第8話 ミリルの部屋

悶々と頭の中でミリルと一緒に暮らしている所を想像してしまう。

彼女と朝ご飯と食べている所、お昼ご飯を食べている所、夕食を食べているところ、デートをしているところ等々。

嫌々、そういうことじゃなくて。


葵は、首を振る。

「なんで俺とミリルが一緒に暮らさなきゃなんないんだよ!俺まだ十七だし、女の子と一緒に暮らすのには早いっていうか」

「へええ」

ミリルは、からかい好きな女の子のような顔で俺を見つめる。

「なんだよ」

「いや~、葵くんは女の子と一緒に遊んだ事が無い、悲しくて寂しい人なんだなって」

仏のような心を持つ俺でも流石にこれは怒る。

仏の顔も三度までというが、これを言われたら流石の仏も一度も耐えることが出来ないのでは無いだろうか?


「ちょっと、ミリル。それはいくら何でも俺に失礼じゃ無いか?俺とお前は出会ってからまだ一日も経っていないんだぞ?それなのに一緒に暮らすだなんて、風俗か何かか?そもそも、お前は一日しか一緒にいない男と暮らして平気なのか?」

「平気。大丈夫よ」

彼女は、真面目な顔で言った。

そして、天使のような笑顔で、

「だって、君がそんな人じゃ無いって私は知っている。ゾンビとの戦闘中、君の動きは鈍かった。君は、ゾンビと戦っているとき君は悲しそうな目をしてた。只のゲームなのに。人より感情移入しやすいっていうなら話は別だけど、そうじゃない。私の考えを言えば、死を憎んでいるように見えた。それが、自分の死に関連しているのかどうか分からないけど、君はとても優しい人なんだなって私は信じているから」

それは違う。

俺は、彼女の洞察力に驚愕しながらも、心の中でそう思った。


俺は、「死」に対して敏感なんだ。

臆病なんだ。

今から思い出しても身震いがする。

あの時のことは小さかったけど、今でも鮮明に覚えている。

それからだ。

ゲームに嵌まったのはその頃からだ。

でも、ゾンビ系や人が死ぬようなゲームはしていない。

あの時の頃のことを思い出すから。

この事は、親友にも言ったことは無い。

いや、そもそも、その時から人と関わる事を避けているから親友と呼べる人間はいないのだけれど。


なのに、この女は俺の事を勘で気付いている。



ぼけっとしているように見えて恐ろしい洞察力だ。

過去の事は誰にも知られたくない。

気を付けた方が良いな。


彼女は続けて言った。

「それに、葵くん。今日住むところあるの?」

「いや、無いけど・・・・・・」

「それならさ!」

ミリルは、顔を太陽のように輝かせて、

「一緒に私の所で住もうよ。その方がお金も効率的に稼げるし。それにそうした方が楽しいじゃん。一人で暮らすなんて全然楽しくないし。」


俺は、深い溜息をつく。

確かに、彼女のいう通りだ。

まだ、この世界に来て間もなく、ルールすらも知らない自分がこの世界で生きていけるとは到底思えない。

仕方がない。


「分かった。ただし、暫くの間だけだ。俺は、ミリルと一緒に暮らす事に同意したわけじゃない。仕方ないからそうするだけだ。この世界のことが大体分かって一人で暮らせるようになったら離れるからな」

「うん!有難う!」

ミリルは、そう言うと、鼻歌を歌いながらパフェを食べる。


全く、俺の異世界生活はどうなることやら。

このままだとこの女の思うようになってしまうのが見え見えだ。

どうにかしなければいけない。

しかし、今は我慢だ。

暫くは、様子見という事にしておこう。


「美味しかった~!」

ミリルは、苺パフェを平らげると、お金をカウンターに置いて俺の腕を引っ張って店を出て行った。


そして、ミリルに連れられて着いた先は、如何にも古びた見た目の一軒家だった。

夜とかには幽霊が出ても可笑しくはないくらいに老廃している。

ただ、大きい家ではあった。

10人近くは余裕で暮らせるのでは無いだろうか?


「おい、ここって・・・・・・」

念のために、ミリルに聞いてみると、

「私の住んでいる家よ。とは言っても、ここは寮みたいな感じで、それぞれの部屋に分かれているんだけれど」

こっちよ、とミリルが手招きして誘導する。


俺は、こんな所で女と二人で暮らすのか。

正直、嫌だったが行く当ても無いので仕方なくついて行く。


家の中は、 外見を裏切らないボロさだった。

床も鶯張りの如くキイキイ音がするし、ヒノキの匂いもするし、かなり生活環境が悪い所に彼女は住んでいるようだった。

「ここが私の部屋よ」


彼女の部屋は、一階の左手の一番奥の部屋にあった。

「お邪魔します」

部屋に踏み入れた瞬間、甘い、薔薇のような良い匂いがした。

それは、ミリルから匂う香りだった。


彼女の部屋の中は、簡素な印象を持った。

それでいて、女の子らしさのある可愛らしい装飾が施されており、彼女らしい部屋だった。


「なんか、如何にも女の子の部屋って感じだね」

うんうんとミリルは、銀髪の髪を揺らしながら、

「でしょでしょ。なんか、女の子過ぎるんだよ。私は、この部屋気に入っているんだけどさ、だけど、わたし的にはもう少し男の子感を出した方が良いのかなって。一人で暮らすにはここの部屋少し広いし」

確かに、一人暮らしをするには少し、いや、かなり広い所かもしれない。


ちらりと左へ視線を移すと、襖があった。

もう一つここに部屋があるのだろうか?

襖に手を掛けようとすると、

「ダメ」

俺の手首をミリルが掴んできた。

「ここの部屋は見ちゃダメ。少なくとも今は葵くんに見られたくない」

彼女は、何か恐れているような表情を浮かべながら、襖の前に立ち塞がる。


その部屋に一体何があるというのだろうか。

彼女の必死さといい、こうも強く拒否されると返って興味が 湧いてしまうのが人の常だ。

が、ここで仮に無理矢理開けてしまったらミリルとの関係(一日も経っていないのでそんなに不都合は無いのだが)が崩れてしまう。

そうすると、この世界の事を知る機会がいつになるか分からない。

人に聞けば良いのだが、この女はこの世界の「神様」とやらに喧嘩を売ろうって言うではないか。

本当に神様がいるのかどうかは知らないが、この女と一緒にいると退屈をしない気がする。


この女と数時間しかまだ一緒にいないが、性格は大体分かる。というか、分かりやすい。

自分勝手で強気。

確かに、見た目は人形のように綺麗で可愛いが、性格は、強気で自分勝手でかなり大雑把。喜怒哀楽が激しく、なんでも自分で決めてしまって他の人の言うことを聞かない。外見が内面を、内面が内面を、両面とも彼女のイメージを裏切っている。


それが彼女らしいと言えばそうなのだが、なんとギャップの大きい女なのだろうと思う。


「分かった。開けもしないし、触らない。約束する」

ミリルは、安堵した顔をして、握っている手を離した。

「良かった。向こうの部屋が空いているっていうか、私の物置小屋みたいになっているからその部屋は、自由に使って良いよ」

「無駄に部屋広いんだな」

「ボロいけどね」

そう言って、ミリルは、苦笑いを浮かべた。


俺は、クルリと体を半回転させて反対の扉に向かって歩き、ドアノブに手を掛ける。

扉は、ギギギギと嫌な音を立てながら開いていく。

そして、部屋の電気を付ける。

すると、そこには、恐ろしい光景が待っていた。


予想通り、というよりは、予想以上にその部屋は物置き小屋と化していた。

いや、寧ろ、ゴミステーションと言った方が相応しいだろう。

それくらい、そこの部屋には物が散乱していた。


おいおいおい、こりゃねぇよ。

歩く場所さえもねぇじゃんかよ。


俺の怒りバンテージは六十パーセントに上っていた。

「おい、ミリル。これじゃ、寝るどころか歩くことも出来ないぞ。片付けろ」

彼女は、舌を出し、拳を頭に当てて(いわゆる、てへペロというやつだ)、

「いや~、捨てるのが勿体無くって。掃除しよう掃除しようって思っちゃいるんだけど、多いから面倒くさいっていう方が強くって、結局捨てないんだよねー」

こいつ、面倒くさがり屋でもあるのか。


つくづく嫌な奴だと思う。

俺は、こいつに嵌められたんじゃないのか。騙されているんじゃないのかと思ってしまう。


「仕方がない。それじゃ、俺も手伝うから片付けよう」

「やったー!」

彼女は、両手を挙げて大喜びをしている。

自分が最初からやっておけば良いものを。


最初からこれが目的だったのだと気付いいた。

「全く、この女は」

彼女に聞こえないような小さな声でポツリと呟く。


やってみれば直ぐに終わった。

ダンボールの中には、この世界の様々な道具やら何やらが入っていたらしいが、俺にはさっぱりだった。

片付けが終わった。

ミリルは、重力に任せたまま、椅子に座ると、

「ふう。終わった~」

「お前は、命令しただけだろ!」

そう。

ダンボールやらゴミやらを片付けたのは殆ど俺だ。ミリルは、俺に命令をして突っ立っていただけだった。


ミリルは、チッチッチと人形のように小さい人差し指を振る。

「それは、違うね。葵くん。私は、女の子。葵くんは男の子。私は、力が弱いし体力も無いからこの部屋の物を全部運ぶのに半日は掛かっていたよ。でも、力持ちで体力もある葵くんがいてくれたから二時間で終わったんだよ」

「いやいや、ミリル運動神経良いじゃん。だって、ゾンビ達と戦っている時、バッタバッタゾンビを倒してたじゃん!」

「それは、この世界に来て間もない人に情けない所を見られたくなくて、少し本気を出しただけだし。あんなの葵くんも慣れたらあんな風に倒せるようになるって」


彼女は、そう言って猫みたいに思いっきりのびをする。

「さてと、これからゲームして、それからご飯を食べに行きますか」

「えっ?これから?」

壁に貼り付けている時計を見る。

「俺の目が節穴なのか?あの時計には十字を指していると思うんだが」

「それがどうしたのよ。こんなの普通でしょ?」

ミリルは、馬鹿にしたような顔で俺を見る。

「いや、今から食って帰って来てたら一時、二時くらいになるだろ」

彼女は、呆れたような顔をして、

「何を言ってんのよ。この時間に夕食を食べに行くくらい普通よ。私達は、生まれ変わったとは言っても、只の電子の集まり。集合体でしかないのよ。眠気や食欲、性欲とかいわゆる三大欲求なんて言われているものは、設定で幾らでも変更が効くわよ。


この世界は、基本ゲームなんだから。自分の思う通りにすれば良いの。この世界の人達にとって三代欲求なんて、生きる為に必要なものでは無くて、自分の為に必要なものなのよ」

「ということは、設定次第では飯もなし、睡眠もなし、制約も無しにする事が出来るってことなのか!?」

「そういうこと!」

ミリルは、そう言うと、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。

「だから、二十四時間この世界で自分の好きな事を好きなように出来るのよ。凄いでしょ」

「別にミリルが凄いわけじゃ無いけどな」

「まぁ、そうだけど」

ミリルは、拗ねる真似をして?を栗鼠のように膨らませる。


「だから」

ミリルは、目を輝かせて、

「これから学校に行くのよ。学校に」

「学校?」

彼女が何を言っているのか分からなかったので、思わず聞き返す。


「そうそう。学校」

「この世界の中にも学校なんてあるのか?」

「うん。とは言っても、この「スピリッツ・パラレルワールド」の中だけどね。行きたい?」

「そりゃあ、この世界のことまだまだ分からないから行きたいね」

「よし!それじゃ、決定だね!」

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