第21話 「8時間40分後」
東に300㍍歩いて森から100㍍の距離まで近付くと、俺の気配察知とは別のセンサーにビシビシと反応が有った。
視線だ。
本物の自然から乖離した文明の中で生活していても、人間は意外と視線に敏感だ。
この身体は更に性能が良いみたいで、視線に篭った意味まで分かってしまった。
恐怖を感じている視線が多いようだ。
もしかしなくとも、猫もどきはかなりヤバいヤツなのかも知れない。
黒ポメ人も俺を見た瞬間に逃げ出した。
確かに遠距離火力も有り、近接戦闘もこなせる種族を俺は噂でも聞いた事が無い。
これで体格まで立派なら確実にクマもどきを上回る種族なんだろうが、実際は小学3年生並みの体格だ。
最強では無いが、少なくとも強力な種族で転生出来ただけでも、不幸中の幸いだと思う事にしよう。
恐怖以外にも、獲物に対する視線も感じるが、これはどうも俺では無く、同行している5人に対するものを拾い上げている気がする。
その視線を浴びている5人も敏感に感じ取っているのか、かなりナーバスになっている。
さっきから頻繁に森に視線を送っている。
声を出せば、襲われてしまうとばかりに無言だ。
5人の神経がもたないと判断した俺は早めに南下する事にした。
南下してから2分も経たずに、小川に行き当たった。
ここら辺りは傾斜が有る為に流れが速く、川幅も狭い。岩も多く、なんとなく山の中を流れる川の様な印象を受ける。
俺よりも夜目が利かない5人に足場を教えながらしばらく下ると、2人の『被災者』の気配を感じた。
だが、気配はそれだけでは無かった。
トリケラハムスターとは異なる、野生の種族の気配としか言い様が無い気配だ。
「止まって下さい」
足を止めて、かろうじて5人に聞こえるくらいの小さな声と、両手を大きく広げる事でみんなの動きを止める。
「そのままゆっくりとしゃがんで下さい」
ヤバい・・・
身体の奥から期待感が込み上げてくる。
『狩り』が出来る・・・・・
愉悦が顔に浮かぶ・・・・・
地球の猫は「薄明薄暮性」動物だ。夕方と明け方が最も活発に活動する時間帯だ。
それに対して、この身体は「夜行性」らしい。
そう言えば、みんなとは違って、夜目がかなり利いているし、間違っていないだろう。
まあ、昼間にも動けるから、問題無いと思う事にしよう。
ああ、ヤバい・・・・・
今、俺の顔を見られたらヤバいな。
だが、まだ理性は健在だ。
「2人居ますが、狙われています。排除して来るので、ここで待っていて下さい。何か有れば大声を上げて下さい」
それだけ言うと、靴を一息で脱ぐ。多分、このまま履いていると破ける。
脱ぎ終わったら重心を落とす。
一瞬後には一気に前方に加速していた。
全力を出そうと思っているのに、反応は3割に満たないと本能が教えてくれる。
まだまだ栄養が全身に行き渡っていないのだろう。
だが、それでも人間とは比較にならない身のこなしだ。
靴を脱いで正解だ。
おかげで地面を捉え易くなったし、足音も抑えられている。
服が邪魔だな。
動きが思ったよりも阻害される。まあ、身体が衣服に馴染んでいないのだろう。
そんな事を思っていると、蛇行している川のカーブを曲がり終えて、俺の視界にヤツらの姿が飛び込んで来た。5頭が向こう向きに2㍍間隔でV字を描く様に身構えていた。飛び掛かる寸前の様だ。
一見、犬か狼の様だが、後ろ足が異常に発達している。瞬発力は有りそうだ。
射線を考えるとレーザーやブレスは使わない方がいいか・・・・・
野生の種族まで10㍍を切った。
猛スピードで接近して来る第3者にやっと気付いたのか、ヤツラの注意がこちらに向かったのを感じる。
遅い。
勢いを殺さずに低く抑えた跳躍をした。
ヤツラはこっちに向き直ろうとして、却って隙だらけになっている。
V字真ん中のヤツの真横に右足で着地するが勢いは殺さない。ブレーキは次の1歩だ。
脇を通り過ぎながら、見えない爪を使って首を掻っ切る。
鳴き声も上げずに一瞬硬直した後に力が抜けて崩れ落ち始めた。
崩れ落ちた時には、俺は2人の『被災者』の手前に身体を180度捻って着地していた。
後ろから悲鳴が上がったが、まずはヤツらの動きを封じる方が先決だ。
この身体の種族が活発に動く夜になった事と、『狩り』が出来る喜びで本能が本格的に目覚めたのだろう。
今の自分の状態が分かる。
身体の隅々にエネルギーが行き渡っている状態では無いので、全力は出せない。
それでも目の前の狼もどきが数頭くらい集まったところで俺には勝てない。
それは相手も分かっている。
4頭とも、目に怯えが出ているしな。
だが、ここで逃がす事はしない。
下手に逃がすと、廻り回って後ろの2人に危険が及ぶかもしれないし、置き去りにして来た5人を危険な目に遭わせるかもしれない。
確実にここで仕留める。
身体の重心を落としながら右側の2頭に向かって身体を動かす。警戒していた2頭が反応して後ろに跳んだ。
その瞬間に右足を踏み込んで強引にベクトルを左側の2頭に変えて跳躍した。これで後ろに跳躍した右側の2頭は俺の後ろに居る2人にすぐに向かう事は無理だ。
虚を突かれた左側の2頭の反応が遅れた。これだけ後手に回れば後ろに下がっても俺の方が速い。
横に跳ぼうにも狼もどきの機動力は左右に動く分にはさほどでは無い。コイツらの機動力は前後に特化している。
左側のヤツがほとんど自棄(やけ)の様に牙を剥き出しにして俺に噛み付こうとした。
狼もどきの最大の武器は、人間の大人の手の親指くらいは有る鋭い牙だ。あごの筋肉も強力で、人間の腕位なら容易く噛み切ってしまう。
ギリギリの位置でブレーキを掛けて、タイミングをずらすと目の前で顎がバクンと閉じられた。
目が合うが、浮かんで見えるのは絶望感だろう。
同時に右側のヤツが停まった俺に対して噛み付いて来る。下から跳び上がって来る様にして口を開いている。狙いは俺の右腕だ。ちょうどいい高さだし、捉えられればこっちの機動力を削ぐ事が出来る。ダメでも体当たりをしてこっちの体勢を崩せる。そうなれば圧し掛かって動きを止める事も可能だ。
だが、狼もどきが口を閉じたのは自分の意志では無かった。下から突き上げられた俺の右拳によって強制的に閉じさせられたのだ。
そして、そのまま顔が上に跳ね上げられた。
インパクト時より更に速度を上げて右手を振り抜く。下から顔に加えられた運動エネルギーは、狼もどきの脛骨に限界以上の負荷を掛けた。バキンという音と共に不自然に首から先が仰け反った。
一瞬後と言っても良いくらいの短時間で最初の狼もどきがもう一度噛み付いて来たが、その時には俺の身体は50㌢後方に下がっていた。
俺の前で狼もどきが口を閉じた。右斜め前に踏み込んで、その勢いを腰を使って右拳に乗せて、やや撃ち降ろしの形で首を撃ち抜くと、あっさりと脛骨が砕けた。
最初に後方に跳んだ右側の2頭が着地と同時に身体を捻ろうとしていたが、その時には俺の身体はもう1歩めを踏み出していた。
2歩目の右足が地面を離れる頃には俺の方が加速で上回った。
3歩目で1頭に追い付いて右肘を首筋に落す。衝撃で狼もどきは地面に叩き付けられたがその時にはもう絶命していた。踏み出した4歩目の右足がそのまま最後の狼もどきの首を折るまでに要した時間は最初の狼もどきを殺してから5秒も掛かってないだろう。
一応、これは秒殺と言う事で良いのかな?
だが、実はここからが難しい。
なにせ、同級生らしいとはいえ、あっという間に狼もどき5頭を倒した光景を見ているのだ。
後ろで怯えている2人にとって、助かったと言うよりは、もっと恐ろしい化け物が現れた様なものだろう。
ここは先生の出番だろう。
そう判断した俺は出来るだけ優しい声で「待っていてね。先生を呼んで来るから」と言って、ダッシュで先生たち5人の許に向かった。
6人で戻った時には、2人は抱き合って泣いていた。
俺を見る目に混じる感情にちょっと傷付くが、これは諦めるしかない・・・
出来るだけ血を見せたくなくて、首を折る様にしたんだが、それでも刺激が強過ぎたのだろう。
もっとも、後で楓が2人に訊き出してくれた話によると、最初の狼もどきを仕留めた直後に見えた俺が楽しそうな笑顔を浮かべていたのが怖さを倍増した様だ。
うん、本能に引きずられるのは仕方ないとしても、これからは気を付けるようにしよう・・・
こうして有田琴音(ありたことね)ちゃんと遠藤蒼真(えんどうそうま)君が合流した。
明日の朝から念の為に平原に『被災者』が居ないかもう一度探すが、発見出来なければ子供12人と大人10人が森の中に出現した事になる。
少しでも、多くの『被災者』に生き残っていて欲しいが、正直なところ、かなり厳しい現実を突き付けられるだろう。
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