第11話 「5時間45分後」

 親子3組の再会は感動的だった・・・ と思う。

 断定的な表現が出来ないのは、みんなと合流する頃には体力も気力も限界を迎えたからだ。眠くて眠くて、半分以上意識が飛んでいた。

 みんなも似た様な経験が有る筈だ。眠過ぎて、夢かうつつかが分からない時ってないだろうか?

 授業や会議で、眠気を堪えてちゃんとメモを書いた筈なのに、見返すと途中で途切れていたり、字が乱れていたり、意味不明だったりした事はないだろうか?

 とにかく、俺の記憶は飛び飛びで、草原を歩いている瞬間の記憶が有るかと思えば、何かを説明している記憶、楓と水木が心配そうにしている表情の記憶などが散らばっている。

 確実に覚えているのは、合流する寸前に、薄手の赤いカーディガンを着た結愛ゆあちゃんを狙っているトリケラハムスターに気付いて、そのままブレスを放った所までだ。

 原因は何だろう?


 細かくは覚えていないが、最後の方の記憶で、俺は感動的な親子再会の途中で黒田氏に3頭のトリケラハムスターの調理を託したみたいだ。

 そういえば、その際にズボンのポケットからターボライターを出した記憶も蘇った。


 何故タバコも吸わないのにライターを持っているかといえば、ちょっとしたゲン担ぎみたいなものだ。

 昔はタバコを吸っていたが、かえで水木みずきを授かった時に禁煙をした(妻も喜んでいた)。

 ただし、禁煙を始めてから運が悪くなった様に感じる出来事が連続した。念願の子供が出来て幸福の絶頂だっただけに、早急な対策を講じる必要が出来た訳だ。

 運が悪くなったのは禁煙をしだしてからと判断した俺は、ライターだけは持つ様にした。

 ただの偶然なんだろうが、運も良くなった気がしたので、それ以来ずっとライターを持っている。

 どうせならと、色々なライターを試した結果、或るメーカーのターボライターが一番結果が良かった。

 まあ、一種のラッキーアイテムというか、ゲン担ぎというか、そんな感じでターボライターを持つ様にしていたので、それを手渡したという訳だ。


 うん、それ以降の記憶が無い。


 で、今の俺の状況だが、目を開ければ子猫2匹に見下ろされていた。

 どこかで経験した気がするが、思い出せない。

 それよりも、この匂いだ!

 お肉が焼ける旨そうな匂いがするじゃないか!

 思わず、起き上がろうとしたが力が入らなかった。辛うじて首だけが動いた。

 

「あ、お父ちゃん、おはよ! 心配したよ」

「おとーちゃん、お水飲む?」


 楓と水木か?

 やっと目の焦点が合った。辛うじて頷いた。

 後頭部に手を差し入れられて、口元に持って来られた木の板みたいなものから水を飲んだ。

 一度飲むとすぐにおかわりが欲しくなった。

 その様子を見た水木が姿を消して、しばらくしてまた現れる。

 木の板に見えたのは、窪みが有る流木だった。その窪みに100CCほどの水がすくえるので、わざわざ川まで汲みに行ってくれたみたいだ。

 3度ほど繰り返されるとやっと落ち着いた。

 熱中症だったのだろうか?

 段々と頭の働きがクリアになった。周囲を見渡すと、5㍍ほど離れたところで木の枝に刺された肉を焼いている様だった。

 10人ほどがそれを囲んでいる。

 うん、シュールな光景だ。人間の服を着ている犬や鷹が居るのだから。

 鳥獣人物戯画のような光景だが、あの絵の様なユーモラスさは無い。

 なんせ、2次元でも、被り物でもない、現実なのだから。


「結愛ちゃんのオジサン! お父ちゃんが目を覚ましたよ!」


 楓、そこは『父が』と言わないと・・・

 みんなが一斉にこっちを見た。 なにこれ? ホラー映画みたいでちょっとだけ怖いんだが?

 黒田氏が慌ててやって来た。手には枝を刺された焼けた肉を持っていた。


「大丈夫ですか?」

「なんか迷惑を掛けたみたいで申し訳ない」

「いえ。お世話になったのはこっちですから。ましてや結愛を助けてくれた直後から様子が変になったと聞いています。かなり無理をさせてしまったみたいで」 


 確かに結愛ちゃんを狙っていたトリケラハムスターの頭部に威力の大きいブレスを撃つ直前までは記憶がはっきりしている。

 それと黒田氏は結愛ちゃんを助けた事にかなり恩義を感じている様だった。口調が丁寧だった。別に構わないのだが・・・


「なんにしろ間に合ってよかった。もし間に合ってなかったら、黒田さんに合わせる顔が無くなるところだった」

「本当にありがとうございます」


 そこで、黒田氏が一瞬の間を開けて肉を持ち上げて訊いて来た。


「食べられるか?」


 ケジメが終わったのだろう。鷹の顔でニヤリと笑った気がした。

 実は会話の最中、ずっと肉を見ていた事にここで気付いた。

 表面の一部が少し焦げているが、この異世界に来て初めて食べる食料だ。生で食べて食中毒を起こすよりも良いという判断だろう。

 まあ、生でも食べられるのは本能が教えてくれていたが、火を通した方が美味しいので構わない。



 異世界初の食事は、日本で食べたどんな食事よりも美味しかった。

 食べた瞬間から、身体が栄養をむさぼっていると思う程に身体に力が行き渡る。

 途中から、有る事に気付いてゾッとするまで一心不乱に食べたほどだ。



 燃料がほとんどカラの状態で、あれだけの力を出せたという事は、本調子だったらどうなるんだろう?

 

 

 

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