第22話 「9時間10分後」
殺した5頭の狼もどきを森の近くまで移動させて、水質汚染防止と死骸処理を森に潜む野生種族たちに丸投げしてから俺たちは移動を開始した。
「お父ちゃん! 良かったぁ。遅かったから心配していたんだから!」
俺たち8人が、みんなが待っている拠点まであと少しという所まで来たら、
楓の左右には
うん、こうやって真正面から3人が並んでいると、サイズの違いが
楓と水木の身長は130㌢を少し超えた位だ。
それに対して沙倶羅ちゃんは2人と同じくらいまで頭を下げているが、それでも巨体な為に正面から見える面積が全く違う。
「悪い、悪い。そのか・・」
後の言葉は続けられなかった。
楓と水木が2人掛かりで飛び付いて来たからだ。
「ゆあちゃんのお父さん、先生たちが帰って来ました!」
沙倶羅ちゃんが首を後ろに回して、俺たちの帰還を黒田氏に教えてくれた。
結構、ドラゴンもどきの首って、後ろに向くんだな。
その動きがなんというか、生物的というか、生々しいというか、意味も無く本物っぽく?感じる。
改めて、自分達が人間とは異なる生物に転生した現実を実感した。
沙倶羅ちゃんの声に黒田氏だけでなく、全員が寄って来た。
そして、どちらともなくお互いが駆け寄った。
笹本晴美さんが、抱き付いて来た茶色い小柄のポメラニアンを抱き締めていた。
2人はお互いに声を押し殺して泣いている。ポツリポツリと何か声を掛け合っているが、わざと意識をずらして内容は聞かない。
人目を憚(はばか)ることなく、抱き合って互いの無事を喜ぶほどに過酷な経験をしたんだ。
そっとして上げる事は当然だ。
「宮井さん、ご苦労様。それで・・・」
黒田氏がそっと声を掛けて来た。
鷹顔なので表情から内心は分かり難いが、全てを言わないのは周りの空気を憚っているからだろう。
「現状で分かる範囲ではこれで全員だ」
「そうか・・・ お肉がそろそろ焼き上がる頃だ。みんなで食べよう」
「そうだな。腹が減ったし、『召喚』後は何も食べていない子も居るから、早速晩飯にしよう」
晩飯は賑やかなものになった。
なんせ、焼いたトリケラハムスターのお肉には落ち込んだ精神にも訴える力が有る。
とはいえ、『召喚』という災害に巻き込まれた事実と、まだ発見されていない『被災者』が最悪の場合22人も居る事から浮かれているだけでも無い。
時々だが、空気が沈む瞬間が有るのは仕方が無いだろう。
そんな時に、場の空気がそれ以上沈まない様に気を配ってくれたのは山本邦夫氏だった。
大村楓太君の母親が亡くなった時もそうだったが、気配りが出来る人だ。
その山本氏が食事が終わってしばらくすると立ち上がって、手をパンパンと叩いて、みんなの注意を引いた。
「えー、注目して下さい。今から、ある道具を配ります。各自受け取ったら、寝る前に歯磨きをして下さい」
一瞬、『何を言っているんだろう?』と思ったのは事実だ。
ハミガキ?
思わず山本氏の顔をまじまじと見てしまった。
山本氏のお子さんの陽太(ひなた)君がみんなに配り始めた。
貰った歯ブラシは、20㌢くらいの木の小枝だった。
形はL字だ。
一方の端が直角に曲がっていて、1㌢くらいの短い部分を石か何かで叩いてブラシ状にしてあった。
もう一方は鋭く削ってある。
「異世界に来てまで歯磨きかよ? という気もするでしょうが、ここには歯医者さんは居ません。虫歯になったり歯が抜けたりすれば食べるのに苦労します。下手すれば食事を出来なくなるかもしれません。それを予防する為にも歯磨きをしましょう」
凄いな、山本氏・・・・・
そこまで考えていなかった。
そうだよな、自分たちの健康は自分達で守るしかないんだ。
「もし、新しい歯ブラシが必要なら言って下さい。この川の上流に、今お配りした歯ブラシに加工出来る枝になっている低木が茂っている場所を見付けましたので、いくらでも作れます。どうか遠慮せずに言って下さい」
次に黒田氏が立ち上がった。
「寝る場所はここから2分ほど歩いたところに用意しています。ただし、時間と材料が無くてテントは子供用しか出来ていません。保護者の方は星空テントで我慢して下さい」
黒田氏もやるな。
俺は草を集めて寝易くするくらいしか期待していなかったのに、テントまで作るとは。
歯ブラシは意外とあっさりと慣れた。さっぱり感が足りないので歯磨き粉が欲しい所だが、贅沢は言っていられない。
それに、こういった日常的な習慣をする事は、意外と精神の安定に寄与する気がする。
テントは、高さ80㌢ほどの流木の根っこを3㍍ほど離して4つ配置して、それらをやや真っ直ぐな流木6本を渡した後に枝を被せただけのものだった。
それらを2つ作っていた。いくら子どもと言ってもかなりギュウギュウだったが、何も覆っていない露天で寝るよりも精神的に負担が違うだろう。
まあ、初夏に近い気候だからこれで済んでいるとも言えるが。
ただ、沙倶羅ちゃんだけはサイズ的に無理だったので外で寝る事になった。
実は彼女はこのテント作りをかなり手伝ったそうだ。
可哀想なので、彼女のたっての願いで寝るまで頭を撫でて上げた。疲れていたのか、1分も掛からずに寝息を立て始めた。
彼女の名誉の為に言っておくが、寝息はそれほど大きくなかったとだけ言っておく。
子供たちが寝た後は、大人たちの話し合いの時間だ。
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