第6話 「2時間45分後」
去年のクリスマスイブに引き起こされた『第1次召喚大災害』、及び今年の4月1日に引き起こされた『第2次召喚大災害』の正式な名称はもっとくどくて長い名称だ。
確か、『平成28年12月24日発生の詳細不明、行方先不明の転移災害』みたいな名前だったと思う。
小説や漫画などでは、『誰か』が引き起こす為に『事件』になるが、この『災害』に『誰か』は介在していない。
引き起こしている張本人(ひとではないが)は、過去に繁栄した文明が残した遺跡という推測がほぼ確定している。
2万3千人以上もの『被災者』でただ1人だけ10年間を越える長期に亘ってこの世界で暮らしてから日本に帰還した或る『被災者』が齎した情報が基となっていた。
彼女は民俗学の学者で、時には危険を冒してまで伝承を集めた。
結果は、これまでにも何回も数人から数十人規模の小規模な『召喚』が有ったそうで、そういう集落には伝承も残っていたそうだ。
そして、彼女が最終的に辿り着いた遺跡での出来事が、最重要な情報だった。
そこは、この世界の文明とは隔絶した高度な文明によって築かれた『ネットワークの末端の生きた施設』で、侵入した彼女の質問に答えてくれたそうだった。
或る時代に事故が起こり、採集に出向いていた複数の知的生命体と連絡が取れなくなった。
その文明は救出を諦める事は無く、長期間に亘って救出のチャンスを待つ為に最も効率よく動作する場所にシステムを組み上げたのがこの異世界に残された遺跡らしい。
それらしき反応が有る度に『転移』を行っていたが、『異物』とも言える人間を『転移』した場合に起こる弊害を避ける為にこの世界の生物に『置換』するプログラムが、人間を異形の生物に換えているそうだ。
日本に帰還した『被災者』は、再度の『置換』に耐えうる人間だけが『返還』されていると言う事だ。まあ、時間が経たないと耐性を得れない人の方が多い為に、『返還』の時期がばらけているらしいが。
だが、十万年以上に亘って動作していたシステムも、老朽化によって誤作動を起こす様になった。
その誤作動の結果、大規模に引き起こされたのが2回の『召喚大災害』だった、というのが彼女が齎した情報だ。
しかも、あと数回の大規模『転移』が可能という情報も同時に齎された。
それらの情報を基に、政府が『被災者救済』の為に行ったのが激甚災害指定で、防災対策の為の小冊子の配布だった。
まあ、『行政の危険管理責任における不作為』に対する訴訟対策という事は、『被災者』の家族の俺だから分かる事で、一般にはそこまで浸透していない。
それに、ニホン国から帰還した他の『被災者』の証言から、『3度目の召喚は無い』という空気も有ったのは事実だった。
佐藤先生と黒田氏と一緒に居た3人は生徒だった。
陽翔(はると)君、大翔(ひろと)君、美羽(みゆ)ちゃんの3人だ。
3人の名前を聞いた時には特に気付かなかったが、漢字を聞いた時にはゾッとした。
偶然と言うには揃い過ぎている。
だが、こんな異常事態に巻き込まれる方がもっと有り得ないので、それ以上は考えない事にした。
上半身裸になった黒田氏は、かなり鍛えられた身体をしていた。
訊けば、レスキュー隊所属の消防官(まさしく選り抜きのエリート)で、偶々夜勤シフトで授業参観に来れたそうだ。
背中に折り畳まれている翼はパッと見たところ、ハトや鷹などの本物の鳥に比べて身体との比率は小ぶりに見える。
どう考えても翼だけで飛べるように見えない。
というか、人間の身体と鳥の身体では骨や筋肉や内臓が全く違うから比較する事自体無理が有ると思う。
拙い知識だが、鳥の骨は人間のそれに比べて空洞が多くて軽くなっていた筈だ。そういう骨に入れ替わっていたとすれば筋肉の力に負けて骨折が頻発する事になる様な気がする。
これらの事から、翼だけでは飛べない事は確実で、小冊子でも特殊能力で飛行すると書かれていた。
問題は、黒田氏に本能が教えてくれる状態では無いと言う事だ。
前の2回の『異世界召喚災害』に巻き込まれた『被災者』で鳥人もどきに転生した人間が、どれくらいで飛べる様になったかは書いてなかったと思う。
「さっきも言ったが、俺にはどうやって飛ぶのかは分からない。だが、俺自身の経験と推測からアドバイスをするくらいは可能だと思う。まず最初に、背中の翼が動くか試してくれ。その時に僧帽筋、広背筋、脊柱起立筋あたりが反応すると思う。もしかすれば大円筋あたりも絡んで来るかも知れないが、それだけ鍛えていれば、きっとどの筋肉が翼を動かすのに関係するかは分かり易いと思う」
集中する為だろう。黒田氏は目を瞑って、背中の筋肉を動かそうとした。
色々な筋肉が動く。ちょっとキモい・・・
他のみんなの反応を見てみると、ポカンとした表情だった。
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