第16話 「7時間05分後」
恒例となった一列縦隊で俺たちは平原を進んでいる。進路は南西だ。
当然だが、
沙倶羅ちゃんはブレスを撃つ事にかなり慣れて来たので、威力の調整に取り組んでいる。状況や相手によって使い分ける事は今後の事を考えると意味が有る。
楓と水木はあと少しと言ったところだ。
小川の西側は割と平坦で、遠くまで見通せる。
進路のやや右、1時から2時くらいの方向にはちょっとした林が横たわっているのが僅かに見える。
距離としては2㌔くらいだろうか?
ここからは見えないが、その近くには例の黒ポメ人が集落を作っている筈だ。
まあ、俺たちの出現位置から考えてあの林近辺には『被災者』は居ない気がする。
むしろ、俺たちが最初に居た場所の近くに在る森の中の方が可能性が高い。
本当ならば、森の中も捜索したいのだが、現在の戦力では二次災害に巻き込まれる可能性が高い。
森の中には、分かっている限り個体では最強のクマもどきが居る筈だ。
小冊子にも書かれていたが、俺がネットで噂を調べた限りでも、ある程度の大きさの森にはクマに似た身体にイノシシに似た頭を持つ獰猛な肉食獣が住んでいる事が多いそうだ。
地球のクマは臆病なんだが、こっちのクマもどきは猪突猛進を地で行く厄介な奴だ。
トリケラハムスターも猪突猛進なところが有るが、体長60㌢と体長4㍍を超える巨体を誇るクマもどきとでは破壊力に途轍もない差が生じる。
同じ速度で突進されれば、その運動エネルギーは300倍とか400倍とかになるんじゃないだろうか?
とてもでは無いが、こんな小さな身体で止められる筈も無い。
それは、ブレスを撃ち込んでも同じだろう。
運動エネルギーが違い過ぎて、ダメージを与える事が出来ても止められるとは思えない。
まあ、足止め目的ならタイマンを張れなくもないが、一歩間違えれば命を落とす危険性が高い相手だ。
森の中に転移した人物がクマもどきに遭遇しない事を祈るしかない。
この事は、今夜の話し合いでみんなにも説明する積りだ。
さすがに隠し通す事は最初から除外している。
苦渋の決断だが、分かって貰うしかない。
現有戦力で森の中に入った挙句に誰かが怪我したりすると、今の状況さえも維持出来なくなる。
今、保護している子供をわざわざ危険に晒す真似は悪手だ。
「あ、そう言えば、沙倶羅ちゃん、辛い思いをさせたね。もう少し配慮をしておけば良かった。オジサンのミスだ」
「え、はい?」
「ほら、山本さん達のところに着いた時に、ビックリされていただろう? 先に言っておけばそんな事は無かった筈だ」
「さくらちゃん、こわくないし、こんなにかわいいのにね」
「うん。さくらちゃん、かわいいよ」
楓と水木が振り返りながら、沙倶羅ちゃんに言葉を掛けているのが分かった。
その声に嘘は無い。
その言葉にも嘘は無い。
「そ、そんなあ・・・ トカゲの顔だよお? さすがにかわいいというのは、無理があるよぉ」
俺が大人たちと打ち合わせしていた頃、小川の水面に映る自分の顔を見たらしい。
ショックは受けていたが、自分の身体から想像していたよりもマシだったそうだ。
まあ、普通に考えて西洋のドラゴンの顔を想像していただろう。
後ろを振り返って見たら、沙倶羅ちゃんが両手で顔を隠す様にしてモジモジしていた。
俺の目には、照れて恥ずかしがっている女の子の幻影が見えた。
「いやいや、オジサンも可愛いと思う。その証拠にもう2回も頭を撫でているし」
「あ! そう言えば、お父ちゃん、さくらちゃんの頭も一緒になでてた!」
「うん、なでてた。としごろの女の子の頭をなでるのは、せくはらって言うんだよ」
どうして、水木がそんな言葉を知っているのだろう?
本当に世知辛い世の中になったものだ・・・
まあ、沙倶羅ちゃんが、気にしていないし、これからも撫でて欲しいと言ってくれたので助かったが、小学3年生の知識も侮れない。
まあ、これくらいの歳頃は、女の子の方が大人びているから、これからは注意しよう。
目指していた3人の子供は、俺たちの姿を見た瞬間に一斉に走り寄って来た。
俺たち親子3人に抱き付いて来たので、3人とも勢いに押されて倒されてしまったが、最後尾に居た沙倶羅ちゃんは、その光景をどこか微笑ましそうに見ていた。
だが、しばらくして3人が落ち着いた後で沙倶羅ちゃんを紹介すると、1人だけ居た半ズボンを穿いた男の子に「ドラゴンだ! 中井、かっけえええええ」と言われて抱き付かれた時には、ワタワタと両手を振り回していた。
「やっぱり、さくらちゃん、かわいいよね?」
「うん、かわいい」
娘2人の意見に、俺は全面的に賛成票を投じるぞ・・・
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