副作用

nobuotto

第1話

 事業に失敗した岩佐は死さえ覚悟していた。

 そんな人間の前に現れるのが魔女である。

 魔女は全てを帳消しにしてあげる代わりに岩佐の影が欲しいと言った。

「いいですよ、影なんて。人生をやり直すだけの金をくれればね」

「勿論よ。それから影がなくなった場合の副作用だけど」

「面倒な話はいいから金、金、金」

「あらま、せっかちなこと。お金は振り込んでおくから。それからアフターケアーが三回つくから、なにか困ったらこのマッチを燃やしてね」

 魔女は3本のマッチを岩佐に渡した。

 振り込まれた多額の資金を引き出したとたんに彼の影はなくなった。

 借金を返した岩佐が起こしたベンチャー企業は大成功を収め「地獄から蘇った青年実業家」として有名人の仲間入りを果たした。

 人生の暗い影も消え自分は光だけに包まれていると岩佐は感じていた。

 ある日のこと秘書兼愛人の良子が心配そうに言った。

「最近、あなた影薄くなってる気がするの」

「薄いも何も、もう魔女に売って俺には影なんぞないと言ってるだろ」

「そうじゃなくて、あなた自体の存在が薄くなってきたような、そんな感じ」

 言われてみれば確かに自分は段々薄くなってきた。急速に生え際が後退している。若禿であれば仕方ない。しかし、他の末端部分も薄くなってきた。まず指先が見えなくなってきた。物は掴めるが、指先が無いので掴んだものが宙に浮いているように見える。しょうがないので手袋をするようになった。次はつま先。これも靴下を履いていれば、支障はない。しかし流石に自分の一物が消え始めたので岩佐も焦り始めた。良子も一番心配している場所である。

 岩佐はマッチを燃やした。魔女が現れた。自分の身に起こったことを話すと魔女が面倒くさそうに答えた。

「だからあ、副作用ですよ。副作用」

「体の先端が消えるなんて聞いてませんよ」

「あなたが聞かないから言ってないの。じゃあ一回目のアフターケアーするわね」

 身体も元に戻って、男は益々仕事にも恋愛にも集中した。

 しばらくして、岩佐は妙に汗っかきになってきたことに気づいた。

 周囲の人間は涼しい顔をしているのに、自分だけがびっしょり汗をかいている。体温を測ってみると四十度を越えていた。病院に行っても高熱であるがどこも悪くないと言う。

 これもあの副作用に違いない。マッチを燃やして魔女を呼んだ。

「そう副作用。影って熱を放出する機能があるの。けど影がないから熱が溜まるわけ。将来?さあ、熱で溶けちゃうかもね」

「なんでもいいから助けてくれ」

「その代わりあなた以外の人の影をもらうわよ」

 他人の事はどうでもよかった。自分のことしか考えてなかった。

 身体も元に戻って、充実した成功者の日々をまた楽しむ毎日が続いた。あれから何も起こってはいないが、魔女が言っていた岩佐以外の人の影をもらうという意味がだんだん分かってきた。

 最初は良子が溶けて消えた。良子のように熱で溶けていく人、または熱が溜まって爆発する人が次々と現れ世界は大混乱に陥った。

 自分には被害がないが、このままでは人類は滅亡し、自分一人だけの世界になってしまう。

 岩佐は最後のマッチを燃やした。

 現れた魔女に世界を救ってくれと岩佐は頼んだ。

「あなたのアフターケアーはこれで終わりにね。あなたはそれでいいのね」

 岩佐は深く頷いた。気がつくと、魔女に出会う前の借金まみれの自分にもどっていた。

「これでいい。これでいいんだ」

 自分から撒いた災いであっても、世界を救ったという高揚感が身体を満たしていた。

 借金を返すために岩佐はひたすら働き、次のビジネスの資金も貯まった。10年近くかかったが、これからが人生第二ステージである。そしてまた良子と出会った。時間が繰り返されても良子とは出会う運命のようである。

 良子も死のうと思ったくらいの苦労をしたらしいが、今では世間でも有名な経営アドバイザーになっていた。良子と生きていくことを岩佐は決めた。

 幸せな日々のなかでまた身体が熱くなってきた。

 昔を思い出した。どうしたらいいかわからなくなった岩佐は全てを良子に話した。その話をじっと聞いていた良子が言う。

「ふーん。結局人のためになんか考えたら損するだけなのね。私決心がついたわ」

「良子、お前も」

 良子に伸ばす岩佐の手は、指先からどんどん溶けていった

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