第5話 「2時間30分後」


 今の俺の服装は、青いポロシャツとジーパン、それに白いジョギングシューズだ。

 背中には相変わらずスーツなどを背負っているが・・・

 俺のいでたちが変わったのは、他の『被災者』を探しに出掛ける前に孝志君の遺品に着替えたからだ。

 勿論、葛藤は有った。

 いざという時に動き易い服装でないと、生死に係わるから苦渋の決断だった。

 もっとも、孝志君を埋葬した時にそれらを一緒に埋葬しなかったのは、着替える事を前提としていたからだ。

 現実問題で考えると、日本ではありふれていたモノはここでは手に入らないと考えざるを得ない。ごく普通の安い海外製の服でさえ貴重なのだ。

 着替えた後、もう1度孝志君の墓標に寄った。

 外し忘れていた名札を墓標かわりの石に供える為だ。


 政府発行の『「召喚」されてしまった時に注意すべき10項目』によると、『召喚』された『被災者』は、大体2から3㌔くらいの距離に収まる様に偏在して顕現するそうだ。

 だから、小学校の3年B組の教室に居た50人弱全員が『召喚』されたとしても、結構離れて現れている可能性が有る。そう考えると、俺たち親子が固まって放り込まれた事は奇跡的な幸運と言って良い。

 それを裏付ける様にしばらく歩いても3人目の『被災者』は発見出来なかった。

 出発前に小川の水で少しだけ喉を潤したが、そろそろ空腹が我慢出来なくなりつつある。

 今、俺たちが向かっているのは、この草原でポツリと置かれた様に見える赤茶けた大きな岩だ。

 見た目はオーストラリアに在る有名なエアーズロックにそっくりだが、あそこまでは大きくはない。

 目指す理由は、遠目にも目立つからやって来る『被災者』が居るかも知れないし、頂上に登れば遠くまで見通せそうだからだ。

 あと数百㍍というところで、やっと3人目と4人目の『被災者』を発見した。

 いや、よく見たらすぐ傍にも3人居る様だ。

 だが、ゆっくりとしていられる状況でもない事も分かった。


「みんな、ちょっと急ぐよ。誰かが襲われている」


 真っ先に反応したのはかえでだった。

 俺の言葉を聞いた瞬間に駆けだしていた。

 追い掛ける様に、水木みずき京香きょうかちゃんも走り出したが、結局最初に辿り着いたのは俺だった。

 襲っているのはトリケラハムスターだった。

 佐藤先生の服装を身に付けた、鷹に似た頭をした『被災者』と、同じ頭のスーツ姿の『被災者』が2人がかりで細い木の枝を振り回して追い払おうとしているが、実際は突進を躱すだけで精一杯だ。


 3人の子供たちには少し離れた場所で待機して貰って、俺は『マジカルミラクルブレス』・・・ 長いから『ブレス』に縮める、を吐く準備に入った。

 1度経験したからか、すぐに発射可能になった。

 突進して来た上にジャンプして体当たりをしようとしたトリケラハムスターを、2人が何とか躱した瞬間に『ブレス』を放った。

 威力は抑え気味の方だ。 

 こっちは長時間吐けるので、『ブレス』が外れても狙いをそのまま調整出来る利点が魅力だ。

 顔の前の『力』は、『被災者』捜索中に行った何回かの試射で、『ブレス』の増幅機関と最終収束機関を兼ねている事も分かって来ていた。

 俺が放った『ブレス』はトリケラハムスターの5㌢上を薙いだが、ヤツの着地点に先回りをする様に収束を偏向させる。

 そこに当たりに来たかのようにヤツが飛び込んで来た。

 『ギィギャ』と聞こえる鳴き声と共に、ヤツの身体に斜めの線が描かれた。

 自分の身体に損傷を負わせた相手を探すように顔を振ったヤツが、俺に気付いた。

 突進の目標を俺に切り替えたのだろう。

 さっきまで戦っていた2人には目をくれずに一直線にこっちに突進して来た。


 1度見た攻撃が通用する筈もなく、ヤツは『マジカルミラクルクロー』、これも『クロー』でいいな、を首筋に受けて死んだ。

 死んだ事を確認していると、背中の方から女性の声で声を掛けられた。


「田中君、無事で良かった・・・」


 と同時に、後ろから抱き締められた。


 俺の苗字は田中では無い。

 ただし、『たなか』と書かれた名札はごく最近見たばかりだ。 



 その名札は、孝志君の墓標に供えられている・・・・・




「佐藤先生、私は田中孝志君ではありません。宮井楓と水木の父親の隼人です。残念ながら孝志君はもう・・・」


 俺の言葉を聞いた佐藤先生が身体を引いた。絶句しているのが分かった。

 そのタイミングで楓が佐藤先生に抱き付いた。


「先生も無事だったんだ! 良かった!」


 少し遅れて、水木と京香ちゃんも先生に抱き付いた。

 教室で見た佐藤先生は20歳代の半ばに見えたが、彼女は子供に懐かれている様だ。授業参観の時もホンワカとした雰囲気が教室に漂っていたな。

 小学低学年と言えども最近は色々と大人びた子供が居るから昔よりも大変だろうに。


「宮井さんと言ったかな? それではその服はどうした? と訊いて良いかな?」


 さっきまで佐藤先生と一緒に戦っていたスーツ姿の男性が、俺を険しい顔で見ながら訊いて来た。

 確かに、他人が見たらおかしいと考えるだろう。俺が彼の立場でも疑念を抱くだろう。

 そして、カッターシャツの首元のボタンを外してネクタイを緩めるだけで済ませている彼の顔を真正面から見た。

 政府発行の小冊子に載っている種別に同じ特徴の種別が居た。その種別なら背中の翼が圧迫されて辛いだろうに・・・・・


 遠目に鷹の様な頭と思った事は正しかった。

 目元と黒目と白目が大きい真ん丸な目は鷹に似ている。鷹に似たくちばしも生えているが、それは空気抵抗を減らす為に発達した鼻の一部で、くちばしもどきの下には人間の口と顎が存在している。

 耳は見当たらないが、羽毛に覆われた側頭部に有る筈だ。

 そして、1カ所に固まっている3人にも視線を送る。

 全員が同じ鳥系の種族に転生していた。


「孝志君は残念ながら発見した時にはもう亡くなっていた。衣服と靴は周囲に脱ぎ捨てられていた。身体が転生に伴って大きくなったので苦しくて脱いだのだろう。彼を弔った後、『召喚』に巻き込まれた他の『被災者』を探す為にその場を離れたが、自分が着ていた衣服や靴はサイズが合わない為に行動が阻害されるので借りている。信じられなければ、娘たちや京香ちゃんに聞くと言うのも良いだろう」

「うん、お父ちゃんの言う通り、孝志君はさっきの角付きのハムスターに殺されていたよ。ちゃんと、4人でお墓も作ったよ。もっと早く探せていたら、助けられたかもしれないのに・・・ 佐藤先生、ごめんなさい」


 楓が助け船を出してくれた。

 佐藤先生が向き直って、楓たちを抱き締め返した。

 スーツ姿の男性は楓に視線を移した。しばらく眺めていたが、こちらに視線を戻して、目を閉じた。

 数秒間、瞑目した後で、彼は俺の目を見詰めて話し出した。


「済まない。謝罪する。孝志君は隣の家の子で、娘と幼馴染なんだ。孝志君の親が授業参観に来れなかったから、親の代わりに見つけ出して保護して上げたかったのだが・・・ 自己紹介が未だだったな。俺は黒田和也だ」

「謝罪を受け入れる。さっきも言ったが、宮井隼人だ。それで娘さんは?」

「まだ見付けていない」

「上空から探さないのか?」

「上空?」


 どうやら、彼は小冊子を読んでいない様だった。

 自分が転生した種族の能力を全く知らなかった。


「黒田さんが転生した種族は空を飛べる筈だ。ただ、翼は補助みたいで、魔法が揚力やらなんやらを発生させると政府の小冊子に書かれていた」

「小冊子? ああ、そう言えば家に有ったが、読んでいなかったな」

「俺たちは森の近くから小川を越えて、真っ直ぐ西に歩いて来た。空からならもっと広範囲に探せる筈だ」


 俺の言葉に黒田氏は上空を見た。

 そのまま、数秒間動かなかったが、俺に視線を戻した時には途方に暮れているという雰囲気が醸されていた。


「どうやって飛ぶか知っていれば教えて欲しい」


 いや、俺に訊かれても分からないのだが・・・・・

 強いて言えば、まずは服を脱いでもらおうか。

 服を着たままでは背中の翼を広げる事も出来ないからな。



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