第14話 「6時間30分後」


「宮井さん、4人発見しました。でも、1人は残念ながら・・・」


 佐藤先生は、真正面から俺たちの前に着地した途端に言葉を発した。

 最後の言葉を言えずに、目をバチッという感じで閉じた。

 鷹の顔だが、やりきれない気持ちが滲み出ていた。

 それと今気付いたが、口元に最も感情が滲み出ている。余程口惜しいのだろう。


「分かりました。早速向かいましょう。方角と距離は分かりますか?」


 先生が南東の方を指しながら答えた。


「こっちの方角で、2分くらい飛んだくらいですから多分1㌔くらいだと思います」


 佐藤先生の飛行速度は時速30㌔くらいだから、そんなものだろう。

 ちなみに先生が飛んでいる姿を見れば、鳥に比べてかなり遅い気がする。

 街中で見掛けるカラスが追いかけっこをしている時の半分くらいに感じる。

 まあ、揚力とか推進力とかを魔法の様なもので得ているので、失速という事態にならないのだろうが。


「分かればで構いませんが、死因は何でしたか?」

「そこまでは分かりませんでした。出血がひどかった事と、手を組んで寝かされていた上に顔にハンカチを掛けられていたので、亡くなられている事は確実でしたが」

「分かりました。念の為に言っておきますが、決して地上に降りないで下さい。それを守って頂けるなら、話し掛けて貰って構いません」

「え、でも、そんな事、出来ないですよ」

「イメージとしてはヘリコプターやドローンを思い浮かべて下さい。重力と釣り合う力を発生させれば、空中に留まれる筈です。現に最初は空中に浮かぶ事から飛べる様になったのですから」

「あ、そうですね。分かりました。他に何か注意する事は有りますか?」

「多分、到着までに10分掛からないと思います。場所を特定する為に今から5分後には上空に戻っていて下さい」

「そうですね、分かりました。では戻ります」


 俺がこの身体で全力で走れば、きっと時速は50㌔か60㌔に達する気がする。

 だが、楓も水木もそこまでの速度は出ないだろう。

 沙倶羅ちゃんはどうだろう?

 ただ、問題はそこではない。

 本当の問題は、そんな速度で走れば、トリケラハムスターの気配に気付けなくなる可能性が出て来る事だ。ここに来るまでに自分の持つ気配察知の能力を試したが、大体50㍍くらいの範囲は可能だった。

 その能力を使わないというのは、二次遭難を自ら招く行為だ。

 

「みんな、これから向かうけど、ジョギングくらいの速さで行くよ。速く走って、襲って来るトリケラハムスターに気付かないのは嫌だからね」

「うん、分かった。お父ちゃんのじゃましないって約束したから」

「おとーちゃんのうしろをついて行くね」

「はい」


 うん、聞き訳の良い子たちだ。

 そんな善い子は、頭を撫でてしまうぞ。

 3人の頭を撫でて、心に湧いた無力感を払拭させた。気を取り直した後で俺は先生が飛んで行った方向に注意深く駆けだした。俺の後ろを楓、水木、沙倶羅ちゃんの順番で続く。

 さりげなく沙倶羅ちゃんは殿(しんがり)の位置に就いてくれている。

 本当によく気が付く子だ。



 途中で小川を越えたが、その先の道中は1㍍から2㍍くらいのうねりが多く、見通しが悪かった。

 もし、気配察知の本能が無ければ、5、6匹のトリケラハムスターと出会いがしらの遭遇をしていたと思う。

 4人が居る場所もうねりの底で、先生が上空で旋回してなければ見逃す恐れが有ったくらいだ。

 先生から説明が有ったのか、生き残っていた3人は俺が現れても驚かなかった。 が・・・

 沙倶羅ちゃんを見た途端に後ずさった。

 後で沙倶羅ちゃんを慰めて上げなければ・・・


「遅くなりましたが、助けに来ました。宮井楓と水木の父親の隼人です。後ろの猫の様な2人が娘たちで、ドラゴンの様な子は中井沙倶羅ちゃんです」


 そこに居た『被災者』は4人ともポメラニアンもどきだった。毛色は4人とも色の濃さに多少の違いが有るが茶色だ。子供は2人。半ズボンを穿いているから2人とも男の子だろう。

 やはり死因は失血死だろう。右足の太ももに2つの破け目が有って、その周りが血だらけで地面には血溜まりが出来ていた。心配していた槍による傷では無い。

 子供の内の1人はちらりとこっちを見て、すぐにハンカチを顔に掛けられた大人の女性に視線を戻した。

 横顔に涙の跡が見えた。母親なのだろう。

 スーツを着た1人が立ち上がって答えてくれた。


「山本邦夫です。陽太(ひなた)の父親です。そして大村楓太(おおむらそうた)君と・・・・・」


 言いよどんだ。気持ちは分かる。

 転生してから、ずっと一緒に居たのかは分からないが、小学3年生の子供が母親の死をいきなり突き付けられているのだ。

 そして、それを大人の立場で対処していたのが山本氏だ。ハンカチも彼が掛けて上げたのだろう。

 辛い役をして来たのだ。楓太君の心の傷を抉る様な事は言えなくて当然だ。

 ここで経緯を訊いて時間を使うよりも、多少強引でも話を進めるべきだろう。

 

「現在、13人のグループで生活拠点を造ろうとしています。みなさんをそこまでお連れします」


 話し掛けながら、おれは周囲を探っていた。

 そして、亡くなった母親を見詰める楓太君の横にしゃがんだ。

 そっと手を合わせた。後ろで楓と水木と沙倶羅ちゃんも同じ様に手を合わせた気配がする。

 30秒は黙って手を合わせただろう。

 心の中で無念だったろう事を語り掛け、冥福を祈り、これから息子さんを任せて貰う事を話せば、それくらい掛かった。

 

「お母さんも連れて行こうね」


 楓太君は気丈にも静かに頷いた・・・・・


「その前に仇を取って上げる」


 楓太君が俺の横顔を見た。しっかりと目を合わせて頷いた後で、『力場』の展開を一瞬で済ませた後、俺は立ち上がりざまに全力のブレスを放った。


 縄張りの見回りを終えたばかりなのだろう。20㍍先のうねりの頂上に姿を現したばかりのトリケラハムスターが吹き飛んだ。

 楓が見に行ってくれたが、食べる部位は残っていなかった。

 自分の軽挙にちょっと落ち込んだが、すぐに復活する事になる。

 だって、3人が慰めてくれたからな。


「まあやりすぎだけど、お父ちゃん、カッコ良かったよ」

「うん、カッコ良かった」

「すごいです」


 今は人目が有るので、後で頭を撫でて上げよう。

 

 それと、全力でブレスを撃った事で分かった事と増えた謎が有った。

 急速に空腹になりつつあったのだ。

 もしかすれば、ブレスのエネルギー源は身体の生命活動だけでなく、お腹に収めたばかりの食糧さえもエネルギー源にしてしまうのだろうか?


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