第7話 勝利祝い

葵は、気が付くとゾンビと戦う前に入った建物の目の前に建っていた。

「ふう~、終わった~!いや~、私達良い感じに戦えたと思うよ。うん」

ミリルは、伸びをしながら言った。

彼女は、嬉しそうににこにこしていた。


「そんじゃ、甘い物を食べに行きますか~」

「うん」

つい、彼女について行ってしまう。

まあ、他に行く当ても無いのだし、この世界の事もまだまだ分からないことばかりだし、もう少しだけ彼女に付き合って行くか。


町の様子は、相変わらず近未来的でもあり、少しファンタジックな雰囲気もある所だった。

腰に剣を携えている男。

斧や槍、銃を持っている人々。

正直、いつ殺されても可笑しくないと思う。

隣で歩いている銀髪の美少女に聞いてみる。

「なあ、ミリル。みんな武器を持ち歩いているけど、ここで殺人事件とか起きたら大変じゃないか?」

「その心配は無いわ。人が住んでいる所で武器を使っても死なないもの」

刺されても人が死なないだと。

「どういうことだ?」

ミリルは、教師よろしく一差し指を立てて説明を始めた。

「つまりね、人が住んでいる所で殺人や殺傷を行ってもその人は数分もすれば生き返るって事よ。寧ろ、殺人をした人が牢屋に送られて終わり。そういうシステムなの。自分の恨み、憎しみ、嫉みも晴らすことが出来ないまま牢屋の中に入れられるだけなの。だから、殺人をするのは本当に人を憎んでいる人や社会的効果を狙った人ぐらいかな」

「なるほど。それじゃ、この世界の人は死なないのか?死ぬという概念は存在するのか?」

俺が、そう言うと、ミリルは、顔を俯かせて、

「そうね。それが、存在しないのよ。自分が生きた年齢まで自身の体を変えることがこの世界では可能なの。そして、この世界の人口は増え続けている。でも、だからといってこの世界が人口に溢れかえってパンクする。なんてことは決してあり得ないのよ」


彼女曰く、この世界は仮想世界。

人によって創られた世界。

人工的世界。

よって、この世界に住みつつ、この世界を自分の手で創り上げる事も可能だという。

もっとも、許可証とそれなりの技術が必要なようだが。



『スピリッツ・パラレルワールド』に住む人口が増えれば、『スピリッツ・パラレルワールド』の世界そのものも拡張、膨張しなければいけないということだ。


町の大通りを抜けると、広い広場に出た。

ミリルの背中まである銀髪の髪は、太陽の光で一層輝いて見える。

彼女は、噴水の手前に浮いてある正四面体の結晶を指さして、

「ここはね、私達とは違う『メインワールド』に飛ぶ為の場所なの」

「メインワールド?なんだ?それは?」

「『メインワールド』っていうのは、簡単に言うと、私達が住む為の世界。さっき私達が行った『サブワールド』は、お金を稼いだり、遊びに行くための世界。まあ、この二つの

世界の区別は中々難しいんだけど」

ミリルは、足下にあった石ころを蹴りながら歩く。

「そこら辺の細かいところは実際に体験していくのが一番良いと思うよ」

彼女は、そうにっこりとはにかんで見せる。

「なるほどな」


まだまだ、俺はこの世界の事を全然知らないって訳だ。

まあ、まだこの世界に来て一日目だから当然っちゃ当然なんだけれど。


葵は、全身に力が沸いてくるのを感じた。

そう、これは、好奇心だ。

この世界の事をもっと知りたいと思う知的好奇心だ。

自分が死んでしまったという事実は確かにショックだ。

だが、それとは別に、自分の新しい生活が、新しい人生が始まるという事に胸を躍らせているのだ。


「それよりも」

ミリルの声は嬉しそうに弾んでいた。

「私は早く苺のパフェが食べたいよ。この広場に確かあるはずだったんだけど」

彼女は、周囲を見渡して、

「あ!あった!あそこだよ。葵君」

ミリルは、子供のようにはしゃいで、雰囲気の良さそうなお店を指さしていた。

「ほら!早く行こ!」

彼女は、葵の手を掴んで引っ張って行く。



葵は、彼女の赤ちゃんのように柔らかくて小さな手の感触を感じながらミリルに引っ張られていった。

見た目は普通の女の子なんだな、葵は彼女に手を引かれながらそう思った。

見た目はとても可愛くて、小さくて、儚くて、雪のように白い肌をしていて。

それこそ、雪のようようにすぐに消えてしまいそうな感じなのに、戦うと強くて、強気な女の子で、それこそ、誰にも負けないくらいに強くて、負けず嫌い。戦うと彼女の輝きは増すばかりで、躍るように美しく、華麗に、相手を倒していく様はまるで吸血鬼のようだった。それでも、そんな一風変わった彼女でも、普通の女の子みたいに甘い物が好きだったりもして。


店内は、レトロな雰囲気で良い雰囲気を醸し出していた。

ミリルは、カウンター席まで俺を連れて行った。

「メニュー、何にする?」

ミリルは、メニュー表を見せながら言った。

彼女は、目を輝かせて、

「私はやっぱり苺パフェかなぁ。私、甘い物が好きだから。葵は何にするの?」

ミリルは、チラリと俺の表情を窺う。

「そうだな。俺も抹茶が好きだから抹茶パフェか抹茶ラテかな。戦って体も動かした後だし冷たい物にするか」

「うん。分かった。マスター」

ミリルは、店のマスターを呼んで、苺パフェと抹茶パフェを注文した。

俺達は、注文したものが来るまで一言も話さずにぼんやりと時間を潰した。


「はい、苺パフェと抹茶パフェ」

ミリルと葵の注文したものが来た。

「来たよ~。やっぱり、一汗かいた後は苺パフェを食べないと終わんないよね~」

彼女は、頬を赤くしてゴクリと唾を飲み込む。

そして、水を持ち、俺に差し出すような仕草をしてにっこりと微笑む。


分からない。

何がしたいんだ?

この女は?


俺は、彼女に聞いてみる。

「何だよ?その手は?」

ミリルは、赤い頬を栗鼠のように膨らまして、

「ちょっと、なんで分かんないのよ。乾杯だよ。乾杯」


ほらほら、とミリルは、俺の手を掴んで水の入ったコップを持たせて、

「それじゃ、中ボスを倒した記念と葵君の初勝利を讃えて、かんぱ~い!」

「か、かんぱ~い」

それからのミリルのテンションは酔っ払いの中年親父のように高く、正直俺は彼女のノリについて行けなかった。


グラスとグラスが心地よい音を立てて響き合う。


ミリルは、グラスをラッパを吹くように口に付けて、ゴクリゴクリと透明な液体を体の中に入れていく。

そして、グラスの中にある液体がすっかり無くなると、

「ぷはぁー」

カウンターにグラスを持った手を振り下ろす。

「くぅ~!やっぱり運動をした後の水は美味いねぇ!生き返るよ!マスター、もう一杯!」

カウンター越しには、酒場のマスター、というよりは、いかにも喫茶店のマスターという感じの赤いネクタイをしたストレートで背の高い若い男の人が皿を洗っていた。


「ミリルちゃん、頑張っているねぇ。今日は何体倒したんだい?」

マスターは、皿洗いをする手を止めて、ミリルからグラスを受け取りながら言った。

「そうね、全体で三十二体くらいかな。いつもならもっと倒すんだけど、新入りを見つけたから」

「ほう、新入り?」

マスターは、眉を上げる。

ミリルは、俺の肩をバンバンと叩いて、

「そう!ここにいる如何にも気が弱そうな男の子!葵って言うんだ!」


おいおい、いきなり俺に話を振るのかよ。

人とコミュニケーションを取るのは得意じゃ無いんだよな。


「ほほう、葵くんか」

店長は、口をへの字にしてニヤニヤとした表情を浮かべる。

目を顔から体へと、じっとりとしたまで、何かを見定めるかのように視線を上から下へと動かすと、

「なんだか萌やしみたいな子だねぇ」

と口を大きく開けて笑った。


ほっとけ!

元々細いんだから仕方がないだろ!


一頻り笑うと、

「葵くんは、いつからこの世界にいるのかな?」

と聞いてきた。

別に取り立てて隠すことでもないと思ったので、この世界に来るまでの事と、この世界に来たことの二つのことを話した。


マスターは、とても聞き上手で、皿やグラスを洗ったり、ミリルから渡されたグラスに水を注いだりしながら、「ああ、なるほど」、「うんうん」と時々相槌を打ちながら俺の話を聴いてくれた。

なので、俺はマスターに自分がこの世界に来るまでの事を滝のように話してしまった。


「なるほどねぇ、それは災難だったねぇ」

一通り話終えると、マスターは、コーヒー豆をゴリゴリと砕きながら言った。

「まあ、幸せに死んだ人なんて殆どいないからねぇ。老人が、病気で自分の人生を受け止めながら死んで逝けたら良いけれど、事故で死んだ人なんかはそんな事全く出来ないからねぇ。でも、それも一つの物語だと僕は思うんだよ」

それまで回していたグラスを止めてマスターと顔を合わせる。


「物語?」

マスターはコクリと頷いて、

「そう。物語。僕はね、葵くん。人生は一つの物語だと思うんだよ。でも、その物語は、偶然と必然が混ざり合った糸のようなもので出来ているんだ」

ポツンと言葉の雫が落ちて俺の心の中に波紋が広がっていくのを感じた。


彼は、話を続ける。

「勿論、その物語は、自分で紡いでいくものなんだけど、一人の力で作る事は絶対に出来ない。他人と一緒にお互いの物語を、偶然と必然の狭間を行き来しながらゆっくりと作っていくんだ。その物語が短編で終わる事もあれば、中編で終わることもある。もしかしたら、長編まで続くかもしれない。でも、人の人生に続きなんて無いんだよ。全部一巻で終わってしまう。ハッピーエンドで終わることもあれば、バッドエンドで終わることもある。でも、その人の人生がどのような形で終わるとしても僕は、その人の人生を尊重したいと思う」

彼の言葉は、俺の心の中に悶々と、波紋のように広がって反響していった。

まるで、心の中核をナイフで抉られた様な気分だ。


俺は、声を震わせながら、

「それは、その人の人生がどんなに残酷で、惨めで、見るに堪えないものだったとしてもですか?」

マスターは、力強く、ゆっくりと頷いた。

「そうだ。何故なら、それがその人の人生だからだ。例え、人智の道から外れていたとしてもそれがその人の人生なら、その人の生き道なら、生き様なら僕はその人を尊敬するよ」

その時のマスターの顔は、太陽のように明るかった。


何故、この人はここまで人を信じる事が出来るのだろう?

何故、この人はここまで人という生き物に対して尊重する事が出来るのだろう?


葵には、理解ができなかった。

「何故、マスターはそこまで人を信じることが出来るんですか?」

「違うよ。僕は、人を信じているわけじゃ無い。只、哀れんでいるだけだよ。同情しているだけなんだ。そういう人生もあったんだなと確かめているだけだよ」

そう言って、ミリルに新しい水を出す。


「マスターは」

葵がそう言いかけた時、ミリルが遮った。

「はいはい。その話はこれで終わり!葵くん、この世界に来てから初の戦闘体験、初勝利を収めたわけなんだからもっと明るく行こうよ!もっと明るく!」

ミリルは、そう言うと、グラスに入った水を飲み干して、

「マスター、お代わり!次は、ジンジャーエールで。あ、あと、葵くんにも」


表情を硬くしていたマスターは、ふっと笑顔を作って、

「ジンジャーエール二つだね」

彼は、そう言って奥にある部屋に行ってしまった。


「葵くん、人には聞いて欲しいことと聞いてほしくないことがあるから。今のはマスターにとっては聞いてほしくない事だからさ」

暗い顔だが、幾らか真剣な顔でミリルは言った。

「それなら無理には聞かないけれど」

「それよりさ、この後どこに行く?ラーメン?焼肉?それとも、お好み焼き?」

「ちょっと待て、ミリル。何で食べ物ばかりなんだ?他にもやる事は沢山あるだろう?」


彼女は、「はぁ?何言ってんの?食べる事以外にやる事ある?」と言いたげに怪訝そうな顔で俺を見る。

「あんた、分かってんの?私はあんたとパーティーを組むのよ。その記念とあんたの初勝利記念のためだよ。こんなにめでたい日は無いよ。さあさあ、今日は朝まで飲もう!食おう!」

頭の中が混乱して、彼女が何を言っているのか分からなくなってきた。

滝のように流れる彼女の言葉を手で制して止める。

「ちょっと待てミリル。俺の初勝利を祝ってくれるのは非常に嬉しいんだが、パーティーとはなんだ?いつ俺がお前とそのパーティーを組むと言った?」

彼女は、ダハハと大声で笑って、

「こうやって、一緒に戦って飯を食っているじゃん!そりゃもうパーティーになったも同然だよ!葵君は今日から私と一緒に暮らすんだよ~」

「はぁ!?いいい一緒に暮らすだ~!?」


そんな話俺は全然聞いていないし、勝手に決めないで欲しいのだが、彼女は一緒に暮らすと言って聞かない。


これからはこいつと一緒に暮らすのかと思うと、憂鬱な気分になる。

何故って、俺は、自分勝手な奴と人を振り回す奴が嫌いだからだ。

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