第9話 「3時間30分後」


 俺が殺したトリケラハムスターは、付近で集めた枝で作った担架もどきに乗せて、子供たちに4人掛かりで運んでもらう事にした。6人居るから2人は交代で休める。

 俺と黒田氏は運搬には参加しない。

 児童虐待と言われるかもしれないが、俺たち2人を完全にフリーにしないと誰が子供たちを守るのか? という話だ。

 特に俺はフリーにしておかないと、佐藤先生が『被災者』を見付けた時に助けに行けない。

 準備が整って、出発しようかという時に、かえで水木みずき京香きょうかちゃんの3人が俺の所に来た。 


「お父ちゃん、『マジカルミラクルブレス』をみんなに見せてあげてくれないかな?」


 楓の言葉に水木と京香ちゃんも頷いている。


「何故? って訊いて良いか?」

「おとーちゃんがまもってくれるって、みんなに知っておいてもらうほうがいいかなって・・・・・」

「おじさんがつよいって、みんなに言うよりわかりやすいから・・・」


 なるほど・・・

 確かに3人は威力の大きなブレスを見ている。

 だから、俺が居ると安心だと思えるが、ここで合流した5人は未だ見ていないな。

 大人はさすがに俺が出しゃばれる位に強い事は気付いている。実際には避けるしか出来なかったトリケラハムスターを弱い威力のブレスとクローであっという間に倒したのだから。

 それに知識の差も加わって、俺の指示に従ってくれている。

 でも子供たちはあっという間に倒したところは見ていていても、離れていたし、ブレスもクローも目に見えないからよく分かっていない可能性が高いのかも知れない。

 それと、佐藤先生が空を飛んだ後だ。少々の事にはびっくりしたり、俺を化け物を見る様な目で見ないだろう。


「うん、そうだな。3人の言う事は正しいな」


 そう言って、俺は3人の頭を順番に撫でて上げた。

 3人の照れくさいけど嬉しそうな表情が思いのほか可愛かったので、俺の方も嬉しくなってしまった。


「先生、黒田さん、ちょっとだけ時間、いいですか? すぐに済みます」

「あ、はい。聞こえていましたよ。何とかブレスって言っていましたよね? それって、さっき使っていたドラゴンブレスと違うんですか?」

「え? 先生、ドラゴンブレスって知ってるんですか?」

「ドラゴンが口から火を出すやつでしょ? それくらいはゲームで見ました」


 どんなゲームで見たかを小1時間問い詰めたいが、時間がもったいないのでパスだ。

 それよりもあの時のブレスが見えていたという事は、佐藤先生は割と早い時期から本能が顔を出していた可能性が捨て切れないな。

 初めて試した時と同じ様に、みんなには背後に下がって貰う。

 楓と水木と京香ちゃんがみんなに小声ですごいんだからと言っているのが聞こえて来た。

 ヤバい、笑いが込み上げて来そうだ。小1時間問い詰めたいというフレーズが悪かった。

 だって、あの有名なセリフが頭に浮かぶじゃないか?


『よーしパパ、ブレス撃っちゃうぞー』


 結果は悪くなかったと思う。

 威力も最初より上がっていたし、脆そうだったとはいえ的にした20㌢くらいの石は木端微塵に吹き飛んで、ビジュアルも迫力が有って良かったと思う。

 だが、俺は精神力と腹筋を総動員して笑いを堪(こら)える羽目になっていた。


 鷹の顔の筈なのに、みんなの顔が豆鉄砲を喰らったハトみたいだったんだ。


 魔王笑いをしたいのを堪えた俺を、誰か誉めて欲しいくらいだ・・・・・ 



 出発して数分で、佐藤先生が南に進路を変えたと思ったら旋回を始めた。

 水平方向で300㍍程か? 丘の向こう側で状況は分からない。


「黒田さん、行って来ます。子供たちを頼みます」

「了解した。一応言っておくけど、気を付けて行って来て欲しい」

「娘たちが待っていますから、無事に戻って来ますよ」



 身体が軽い。多分、俺の人生で一番速く走っていると思う。

 確か、軍事的には高度が高い方が有利だってどこかで見た覚えが有る。

 敢えて、丘の頂上を目指す。

 丘の頂上から見えた光景は、ちょっと予想外だった。


 なんせ、ドラゴンが居る・・・

 西洋の竜の方だ。全長は3㍍程で、全体的に黒く感じるが焦げ茶色も混じっている。

 身体の上側には翼も見えるが、佐藤先生たちと同じく身体に比べて小さい。形状は翼竜か? コウモリの方が近いか?

 ただし、地球で生まれたそれらは手が翼に進化していたが、このドラゴンもどきは手が別に有る。そういえば先生たちの鷹もどきも翼と手が別になっていたから、おかしくないのか?



 ドラゴンは、茶色い毛色のポメラニアンもどきと白い毛色のポメラニアンもどきの2人を、木を削って作った2㍍くらいの槍を持った黒い毛色の5人のポメラニアンもどきから守る様に威嚇している。両者は3㍍ほど離れている。


 で、どっちに味方すべきかはすぐに分かった。

 服装を見れば一目瞭然だ。

 2人組のポメラニアンもどきは現代的な服装をしている。

 1人はトラの顔が描かれたシャツを着ていた。パンツルックだが、よりにもよってヒョウ柄だ・・・

 最初見た時は目を疑ったものだ。授業参観に着て来る服装では無いと声を大にして言いたかったくらい印象的だったので、人間だった時の顔も思い出していた。

 まあ、なんだ、『大阪のおばちゃん』と聞いて、思い浮かべる顔で正解だ。

 でも、今はポメラニアン顔だ。運命の皮肉を感じる。

 もう1人は上流階級な御婦人が着る様な装いと言って思い浮かべる様な服装だ。

 確実にブランド品だろう。上品な気品が漂っている。本人も毛並みの良い白い毛で、優雅なラインを描くフリルが妙に似合っていた。

  

 対する5人組のポメラニアンもどきの服装の第一印象は縄文人か弥生人が着ていそう・・・だった。

 上は貫頭衣だ。腰の辺りをヒモで括っていて、下は柔道着の様なズボンの一番下を絞っている。どこかで見た気がする格好だ。

 繊維は麻の様に見える。染色技術が無いか未発達なのだろう。くすんだ茶色だ。

 だが、黒い毛の色と合わさって、ポメラニアンもどきらしからぬ精悍さも感じる。

 まあ、ポメラニアンも野生化すれば印象が変わるだろうから不思議では無い。 


 現時点での最大の問題は、追い払うだけでいいのか? だ。


 この身体は『彼ら』を殺す事に良心の呵責を何も感じていない。本能がただ単に美味しくない食糧としか認識していない。猫もどきは本来、殺す事に躊躇いを持たない種族なのだろう。

 実は、理性から導き出した答えもそれに近い。

 5人の内、1人でも逃がすと、俺たちが居るという情報が漏れる。

 それがどの様な反応を起こすかが全く読めない。危険を冒さないのなら口をふさぐ選択肢も有る。

 悩む時間が惜しかったので、5人を活かす理由をでっち上げた。

 ふう、と小さく息を吐いて、気付かれていない事を活かす為に先制攻撃を仕掛ける。

 威力が低い方のブレスを強めに発生させて、5人のポメラニアンもどきが持つ槍を断ち切る様に上下に薙ぐ。

 威力を上げた事で、木製の槍から瞬時に煙が出たが、さすがに一瞬で斬り落とす程の火力は無理だった。

 更に、威力が高い方のブレスを両者の間(と言っても5人組に近付けたが)に3発立て続けに放った。

 その段階でやっと俺に気付いたのか、5人組がこっちを見た。

 途端に、何かを叫んで、見事な引き際としか言いようが無い位に一斉に逃げ出した。

 残して来た7人とは違う方向(南西)に走って行ったし、今後の為に追撃はしない。


 しかし、どんだけ、猫もどきは恐れられているんだ?

 俺を見た瞬間に逃げを選んだのだから、天敵みたいなもんなのだろう。


 ついでに丘の上の見晴らしを利用して、他の『被災者』の手掛かりが無いかを見渡したが、東南東の方向に、少し離れているけど赤い何かを見付けた。

 佐藤先生に気付いてもらうまで両手を振って、気付いてくれた後で赤い何かの方向を指差した。

 上空からも確認出来たのか、先生は大きく頷いてから進路を変えた。

 そこまで見届けた後で、俺は逃げて行った5人のポメラニアンもどきの逃走方向を確認し続けた。

 ヤツラが向かった先を辿る様に視線を動かすと、遠くに原始的な建物らしきものが見えた。

 今はそれだけ分かれば上出来だ。


 知りたかった情報も手に入ったし、俺は丘の下に居る相手に脅威を与えない様に両手を上げながら丘を降りた。

 その間、俺の目はドラゴンを観察していた。

 小冊子に載っていない種族だけに、猫もどきと同様に希少種なのかも知れないな。

 遠目にはドラゴンそのものに見えたが、近付くにつれてマンガや映画で見たドラゴンと違う部分が目立って来た。

 まず、鱗が生えている訳では無かった。

 意外なほどフサフサとした黒い毛が生えている。ところどころに焦げ茶色のメッシュがトラ柄みたいに入っていた。

 腕は思ったよりも小さい。人間の腕よりは大きいのだが、胴体から尻尾までの造形はドラゴンのイメージのままなので、余計に華奢に見える。ただ、爪は立派だ。鋭くとがっているから武器としては強力な部類だろう。

 こっちを見ている顔は、ドラゴンというよりもニホントカゲだ。

 ドラゴンがバタ臭いソース顔としたら、鱗や毛が生えていない事も有ってさっぱりとしたしょうゆ顔だ。

 顔の後ろに当たる位置に、後ろ向きに5本の5㌢くらいの可愛らしい角が等間隔に生えている。

 何故かティアラの様に見えなくもない。

 黒目勝ちの目と相まって、顔全体の印象は意外と可愛い。いや、かなり可愛いと言って良いな。

 首には赤いスカートが巻かれていた。

 転生前は女の子だったという事だ・・・・・ 

  



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