の脛を蹴るんだ」

「拗ねているから」

そう言って、彼女は再びぷいと顔を背ける。

何なんだよ。

それ、上手く言ったつもりなのか。


そこへ、莉菜先輩が口を挟んできた。

「二人とも、遊んでいないで早く呼びかけをするよ。いい?さっきも言ったけど、前半三十分、呼びかけ。後半三十分、パンフレット配りだからね」

「はーい」


合計一時間、俺達は宣伝に時間を費やしたわけだが、結果はいまいちのようだ。

呼びかけはともかく、パンフレットが元々百枚あったのだが、そこから十五枚ほどしか減っていなかった。

そもそも、全校生徒が約五百人いるのに対して百枚刷るのは可笑しい。

五人に一人はパンフレットを受取って貰わないといけない計算になる。


「これどうするんだよ」

目の前に山積みにされたパンフレットを眺めながら言った。

「そうですね。折角作ったのですが、余ってしまったのは残念です。捨てるしかないですかね」

同意を求めるかのように、莉菜の瞳が俺の顔を見つめる。


そんな目で見つめられても返事に困るだけなんだけど。

「そうだな。捨てるしか無いだろうな」

「そうですよね。仕方が無いですよね」

莉菜は渋々承諾してパンフレットの束をゴミ箱の中に捨てた。


「これで、誰か来てくれると思いますか?」

肩を落として言う莉菜にどう言うべきか迷った。

正直に言うべきなのか。

それとも、優しく「そんな事はない」と誤魔化すべきなのか。


正直である事、真実を伝えることはとても大切な事だと俺は思う。

だが、時にその正直さ、真実は、伝えられた者の心を抉る。

掻き乱す。

破壊する。

それでも、俺は、真実を伝えることはとても重要な事だと思う。

ただ単に上手に嘘を付くことが出来ないヘタレ野郎なだけなのかもしれないが。


真実を知る事で人は真実と向き合い、受け入れる勇気を持つことができるし、成長することが出来る。

しかし、真実を知らないまま、背を背けたままだとなにも変わらない。逃げたままでは人はなにも変わらない。

ファンタジーの勇者も同じだ。

彼らも世の中の真実、時には自分の正体と戦い、向き合いながら成長を遂げていく。


そう、真実を受け入れることすらできない奴は成長をする事すら、前へと進むことすら出来ないのだ。


俺は、莉菜の肩に手を置く。

「え?なんでそんな哀れんだ目で私を見つめているの?卓?」

戸惑う莉菜先輩に俺は彼女に真実を告げる事を決めた。

これも、長い目で見れば彼女の為だ。

「莉菜先輩。恐らく今年は新入部員数はゼロ人です。この広告の仕方が不味かったんです。



潔く諦めましょう。莉菜先輩」

「そんな・・・・・・」

言葉を失う莉菜先輩を前に、俺は慰めの言葉の一つも掛けることが出来なかった。

「そんな早く諦めなくても良いんじゃない?」

そこにミリルが口を挟んできた。

「取り敢えず一週間待ってみようよ。それで駄目だったらまた何か考えようよ」

先程まで面倒くさいだのやりたくないだのと散々言っていたのにこの変わりようはなんなんだ?


何か企んでいるな。

これは、直感でしかないが、俺の直感は昔からよく当たる。

小学校の頃当たりくじの一等賞だって当てたことがある。

他にも色々と当てたことがある。

だから、直感には他の人よりも自信がある。


でも、俺は何も言わない。

どっちも嫌だからだ。

だが、どちらが嫌と言えば莉菜先輩の方だ。

実際に体を動かさないといけないし、そんな面倒な事はごめんだ。

それに比べてミリルのやろうとしていることは只の都市伝説の追っかけみたいなことだ。

いくら幽霊の追っかけをしても、そんなものは存在しないのだから、幾ら探してみても無駄なことだ。


青春の無駄使いになるが、ミリル曰くこの世界の人々は年を取らないらしい。

だから、時間は無限にあると言ってもいい。

そのうち、ミリルも幽霊探しに飽きてくるだろうから、それまで我慢するしかないのだろう。


「今日学校泊まらない?」

そういきなり言い出したのはミリルだ。

彼女は、漫研にあるソファたれ掛かって完全に寛いでいる。

莉菜先輩はパイプ椅子に座って、部屋中に台風でも来たのかというほどに散らかっている漫画をお菓子を食べながら読んでいる。

この光景だけ見たら駄目な人間のお手本を示しているようだ。

俺も同じように部室内にある漫画を乱読しているわけだが――


「ちゃんと家があるだろ?帰れば良いじゃ無いか」

「帰っちゃったら新入部員が来たときに困るじゃない。いつ新入部員が来ても可笑しく無いんだよ」

そこに、莉菜先輩が話に乱入してくる。

「そうですよ。葵さん。私達はいつ新入部員が来ても良いようにここにいなくてはいけません。それに、ここには山ほど漫画があるので時間を潰すには持って来いです」

一人ならともかく、押しの強い二人が相手だったら俺に勝ち目は無い。


俺は潔く諦めることにした。

二人に、両手を挙げて降参のポーズを取って見せる。

「分かった。分かったから。今日は学校に泊まるんだな」

「そう。なんか修学旅行みたいで楽しそうじゃない?それに、学校にお泊まりするってワクワクするじゃん。私、一回やってみたかったんだよね~」

ミリルは、今にも飛び跳ねそうなテンションで言った。

彼女の目は、キラキラと輝いていて、

彼女がどれ程楽しみにしているのかが伝わってくる。


こいつがやりたいのなら俺が何をどう言っても無駄なのだろう。

彼女は、そういうやつだ。


考えてみれば、彼女のいう通りだ。

学校に泊まることなんて滅多に無い。


でも、学校というものにあまり良い思い出がない俺にとっては、そんな事は正直どうでもいいことなのだが??


確かに、友達はいたし、上辺では仲良くはしたが、俺のような奴と同じ趣味を持つ奴は学校にはいなかった。

相手に話を合わせることに精一杯で自分の趣味を話すことなんて出来ない。

ましてや、話したところで理解してくれるだなんて微塵も思っていなかった。


どいつもこいつも変に仮面を被って友達ごっこをしているのが俺には嫌だった。

そうやって、仮面を被って、身を繕

って相手にペコペコ頭を下げることが社会に適応することだというのなら俺は、社会に適応しなくていい。


そんな世の中なら俺は、ニートのままでいい。

そんなことを考えていたから学校というものは俺にはつまらないものだった。


内心では、彼女の身勝手さに呆れながら、渋々学校に泊まることにした。

この世界にも一応、朝、昼、夜があるらしい。


夜の学校は、異様に不気味な雰囲気に包まれていた。

光は、部室の中にある明かりで補った。

部室にあるのはソファとパイプ椅子だけ。

ここでどうやって寝るというのだろうか。


「なあ、今日はどうやって寝るんだ?一人は、ソファで寝るとしても、残りの二人はどうするんだ?」

「何を言っているの葵くん。私達は、眠らなくても良いのよ。私達には睡眠、性欲、食欲は存在しないって前言ったじゃない」


確かに、そんな事を言ったような気もする。

「それじゃ、二人とも今日はオールするつもりなのか?」

「そうよ」

「そうですね」


「修学旅行といえばオール、恋バナ、怪談でしょ?三人っていう人数も丁度良いし、現実世界にいた頃の事をみんなで思い出話をしたいなぁって思って」

「そういうことなら俺はパスだ。怪談ならしても良いけどな」

ミリルは、驚いた表情で俺の顔を見た。

そして、はっと何か閃いたかのように顔をニヤニヤさせて、

「なんで?別に良いじゃん。現実世界の時にも好きな人とかいたでしょ?もしかして、恥ずかしーい過去でもあるとか?」


腹のなかで何かが一気に込み上げてくる感触がした。

「そんなんじゃねーよ」

ミリルは、肩を震わせて弱々しい声で謝ってきた。

「ご、ごめん」

莉菜先輩の方を見ると、莉菜先輩も怯えたような表情で俺の方を見ていた。

俺は、自分の失態に気付くと、顔が急に暑くなっていくのを感じた。


「すまん。少し、外の風に当たってくる」

二人は、何も反応しない。

ドアを閉め、教室の外に出る。


窓を開けて夜の涼しい風に当たる。

「はぁ、またやってしまったな」

一つ、深い溜息をついて自分の未熟さを噛みしめる。


俺は、どうも、学校にあまり行ってないことや、中学生の時の事などを聞かれるとキレてしまうクセがある。


このままではいけない。

変わらなければいけないと、その度に自分に言いつけているのだが、中々直らない。


自分に後ろめたいことがあるのは分かっている。

社会に適応する事が苦手なのは分かっている。


でも、それを指摘されるのは虫唾が走る。

放っといてくれと言いたくなる。


でも、だからといって自分の過去は変える事は出来ない。

だから、前に進もうとする。

でも、社会の目が人々の軽いちょっとした言葉がその勇気の蕾を閉ざしてしまう。


そうすると、また、部屋に引きこもってゲームをする日々が始まってしまう。


高校では、中学の奴が誰もいない所を選んで再スタートを切ろうとした。

でも、それは自分を再び苦しめるだけになってしまった。


オタクはキモい、消えろ。

そんな言葉が教室中に飛び交う度に俺の心は蝕まれていった。

気の合う友達も一人できた。


僧院寺 薫だ。

彼は、俺の唯一の「友達」だった。

趣味も同じで俺の話にも付いてきてくれた。

でも、奴は俺とは決定的に違うところがあった。


それは、周りに合わせる力、人を引き寄せる力があいつにはあった事だ。

彼は俺にも、クラスの人のみんなにも優しくしてくれたが、特別扱いはしない。誰かに執着しない。

そんな奴だった。


だから、俺にはあいつがどこか遠い所にいる人間のように思えた。

こいつも決して分かり合う事が出来ないんだろうなと思った。


でも、分かり合う事は出来なくても、仲良くする事は多少は出来たんじゃないのかと今更ながらに思う。


あいつとも――

ミリルとも分かり合う事は難しいのだろう。

でも、仲良くする事は出来るはずだ。


現実世界では、出来ないことをする事が出来るのがこの世界なのだろう?

それなら、やって見せてやる。


誰かを大切に思うこと。

出来る事から少しずつやっていこうと思う。


「よし!」

ぱんぱんと顔を叩いて心を入れ替えて部室に戻る。


「あ、葵くん。さっきはごめ――」

消沈とした様子でらしくなく頭を下げようとしたとき、

「ごめん」


「え?」

「さっき、俺がイラッと来てしまってミリルを傷つくような事を言ってしまった。だから、謝らなくちゃいけないって思って――」

「ぷふっ、あはははは」

ミリルは、いきなり吹いて笑い出した。


「なんだー、葵君もそうだったんだ。あー、なんか、スッキリした気分」

「え?え?」

彼女の隣にいる莉菜先輩もクスクスと口を片手で抑えて笑っている。


俺は、なんで二人に笑われているのか分からないまま戸惑いを隠せないでいた。

「何だよ。二人とも、一体――」

「実はね、私と莉菜先輩も葵君を怒らせたかなって少し反省しててね、私達も謝ろうとしたんだけど、そのときに丁度葵君が来て謝って来たから可笑しくって。それに、葵君って人に謝るようなイメージが無いんだもん。どちらかというと、謝らないタイプって私は思ってたけど、単なる勘違いだったね。良かった」


彼女は、無邪気な笑顔で笑いかけてきてくれた。


ふっと、心の中にあった重りが解けたように一気に軽くなった。

「良かった。俺も勇気を出して謝って良かった。前の俺ならこんなふうに謝っていなかったと思うけど――。でも、俺はもう何も失いたくないから、ここに来た限りは変わっていかないといけないんだって思うから」


ミリルと莉菜先輩は、お互いの顔を見つめ合うと、にこりと優しく微笑み合った。

「良かった。私達の考えすぎだったね」

「うん」


ミリルは、猫のように掌を天に伸ばして伸びをする。

「あーあ、なんか損しちゃった気分。葵くんもっと怒っているんかと思ったのに」

「お前はもっと自分の発言に注意しろよ」


彼女は、ふふんと自慢げに髪を掻上げて見せる。

「嫌よ。私は私、あなたはあなただもの」

「なんなんだよ。そのどっかの漫画でありそうな台詞は・・・・・・」


そうこうしているうちに、朝日が顔を出して金色の光が窓から差し込む。

「もう朝じゃないか」

「案外、早かったね」

「そうですね。新入部員が来てくれると良いですね」


窓から顔を出してみると、生徒達が中庭を通って教室に行く姿が見えた。

問題は朝のHRまでの時間と昼の休憩時間、そして、放課後の時間のこの三つの休み時間が勝負だ。

期間は今日から一週間。


最低でも三人は集めないといけない。

まあ、漫研なんてアピールする事なんて無いし。

待つことしか出来ない。


それから一週間三人は待った。

新入部員が来るのを今か今かと待ち望んでいた。


が、新入部員は来ず、部活動紹介最後の日になった。

「ちょっとちょっとちょっと。新入生が一人も来ないんですけど。どうしようも無いんですけど。一人も新入生が来ないなんてあり得ないんですけど」

部室でミリルが床に寝転がったまま悶えていた。


その隣で莉菜先輩が頭を抱えて石になっていた。

「もう駄目です。もう駄目です。新入生なんて来るはずがありません。


「大丈夫だ二人とも。時間はまだある。チラシとか配れば一人くらい来るはずだ」

「そそそそんなこと言われても~。だって、だって。今まで一週間待ったのに一人も来なかったんだよ。そんなの無理に決まっているじゃん」


「いや、まだ希望はある。今日の朝と昼休み、放課後に何とか人が来てくれるように頑張ろう」

「お、おー」

「頑張りましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る