第8話 「3時間20分後」


 佐藤先生の飛行練習は飛行姿勢の安定に手間を取ったが、何とか不安を覚えない程度に安定しだしていた。

 今ではかなりの高さまで上がれる様になっている。

 近所に在ったマンションで言うと6階を超える高さに見えるから、多分20㍍は上がっていると思う。

 昔住んでいたマンションの5階から見える範囲が確か15㌔くらいだったから、地球と同じ直径なら捜索には十分な高さだと思う。まあ、視力が本物の鷹並みなら見逃さないだろうが、どうも視力は人間並みの様だから実際には飛び回って貰う必要が有る。



 一方、俺は今、負けそうになっていた。


「お父ちゃんといっしょに行く!」

「水木も! おとーちゃん、じゃましないから、いっしょに行ったらだめ?」


 何に、かって?

 娘たちの破壊力抜群のおねだりに、だ。

 どうして、娘たちは猫もどきなんかに転生したんだ? 可愛いじゃないか!

 魚もどきにでも転生していたら、ここまで葛藤しなくて済んだのに・・・・・

 でも、それはヤバいかも知れん。空腹の余り食べてしまうかもしれんな。猫だけに。

 

「お父ちゃんも楓と水木と一緒に居たい。目を見てくれ。嘘を言っていないだろ?」


 そう言って、2人の目を交互に見る。


 俺が身を置く人材派遣業界は、色んな人間がやって来る。

 もともと定職を持っていたけど事情が有って辞めたが、再就職しようにも正社員に成れなくて仕方なくやって来る人間や、フリーターから少しでも給料がいい仕事に移りたい人間、学校を卒業するまでに就職出来なかった人間、肩たたきでリストラされた人間・・・

 実に様々な人間がやって来る。

 その様々な人間がどれだけ使えるのかを見極める能力は非常に重要だ。

 勿論、履歴書でもそれなりの情報は得られる。

 だが、履歴書なんて、その人間が持っている能力や人柄、性格の10分の1も表していない。

 座っている姿、立っている姿を見れば、その人間の3分の1は分かる。

 ましてやそれと合わせて目と表情を見て言葉を交わせば、その人間の半分は分かる。


 だから、俺は娘たちと目を合わせた。

 一緒に居たいという気持ちと、行方不明の『被災者』たちを探しに行かないといけないという責任感というか義務感を視線に乗せて、目を合わせた。


 あ、ダメだ・・・

 2人とも俺から離れないそうにない・・・

 無理に離したら、2日間は喋ってくれなさそうだ。

 それは耐えられん。


「よし、分かった」


 だから俺は宣言した。


「お父ちゃんの負けだ。一旦、みんなを河原に連れて行って、それから他の人を一緒に探しに行こう」


 完敗宣言だった。


「やったー!」

「おとーちゃん、大好き!」


 俺は精神的にも完敗した挙句に、2人に抱き付かれて身体的にも押し潰された。

 今の俺なら小冊子に載っている、危険な相手ナンバーワンの体長4㍍を超えるクマとイノシシを混ぜた様な危険生物にも半分命を捨てればタイマンを仕掛けられる筈だが、目の前の135㌢の娘たちには手も足も出なかった・・・


 黒田氏が何かを言いたそうに俺たちを見ていた。

 いや、子供たちもだ。視線に羨ましそうな気持が混じっている。まあ、鳥の目だから微かに分かる程度だが・・・

 俺は慌てて娘たちのボディプレスから逃れて、気持ちを切り替えて黒田氏に話し掛けた。

 

「前言撤回だ。さっき言った場所に一緒に戻る事にする。その間も佐藤先生には上空から他の人を探してもらう積りだ。見た限り、先生は20㍍くらいまでは上がれるみたいだからかなり広範囲に見渡せる筈だ」


 方針が決まったので、佐藤先生に降りて来て貰った。

 着地が意外と難しいみたいで、何度か挑戦した後でやっと降りる事が出来た。

 その先生に子供たちが群がる。

 口々にかっこよかったとか、せんせいすごい、とか言っている。

 言われている佐藤先生もみんなの頭を撫でながら、1ひとりひとりに声を掛けている。

 うん、やっぱり慕われるだけは有るな。


「佐藤先生、疲れていませんか?」


 佐藤先生は目をバシバシという感じで瞬きを何回かした後で答えてくれた。

 

「ちょっとだけ疲れましたけど、そんな事は言ってられません」

「分かりました。でも、無理だけはしないで下さい。現状、上空から探せるのは佐藤先生だけですから」

「あ、はい、そうですね」

「それで、誰か発見出来ましたか?」


 実は、この質問に対する答えは期待していない。

 彼女は飛ぶのに必死で、地上を捜索するまでに至っていないからだ。


「すみません、まだ、そんなに余裕が無くて・・・」


 俺は頷いて、これからの方針を説明した。


「これから、今後の拠点にしようと思う小川に向かいます。1㌔ちょっとの距離ですから、子供の足でも20分も掛からないと思います。そこには孝志君の墓も在ります。みんなでお参りしましょう。そして、先生にはそこに向かう間に上空から他の人を探して貰いますが、よろしいですか?」

「はい、分かりました」

「何か発見したら、その上空で旋回して下さい。ただし、地上には降りないで下さい」

「どうしてですか? もし危険な目に遭っていたら助けたいのですけど?」

「はっきり言いますが、先生は戦闘力が無さ過ぎます。それと、こちらの種族には、我々日本人が転生していない危険な種族も居ます。万が一迂闊に近寄ると攻撃されますよ」

「え・・・」


 これには黒田氏も驚いていた。


「政府が配った『「召喚」されてしまった時に注意すべき10項目』という小冊子にはそこらの情報も載っていたのですが、読んでいない様ですね」


 その時に男の子が声を上げた。服装から陽翔君だ。


「ボク知ってる! ゴブリンに会ったら逃げるんでしょ!」

「良く知っていたね。そう、その通りだよ」


 通称「ゴブリン」。これまで転生した『被災者』が1人も居ない、唯一の種族だ。理由は不明。

 そして、一番地球の人類に近い種族でもある。

 更には、8項目目の【接触してはいけない知的生命体から逃げましょう】と名指しで危険視されている唯一の種族でもある。

 とどめに、集団で行動し、石器、銅器を扱う文明を持つ唯一の種族でもある。

 ゴブリンと言われて思い浮かべる醜悪な容貌と違い、そこそこ見れる種族らしい。

 だが、性向は荒く、攻撃的だ。


「もし、目を付けられたら、みんなを危険に晒す事になります。その他にも、転生した『被災者』とは違う本来の種族も居ますから、これも要注意です。そういえば、先生たちが転生した種族は小さな動物しか捕食しない筈ですが、万が一本物に出遭ったら僕の近くに降りて来て下さい。空中で襲われないとも限りませんから」


 

 次から次へと出て来る注意事項に、佐藤先生も黒田氏も表情が険しくなって行った。




 だから、2人とも顔が怖いって・・・・・・



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