第18話 「8時間05分後」


 大気の組成が地球と違うのか、この惑星の恒星の残照は急速に無くなり、あっという間に夜になった。

 そして、夜空にはミルキーウェイどころでない満天の星が煌めきだした。

 まるで夢の世界の様だ。

 こんな時でなければ、寝っ転がって天体観測をしたいくらいだ。

 確か太陽系に一番近い恒星で4光年くらいの距離だった記憶が有る。地球に似た惑星が発見されたというニュースを知った時にそれくらいの距離だと紹介されていたからだ。

 この星空を例えるなら、そんな近距離に数えきれないほどの色とりどりの恒星をぶちまけた、と言う感じだ。

 もしくは、明けの明星とも呼ばれてる金星が、いろんな色を付けられて夜空一面に散りばめられた、と言う方が近いか?

 

 賑やか過ぎると言って良い星空のせいで、意外と地表も明るい。この猫もどきの夜目も利いているのだろうが、地球の満月の夜よりも明るい位だ。

 そりゃあ、この猫もどきの身体が、夜を恐れない筈だ。

 そして、ふと1つの可能性に辿り着いた。

 昼でも暗そうな森の中だ。いくら夜空が明るいとしても、森の中には星空の灯りは届かないだろう。

 猫もどきは、本来は森の中に居る種族では無いのだろうか?

 気配察知の能力が有れば、森の中の生存競争に勝てるのではないだろうか?

 まあ、それにしては、レーザーやらブレスやら、物騒な遠距離火力を持っているのが意味不明になるが・・・


 そんな訳で、満天の星空のもと、夜とは思えない速度で、俺は今、平原を走っている。

 体感では時速25㌔を超えている。速度を上げようと思えばまだ上げられるが、無理をして足を挫けば、機動力と言う武器を自ら手放す事になる。安全策で速度を落としているに過ぎない。

 まあ、正直な感想を言えば、そんな軟(やわ)な身体では無いと思う。

 普通に走っているが、地面には足首まで埋まる草が生えているんだ。

 人間の身体のままでは走り難くて速度を上げるどころでは無いだろう。


 平原を走り出してしばらくして気付いた事が有る。それも速度を抑えて慎重に走っている理由だ。

 思ったよりもトリケラハムスターたちが大人しいのだ。

 巣穴に閉じ籠っている様だ。

 もしかすれば、未知の夜行性の肉食獣が居るのかも知れない。


 走りながら、効率良く、見落とし無しで捜索する方法も考える。

 エアーズロックもどきの上から、『被災者』が居そうな場所を発見出来たのは想定外のラッキーと言えるが、動いていたり、人影を視認出来たという訳でも無い。

 もしかすれば角度の問題で死角になっている『被災者』が居るかも知れない。

 未知の肉食獣を招き寄せる可能性も有るが、呼び掛けた方が良いかも知れない。気配察知と併用すれば、取りこぼしは減るだろう。

 ならば、俺の居場所も知らせる方が良いかも知れない。

 ああ、いっその事、光を使うか・・・

  

 最初の目的地とは別の、途中で変更した目的地には1分と少しで到着した。ここは周りよりも少しだけ高くなっている。

 ぐるりと360度を見渡して狙った場所に辿り着いた事を確認して、ズボンのポケットからスマホを取り出した。一緒に放り込んでいた小銭入れが膨らみ過ぎていて取り出しにくかったのはご愛嬌だ。

 電源ボタンを長押しして、立ち上げる。

 『召喚』されて出現した場所から『被災者』捜索に出発する時に気付いて電源を切って以来だから、まだバッテリー残量は十分に残ってる筈だ。

 救助された大人たちの携帯電話やスマホも、俺がアドバイスして電源を落としている。


 意外と知られていないが、携帯電話であろうとスマホであろうと、移動通信端末は常に基地局(アンテナ局)と通信を確立しておこうとする。でなければ、通信や通話が即時に繋がらないからだ。

 さて、この世界に基地局が在るのか?

 当然だが、無い。在る訳無い。

 携帯電話やスマホはその様な環境下で、どの様な行為に出るかをご存じだろうか?

 泣き叫ぶのだ。ひたすら、誰かが、そう基地局が応えてくれるまで、大声で泣き叫ぶのだ。

 当然だが、誰も応えてくれない。

 全力で泣き叫び続けた結果、訪れるのはあっという間の電池切れだ。

 それを防ぐ手段は、念の為に「飛行機モード」にしてから電源を切るのが確実な手だ。

 今日の所はそこまで余裕は無いが、明日になれば全員の携帯電話とスマホでみんなの集合写真を1枚づつ撮ろうと思っている。

 誰かが『返還』された時に、日本に居る家族の手に写真が渡る事を祈って、撮るのだ。


 スマホが立ち上がったので、バッテリー残量を確認する。

 87%だった。こんなものだった筈だ。

 ロックを解除して、画面の下からスワイプしてコントロールパネルを表示させる。

 頭の上までスマホを持ち上げる前に、そこにあるアイコンに触れる寸前まで指を近付ける。

 

 

 少しだけ息を吸い込んで、俺は叫んだ。


「今からライトを点けます。明かりが見えたら、見えると答えて下さい。見えなければ、見えないと答えて下さい。行きます。3、2、1、今!」


 懐中電灯を模したアイコンに触れた途端に、メインカメラ横に在るLEDフラッシュが眩(まばゆ)い光を放ちだした。

 ゆっくりと360度回った。

 気配察知で探すよりも効率良く探す苦肉の策だ。

 このライトは割と強力で、この世界ではかなり遠くからでも見えるだろう。

 結果は、すぐに出た。


 2カ所から呼び掛ける声が聞こえたのだ。


 2カ所から聞えた答えは、共に『見えた!』だった。 

  

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