第19話 「8時間10分後」


 声は予想に反して、後ろから聞えた。

 危ない所だった。

 きっと気配察知に引っ掛からないギリギリを通り過ぎていたのだろう。

 最初に聞こえた知らない声に続いて、聞き慣れた声が続いた。

 

「その声は楓ちゃんと水木ちゃんのお父さんですか?」

「ええ、そうです。今、そっちに行きます」


 そう答えた後で、もう1カ所から聞えた声にも返事をしておく。


「そっちには何人居る?」

「ぼくひとりです」

「もし怪我をしていないなら、もうしばらく待っていて欲しい。大丈夫か?」

「あ、はい。だいじょうぶです」


 俺は声の様子から問題は無さそうだと判断した。

 ただ、子供の様なので早く行って上げる必要も有る。

 ふと、思い付いて言葉を掛けた。


「1人で頑張ったんだな。偉かったな」


 押し殺した泣き声が聞こえたので敢えてそれ以上は声を掛けずに、スマホの電源を切った後で佐藤先生の声が聞こえた方向に向かった。

 どうして見落としたのかを早足で向かいながら考えたが、答えが出る前に辿り着いてしまった。

 そこは3㍍四方の窪地だった。イメージとしてはゴルフ場のバンカーというのが1番近いだろう。

 きっと、トリケラハムスターの巣穴が陥没して出来た窪地が何かの作用で大きくなったのだろう。

 確かに身を隠すにはちょうど良いが、これでは俺の視界に入らなかった訳だ。

 佐藤先生の他に、3人の母親らしきポメラニアンもどきがその窪地に嵌まりこむようにして居た。

 白1人、茶2人だ。


「お待たせしました。先生も無事で安心しました」

「済みません、ご心配を掛けてしまって」


 人間って、慣れる生き物なんだな。鷹の顔なのに、先生がしょんぼりしているのが分かった。

  

「いえ、先生が無事だったら、それに越した事は有りません。どうせ、ギリギリまで飛ぼうとして力尽きたんでしょ?」

「お恥ずかしい・・・」


 鷹の顔でも、顔の傾げ具合やまぶたの閉じ加減、口元の表情で恥ずかしいという表情が出来るのだな。

 俺は先生と一緒に居た3人のポメラニアンもどきに向き直った。

 あ、忘れてた。

 思い出したきっかけは、3人の視線が俺が持っている焼いた肉が刺さった3本の枝に釘づけだったからだ。


「取敢えず、少しですが食料をお持ちしました。ただし、もう1人連れて来るので、それまでお持ち下さい」


 俺はそう言って、3本の枝を先生に渡した。


 声が聞こえた子供の所に向かったが、気配を捉えられる場所まで来ても姿が見えなかった。

 10㍍の位置まで近付いて初めて姿が見えた。

 1人だけで居た子供もさっきと同じ様な窪みに潜んでいた。

 ただし、上半身は白い毛並みが見える。まあ簡単に言うと裸だ。下は半ズボンを穿いているがパンパンだ。

 孝志君と同じく、転生時に大きくなり過ぎたのかも知れない。


「お待たせ。もしかして、上は脱いじゃったのかな?」

「はい。きつくてぬいだんですけど、おおきなはむすたーにおいかけられて、にげたらなくなっちゃって・・・」


 なるほど、俺がエアーズロックもどきで見たのはその脱いだ上着かシャツなのだろう。

 当然だが、後で回収しておく。日本の物資はどの様な物であろうと貴重だからだ。

 それと、トリケラハムスターに変な性癖が有る疑惑が出て来た。

 まさかな・・・・・      変態なのか?    もしかしてショタコンなのか?


「オジサンは宮井楓と水木の父親の隼人だ。名前は?」

「ぼくは、村井新です。あらたは、あたらしいとかきます。母をしりませんか?」


 なかなかしっかりとした男の子だ。

 少なくても楓よりは大人の対応をしている。

 ちょっと保護者として凹むな・・・


「未だ全員を見付けた訳では無いので分からないな。それよりも、歩けるか? 少し行った所に先生が居るから、そこまで行こう」


 一瞬だが、表情が変わった。

 泣いた後だから、少し目が赤い。

 先生が生きていた事は希望となるが、下手に希望を持たせた後で違っていたら精神的に追い討ちになるから、敢えて3人の母親が居るとは言わない。

 道すがら確認すると、俺には明るい夜空も、彼にはそれほど明るく感じないそうだった。

 もしかすると猫もどきの夜目が異常なだけなのかも知れない。


 4人が潜んでいる窪地に着いた途端に、白いポメラニアンもどきが飛び出して来て、新(あらた)君に抱き付いた。

 それを残りの3人が温かい目で見ていた。

 俺が目を向けると、先生が教えてくれた。


「こちらのお二方ふたかたのお子さんはもう保護済みです。吉田美羽ちゃんと笹本小春ちゃんです。あ、小春ちゃんはもう拠点に連れて行ってくれましたよね?」

「ええ、送り届けて、今頃は一息ついている筈です。あ、お肉を食べて下さい。3本しかないので、新君に1本食べて貰って、残りは大人で分けて下さい」


 半分と言っても、1本の枝にフランクフルト2本分くらいの肉が刺さっているから、それなりに食い応えは有る。

 本当を言えば、もう一カ所目星を付けているポイント用に置いておきたいところだが、拠点に近付く方向なので、ここで食べ切っても良いだろう。


 5人はあっと言う間に食べ終わった。


 面白かったのは、食べたお肉が余りにも美味しかったのか、何のお肉かと先生に真剣に訊いていたシーンだ。

 佐藤先生は正直に答えて良いものか悩んだ挙句、バシバシと目をしばたいていた。

 うん、狼狽する先生は可愛かったと正直に言おう。

 鷹の頭なんだけど・・・・・



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