第7話 「2時間50分後」


 黒田氏が頑張っている姿(といっても胸と背中の筋肉がピクピクとしているだけだが)を見ながら、いっその事、翼を広げて動かした方が早いかと考えた時だった。後ろで「あー」という複数の声が上がった。

 俺も黒田氏も声が上がった方に視線を向けた。

 そこには、立ったまま10㌢程、宙に浮いている佐藤先生の姿が有った。

 彼女は目を瞑って、祈る様に手を顔の前で組んでいた。

 

「せんせー、浮いてる!」


 誰が言ったのかは不明だが、子供の声で目を開けた佐藤先生の身体はストンと地面に落ちた。

 バランスを崩さずに着地した佐藤先生の顔は鷹の顔だけに表情が読み難いが、口元がポカンと開いていた。

 そしてキョロキョロをしたかと思えば、口元を引き締めて俺の方に歩いて来た。


かえでちゃんと水木みずきちゃんのお父さん、コツが分かりました。子供たちを探しに行く役を私に任せて貰えないでしょうか?」


 生徒を探しに行きたいと言う願いが真剣だったから、彼女は自分の能力に目覚めたのかも知れない。

 黒田氏も真剣だと思うが、もしかすれば肉体への意識が強過ぎるが故に能力が発動しないのかも知れない。それとも常識が邪魔しているのかも知れない。

 だが、第一関門を突破した人物が現れたのだ。

 ここは彼女に任せたいところだが、大きな問題が有った。

 彼女のいでたちは淡い水色のレディス・スーツだ。パンツタイプなら良かったが、残念ながらひざ下までのスカートだ。

 背中の翼も外に出す必要が有る。

 普通に考えて、空を飛ぶには、色々と見える為に年頃の女性には頼めない。

 せめて、ジャージ姿なら、背中に裂け目を入れるだけで問題が無かっただろう。


 一瞬、全く関係ない考えが頭を過(よぎ)った。

 対人関係が、自分の生徒を通してのものなんだなぁ・・・ という全く現状とは関係無い考えだった。

 まあ、それだけ、生徒に自然と意識が向いている証拠なのかも知れない。


「ですが、佐藤先生。その格好では、色々とまずいと思いますが?」

「いえ、生徒たちの安全の為です。贅沢は言っていられません」


 授業参観の時のホンワカとした雰囲気は、今は無い。

 覚悟を決めた聖職者が居た。


「分かりました。それでは、僕が着ていたカッターシャツとズボンを貸しましょう。それならば、大丈夫でしょう。翼を出す為の穴を作る道具も持っています」


 そう言って、俺はベルトとネクタイを緩めて、背中からスーツ・カッターシャツ・ズボン・革靴を降ろした。


「黒田さん、申し訳ないが、翼の付け根を見せて貰っていいだろうか? どの程度の切れ込みを入れれば良いのかの参考にしたい」

 

 まずは黒田氏の翼を参考にして、次に楓と水木たち女の子組が佐藤先生の翼を広げたり、カッターシャツを背中に当てたりした後に、先生が持っていた赤ペンで穴の位置を決めた。

 俺のマルチツールのナイフ部を使って、穴を開け終ったのは10分後だった。

 ただ、解せないのだが、俺よりも5㌢くらい背が低い(女子としてはかなり背が高い方だろう)佐藤先生が何故、ズボンのすそを折らずに済んだのか? 本当に解せん・・・


 男装の鳥人という、何を言っているのか分からない姿の佐藤先生が完全に飛行能力を得たのはそれから15分後だった。


 徐々に高度を上げて練習する佐藤先生を並んで見上げながら、俺は黒田氏に確認をした。

 

「黒田さんはアウトドア派かな?」

「よく分かったな?」

「いや、何となくだが・・・ もしかして鶏を捌いたりした事も有る?」

「ああ、子供の頃、田舎に住んでいて、おじいちゃんに何匹か無理やり捌かされたことが有る」


 やはり、黒田氏は俺が抱いていたイメージ通りの人だった。

 これは、俺が仕事で重宝している技能の一種だ。

 ある程度の時間で、相手を知る事が出来る才能は、人材派遣会社では強力な武器となってくれていた。


 だから、頼みごとをした。


「黒田さん、さっき倒したトリケラハムスター、あ、これは俺が勝手に名付けたので気にしないでくれ。あの動物は食べられる。血抜きを忘れたので、美味しくないかも知れないが、それでも焼けば調味料無しでも食えると思う。ここに来るまでに通った小川に血抜きを済ませたトリケラハムスターを1匹沈めている。そしてその小川の近くに孝志君の墓を作ってある。見ておいてやって欲しい。場所は楓と水木たちが知っている」


 俺は敢えて一気に喋った。

 そして、苦渋の決断を告げた。


「子供たちを任せて構わないだろうか?」


 教室に居た内、生死が分かった人数は未だ10人だ。

 俺が付いていて上げる事で、今一緒に居る8人はかなり安全になると思う。

 それだけの実力は今の段階で有る。

 もちろん、小冊子に載っているヤバいヤツと正面切って戦えば無傷では済まないだろう。

 だが、その間にみんなを逃がす事くらいは出来る。


 残り34人もしくは35人がどこに居るのか不明だ。生徒は22人だ。

 その状態で、佐藤先生を野放しにすると、暴走するかも知れない。

 手綱を掛ける意味でも、俺がフォローに入る必要が有る。

 そして、それは、楓と水木を他人の手に任すと言う事だ。

 黒田氏は、任せるに値すると判断しているが、それでも不安は消えない。



「今なら、実際にトリケラハムスターを殺した、この木の棒を貸すが?」


 俺の初期装備では一番活躍した頑丈な木の棒を渡す為に持ち上げた(「頑丈そうに見える」から昇進した)。

 木の枝を振り回していた動きから黒木氏は剣道か何かを齧った事が有る筈だ。

 小学3年生並みの体格の俺が、実際に殺せたのだ。彼ならもっと上手く扱えるだろう。


「だから、みんなを頼む」



 俺は自然と頭を下げていた。

 黒田氏は、片膝をついて、俺と同じ視線になると、両手で木の棒を受け取った。

 俺は視線を上げた。


「任された」


 俺の目を見て、重々しく答えられたが、顔が鷹っぽいだけに怖いな。

 そういえば地球の猫って、鷹に勝てるのだろうか? 



 勝つビジョンが思い浮かばんな・・・・・・・・

 


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