第15話 「6時間40分後」


 俺たち8人は一旦北西に向かい、小川に突き当たるとそのまま河原を北上した。先生には引き続き『被災者』の捜索を優先して貰う。

 楓太君の母親の遺体を運んでくれたのは沙倶羅さくらちゃんだった。彼女は自分から立候補をしてくれた。本当に出来た子だ。まさにクラス委員のかがみと言える。

 巨体という事は身体的な力が有るという事で、身体の割に華奢だと思っていた手だったが、人1人運ぶくらいは問題無いみたいだ。お姫様抱っこのまま、河原の拠点に着くまで一度も疲れたと言わなかった。

 そして、その沙倶羅ちゃんの横を楓太君が付き添う様に歩いた。

 母親を運んでくれているという事も有るのだろうが、楓太君は時折沙倶羅ちゃんに話し掛けていた。

 まあ、内容は沙倶羅ちゃんを気遣う様なものだ。

 ただ、言葉の端々に親しげな雰囲気も感じるので、日本に居た頃も仲が良かったのかも知れない。

 印象的なのは1度も母親を示す言葉を使わなかった事だ。母親が居なくなった事を心のどこかで認めたくないのだろうと思う。


 俺たちが到着する頃には肉を焼き始めていたのか、美味しそうな匂いが拠点に漂っていた。

 そういえば、黒田氏は、半分意識を飛ばした俺が3頭のトリケラハムスターを調理してくれと頼んだのに、2頭しか焼かなかった。これは正直助かった。

 もし、あの段階で全ての肉を焼いていれば、新たに合流する『被災者』の分が無かったという事になっていた。

 第一、3頭も必要無かったんだ。

 トリケラハムスター1頭からは2,5㌔のお肉が取れた。2頭を解体すれば、5㌔のお肉が取れる。それを13人で割れば平均で400㌘弱になるが、実際に食べたのは1人当たり300~350㌘くらいだったと思う。

 いくら美味しいと言ってもお肉だけを食べるのは限界が有るし、子供の食べる量も少なめだったし、沙倶羅ちゃんに多目に食べて貰う必要も有ったしな。

 ただ、夜になるまでに、最低でもあと3頭は確保しておきたい。

 小冊子の情報から考えて、俺の思っている現在時刻が正しければ陽が暮れるまで後1時間半は有る筈だ。

 中途半端な時間だが、きっとあと1食は必要になるだろう。


 子供たちがクラスメートの無事を喜ぶ中、新たな3人の『被災者』の受け入れと楓太君の母親の埋葬の打ち合わせを黒田氏と金井さんとしようとした時に、佐藤先生が舞い戻って来た。

 更に3人の『被災者』を、先程の場所から800㍍西で見付けたそうだ。

 3人とも子供で、発見した時は寄り添うようにしていたそうで、先生が接近した途端に泣きだしたので、俺との約束を破って地面に降りたと告げられた。

 まあ、仕方ないか・・・

 

「分かりました。ここに戻って来てくれただけで満足しましょう」


 そう、3人の生徒の許を去るだけでも心を鬼にしなければならなかった筈だ。


「先生、その3人の許には自分たち4人だけで向かいます。代わりに先生は南側の残り部分と北側の捜索をお願いします」

「4人でですか? 楓ちゃんたちをまた連れて行くのですか?」

「現状、トリケラハムスターに確実に対応出来るのは自分達だけです。まあ黒田さんも行けるでしょうが、ここに残って、自分達が戻って来るまでこの場所の安全を確保して貰わなければなりません。山本さんとも役割を話し合って貰う必要があるでしょうし」


 黒田氏の方を見れば、肩を竦めていた。

 寝床の確保も有るし、こなす役割は多い。自分がやらなければならない事が多い事に文句を言わずに、肩を竦めるだけで許してくれたのだろう。まあ、3人目の成人男性の山本氏も合流したし、役割分担は2人で直接話し合えばいい。

 3人を保護した後にトリケラハムスターを狩る必要も有るし、護衛役の他に運搬役は必要だ。

 先生の心配も分かるが、楓と水木と沙倶羅ちゃんを連れて行くしかない。


「危険なのは承知です。ですが、時間が無いのもお分かりでしょう」


 日没まであと1時間半。

 余裕なのか、不十分なのかも分からない。

 ただ、楽観出来る状況では無い。

 俺は金井さんの方を向いた。 


「金井さんには楓太君を任せていいですか? 今は気丈に振る舞っていますが、母親を亡くしたばかりの楓太君にはケアが必要です」


 金井さんはドンと胸を叩いた。

 トラのイラストが拳のせいで歪んで目が吊り上がった。

 

「任せとき!」


 普通に話せる様になったし、すっかり立ち直ってくれて良かった。

 金井さんには医療やケアの他にもムードメーカーとしても頑張って貰おう。

 トラのイラストもやる気の様だし・・・


 佐藤先生とすれば、楓太君のケアも気に掛かっていたのだろう。

 だが、金井さんがケアを受け持ってくれた事で、吹っ切れたのだろう。

 バシッと瞬きをした後で口元の表情が不満から決意に変化した。

 その直後、佐藤先生は俺に頭を下げていた。


「3人の生徒をお願い致します。そして、私が見付けるみんなもよろしくお願いします」

「承(うけたまわ)りました。全力を尽くします」


 俺も頭を下げてお辞儀をした。

 異世界に来ても日本人の習慣は簡単には変えられないし、変わらない。

 でも、それが悪い事とは思わなかった。

 『召喚』という災害に立ち向かう為には、とことん日本人であるべきだ。

 日本人ほど災害を身近に感じて来た人種は居ないのじゃないだろうか?

 地震、台風、津波、大雨・・・

 よくもまあ、毎年の様に災害が降りかかるものだとも呆れるほどだ。

 でも・・・ それでも日本人はいざとなれば助け合って来た。諦めずに根を張って来た。

 うん。ここでも根を張るだろう。

 たくましく生き残ってみせるさ。

 そして、楓と水木と一緒に妻を探し出してみせる。

 そういえば、まだ誰も日本に『帰還』していない・・・

 まあ、こればかりは、いつ、誰が『帰還』するのか分からないし、誰も『帰還』しないかもしれないので、気にしていても仕方ないだろう。


「宮井さん、これを持って行って下さい」


 ちょうど、俺が頭を上げたタイミングで室井さんが声を掛けて来た。うん、室井さんも普通に喋れている。

 室井さんの後ろに京香ちゃんがくっついていた。表情が落ち着いているから、どうやら、室井さんの犬アレルギーは自分自身がポメラニアンもどきに転生した事で、チャラになったのだろう。

 京香ちゃんの心配が杞憂で終わって良かった。本当に良かった。

 俺は軽く頭を下げて、黒田氏と金井さん、それと佐藤先生に新たな『被災者』の世話を任せた。

 

「これをですか?」


 彼女が差し出したのはトリケラハムスターの焼けたお肉が刺さった枝だった。3本有った。

 

「きっと、お腹がすいている筈です」


 この時、俺の頭を過(よぎ)ったのは、例え異世界だろうと、やって行けるだろうという漠然とした予感だった。





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