第17話 「7時間25分後」


「このお肉、おいしい!」

「ほんとだ! おなかぺっこぺっこだったから、良かったぁ」

「でも、なんの肉だろ?」

「うーん、おいしいから、きっとこーべぎゅーってお肉だよ」

「あ、それ、知ってる! 高いんだよね。ママがいつか食べたいって言ってた」

「これがこーべぎゅーかぁ。おれ、はじめて食べた」


 スマン、それ、神戸牛どころか、巨大ハムスターみたいな奴のお肉だ。

 まあ、美味しいお肉ということは間違い無い。生もそこそこ行けるしな。

 少なくとも、焼いた肉は俺が有名な専門店で食べたA5のステーキよりも美味しかったし。


 そういえば、空腹具合がそろそろヤバいな・・・

 トリケラハムスターや黒ポメ人に備えて、警戒してくれている娘たちや沙倶羅ちゃんもそろそろお腹がすいて来ているだろな。

 晩ご飯は優先的に回してもらおう。3人はそれだけの働きはしている。

 それ位の優遇を勝ち取る事は、連れ回している俺の責務だろう。


 合流出来た3人の名前は、高橋歩たかはしあゆむ君、笹本小春ささもとこはるちゃん、藤田あかりちゃんだった。

 今、その子供たち3人は俺たちが持って来たお肉を食べている。

 歩きながら食べさせても良いのだが、どうしても注意力が落ちるし、いざという時に反応が遅れる。

 せっかく、ここまで無事だったのだ。僅かとはいえ危険性を減らす為にもここで食べさせている。


 ちなみに3人とも茶色いポメラニアンもどきだ。

 合流した時にはもう普通に話していた理由は、いまのやりとりを見る限り、召喚後から結構話し合っていたという気がする。先生が来た途端に泣きだした位だ。心細さを話す事で紛らわしていたのだろう。

 

 親が授業参観に来ていたのが小春ちゃんとあかりちゃんの女の子2人だった。

 これで、子供たちは14人の生死が判明した。生き残っているのが13人で、孝志君だけが死亡していた。行方が分からない子供は15人だ。

 親の方は、生存5人、死亡1人、行方不明13人だ。子供と合わせて28人がまだ発見されていない。

 平原に出現してくれていれば、生き残っている可能性は上がるが、もし森の中だとするとマズイ。周りの環境が厳し過ぎる。

 あの大きな森ならクマもどきは確実に居るだろう。

 だが、ヒョウもどきまで居ると本当にマズイ。コイツはヒョウに似た顔をした森の待ち伏せ番長だ。

 体長が2㍍くらいと、クマもどきに比べればサイズは小さいが、瞬発力が高いらしい。

 それに何がヤバいかと言えば、自衛隊の迷彩服に似た毛皮を身に纏っている事だ。濃淡が有る2色の緑色と茶色の毛が作る迷彩柄のおかげで、森の中では驚くほど姿をくらませるらしい。

 しかも、狩りも上手いと来ている。

 トリケラハムスターには、先の2回の『被災者』がかなりの数の負傷者を出したが、コイツに狙われた場合、かなりの確率で捕食されたそうだ。

 

 5分ほどで子供たちはお肉を食べ終わった。

 まだまだ食べたいだろうが、それは拠点に行ってからのお楽しみだ。

 帰路ではトリケラハムスターを3頭狩る予定だったが、4頭くらい狩っておこう。

 3頭でも足りるだろうが、こうもお腹がすくと、多目に狩っておいた方がいいだろう。

 

「食べ終わったから、そろそろ出発するよ。忘れ物は無いね?」

「はーい」


 助けが来た事と、お肉を食べた事で元気になったのだろう。

 3人が元気に返事をした。


 帰りは、ほんの少しだけ危惧していた黒ポメ人との再遭遇も無く割と平穏だった。

 狩りの成果も大小合わせて5頭のトリケラハムスターだった。

 これで、今夜の食事は十分に賄えるだろう。



 問題は、先生が帰って来ていない事だった。




 甘かった。

 俺の見通しが甘かった。

 日没まであと30分も無い状況で、捜索の目の佐藤先生が帰って来ていないというのは想像をしていなかった。

 だが、少なくとも『被災者』が出現したと想定されるエリアの南側は捜索は終わっていると判断していいだろう。

 先生がエアーズロックもどきの上空を、北に向けて飛んで行く姿を沙倶羅ちゃんが見ていたから、ほぼ間違いない。

 地上を歩いて捜索するとすれば、確実に陽は暮れる。現に太陽は地平線にかなり近づいている。ここから西に在る、例のエアーズロックもどきの少し上にまで下がって来ている。

 俺には気配察知の能力が有るが、その範囲は50㍍だ。左右を合わせて100㍍。虱潰しに探せなくはないが効率が悪過ぎる。

 救いは、本能が夜を恐れていない事だ。この猫もどきの眼は暗闇でも使えそうな気がする。

 暗くなる前にある程度の情報を手に入れておけば、捜索も早くなるだろう。


「ここで待っていても、事態は好転しない。自分が1人で探しに出るしかない」

「だが、入れ違いになる可能性も有るぞ」

「その場合は黒田さんが指揮を執って、楓たち3人を連れて回収に向かえばいいだろう。戦力的には不足は無い筈だ」


 現に、歩君たちを連れて帰って来る最中の狩で、沙倶羅ちゃんが2頭のトリケラハムスターを仕留めている。

 楓と水木も、遂に弱いながらもブレスを撃てる様になっていた。

 これで遠距離攻撃の火力はかなり上がった。

 問題は気配察知が出来ない事と近距離の火力だが、気配察知は注意深く移動するしかない。楓と水木は少なくとも俺と同じくらいに夜目が利くだろうから、いざトリケラハムスターと遭遇した場合はレーザーで牽制出来る筈だ。

 まあ、近距離まで肉薄された時は黒田さんのカバーに期待するしかない。


「それと悪いが、トリケラハムスターの肉を分けてくれないか? 4人とも腹ペコなんだ」

「高橋君たちの分とは別に焼いてある分が有るから、それは構わないが・・・ さっき食べてから1時間半くらいしか経っていないぞ?」

「この身体は燃費が悪いみたいだ。ブレスを撃てば撃つほど、腹が減る。身体自体が転生時は栄養失調なのかもしれんな。あっ!」

「どうした?」

「佐藤先生も同じかもしれん。空を飛ぶにはかなりのエネルギーを使う筈だ。捜索に必死な分、知らない内にエネルギー切れになったかもしれん」

「それは有り得るな」

「やばい、地上に居る佐藤先生は戦闘力は皆無だ。早く探しに行く必要が有る」


 2次遭難の危険性が出て来た。

 楓たちにはさっきの注意と、いつでも出発出来る様に準備をしておく様に伝えて、取敢えず焼けている肉を枝2本分かき込んで、佐藤先生の分も含めて枝3本分の肉を持って出発した。



 これまで散々お世話になった気配察知の能力から得た経験から考えて、トリケラハムスターの縄張りの広さは個体差が大きい様だった。

 きっと、色々な要素が有るのだろうが、推定で直径100㍍を遥かに超える縄張りを持っている奴も居れば、直径50㍍も無い縄張りの奴も居た。

 厄介なのは縄張りが小さい奴の方だ。

 縄張り自体が小さいから縄張りに入り込んだ外敵にすぐに気付く。

 縄張りの見回りもすぐに済む。

 小さいが故に必死に縄張りを守ろうとしてより攻撃的になる。

 

 今はトリケラハムスターの相手をしている余裕はない。

 だから、気配を読みながら、極力遭遇しない様に走ったが、俺の体感速度が時速50㌔を越えた辺りからヤツラが反応しない事に気付いた。

 これは嬉しい誤算だった。

 時速50㌔以上を保ったまま、一旦エアーズロックもどきを目指す。


 エアーズロックに着くと、そのままの勢いで一気に頂上まで駆け上がった。

 一番高い所で高さは50㍍ほどだったので、かなりの距離が見渡せた。

 おかげでおぼろげながら、20~30㌔四方の地理が分かった。詳しい所までは分からないが巨大な生物の群れが見える。こっちの世界の象みたいなものか?

 平原のあちらこちらに森が広がっている。2キロ四方の大きさが多いが、中にはその2倍くらいの森も在った。南西の方角1㌔ちょっと先に見える森は小さいせいで林程度だ。

 その脇に在る黒ポメ人の集落も見える。

 なるほど、丘で視界が遮られる部分は有るが、俺たちが居る小川が緩やかにカーブを描きながら黒ポメ人の集落の側を通っている事が分かった。

 林と小川の側という生活拠点を築くには有利な場所だ。

 時間を作れ次第に訪問する事にしよう。


 北側を丁寧に見て行くと、自信は無いが3ヵ所に人工的な色の何かが有る様に見えた。

 一番近いのは真北に500~600㍍の距離だ。

 まずは、そちらに向かう事にした。

 目を瞑って頭の中で位置関係を整理し、目を開けて誤差を修正して脳に焼き付けてから地上に向かった。


 

 地上に降り立つと夜のとばりが訪れようとしていた。





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