第4話 「1時間55分後」
そこに俺の本能が教えてくれる事を重ねれば、猫もどきの生態がある程度推測出来るし、今後の事も推測が出来る。
まず、猫もどきは食物連鎖の上位に居る可能性が高い。常に肉食動物に狙われている草食動物は生まれてすぐに立ち上がろうとする。のんびりとしていると食べられるからだ。
それに対して百獣の王と呼ばれるライオンの赤ちゃんは1週間くらいは目さえも見えない。
俺の本能も狩る事に関しては雄弁だが、逃げる事に対する本能が少な過ぎる。
次に、戦力として考えられるのが俺だけという事。
楓も水木も、現時点では自分の種族の武器を把握していないし使えない。
京香ちゃんも性格的なものも有るから期待が薄い。
猫もどきは成長しても大きくならない。
この事はハンデとなる。大きい方が有利な事が多いからだ。
猫もどきはどうやら他の種族とは違う『力』を手に入れて生き残って来た様だ。
今、俺が出した不可視の爪は、ナイフ並みに鋭いし、頑丈だ。
肉食動物が備える生身の爪よりも遥かに武器としては上のランクと考えて良い。
ちなみに、俺のズボンのポケットに入れているマルチツールは本来持ち歩く様なものでは無い。
実際に使ったのは家族でキャンプに行った時だけだ。
家を出る時に持って行く方が良いと何気なく思ったからポケットに入れただけだ。学校に着くまで職質されたら不祥事を起こす所だったが、虫の知らせだったのかもしれない。
まあ、こういう状況では、心強いのは事実だ。
そして、マルチツールには刃渡りが5㌢台の刃物部分が付いているが、俺が今出している不可視の爪の長さは20㌢は有る。
確か、あの熊でさえ爪の長さは10㌢程だった筈だ。
正直、この爪は生身で戦う場合は反則と言っても良いくらいの武器となる。
さてと・・・・・
もう1つの武器を試してから被災者の捜索に移る事にしよう。
自分が出来る事を確認する事は重要だが、遅くなればなるほど危険に晒される児童たちの事を考えると時間を掛け過ぎるのも良くない。
「3人とも、そこから動かないでいてくれるか? ちょっと危険かもしれないからね」
「お父ちゃん、危険て、何するの?」
楓がすぐに突っ込んで来た。
滑らかに喋られる様になったが、本来の声では無い為にちょっと不思議な気分だ。
まあ、元の声より少し高いくらいで聞き苦しくないから構わないけど。
いや、きれいな声と言って良いか? すぐに慣れそうだな。
「それは見てのお楽しみだよ」
「えー。お父ちゃんのケチ!」
地味に精神的なダメージが・・・
もう一度念押しをしてから、3人に背を向けて誰も居ない方を向いた。
標的が在った方が集中し易い気がしたので、50㍍先に落ちている直径1㍍位の丸っこい岩に視線を固定する。
顔の前に『力』が満ちる様に本能の命じるまま集中力を上げる。
十分に『力』が満ちたと判断する前に、腹の底に何かが発生した事に気付いた。
熱くは無い・・・
気が付くと声も出さずに吼(ほ)えていた。
何かが食道で発生し、喉の奥で変換され、口から吐き出されているのを感じる。
熱くも眩しくも無い。
だが、確かに何かが岩に当たっている。それが証拠に赤い点が岩の上で踊っている。当たったところに沿って煙が出ているが、相変わらず俺自身は熱いと思わない。
1秒か2秒か・・・
更に、これまで以上の『力』が食道に満ちて、一気に放出された。
気が付くと口を閉じていた。
猫もどきに転生したと思ったら、俺は得体の知れない生き物に転生していた。
常識的な生物がドラゴンブレスもどきを口から放てる筈が無い。
岩は直径30㌢くらいにヒビが入って、中心には深さ5㌢くらいの窪みが出来ていた。
完全に人間を辞めている・・・・・
俺は、自分が放ったドラゴンブレスもどきに近い攻撃をする生物を知っている。
地球で一番有名な異世界の生物だ。
罠で生捕ったソイツを持ったまま、異世界から帰還した『被災者』が居たのだ。
一般的には『ユニコーン』と呼ばれている。トリケラハムスターに近い種みたいだが、正確なところは不明だ。なんせサンプルが1匹しか居ないのだ。
サイズは30㌢程しか無く、呼び名の通りに角は1本だ。
『被災者』の聞き取り調査では、その角には強力な薬効が有り、こっちの世界ではとんでもない高値で取引されているそうだ。
研究の為に、薄い銅板で出来た罠から出された途端にソイツは四方八方に何かを発射した。
保護された『被災者』が危険性を伝えていなければ、負傷者が出ていたかもしれないほどの威力を持った攻撃だった。
そして、その時の映像は全世界に公開された。いや、公開せざるを得なかったと言える。
国民に犠牲者が出ている当事国とはいえ、日本だけで抱えるには余りにも情報の価値が大き過ぎたのだ。
「お父ちゃん、すごおぉぉい! まるでシン・ゴジ〇みたい!」
楓が跳び上がって、俺の背中に飛び乗って来た。
身長がほとんど変わらない為に、踏ん張り切れずに2、3歩前に押されたが、何とかそこで踏みとどまった。父親の威厳的にも危ない所だった。
「おとーちゃん、いつの間にそんな魔法をおぼえたの?」
水木も控え目に飛び付いて来た。
正直、同じくらいの体格の2人を背中に乗せるのは無理だ。遂に潰れてしまった。
「あ、ごめん」
「ごめんなさい! けがしてない?」
「ああ、大丈夫。さすがにこの身体だと2人を背負うのは無理みたいだ」
地球に居た頃は、しょっちゅう背中に飛び乗られていたので、娘たち的には自然な行為だが、残念ながら今の俺の身体では受け止める事は不可能だ。
娘たちにばれない様にスクワットや器具を使って背筋を鍛えていたが、無駄になってしまった。
そんな俺たちの様子を驚いた様な顔で見ていた京香ちゃんが、しばらくすると恐る恐る声を掛けて来た。
「楓ちゃんと水木ちゃんのお父さん、今のはなんですか?」
何と答えればいいのだろう?
正直なところ、俺にも分からない。本能に従った結果、出来ただけだ。
ただ、この異世界には地球には存在していなかった元素がゴロゴロしている事は政府も認めていた。
『被災者』の身体自体は帰還と共に元に戻ったが、身に付けていた服や道具は異世界での組成そのものが持ち込まれていた。
その素材を政府は兵庫県に在る『SPring-8』で徹底的な調査をしている最中だ。
全貌は遥か彼方だが、1ヶ月前に公表された中間発表は世界を熱狂の渦に叩き込んだ。
気の早いマスコミは『伝説の鉱物オリハルコン発見か!?!』とか、『短剣にミスリル含有が判明!』とか、センセーションに煽った。
地球では空想でしかなかった『魔法』を現実に使った『ユニコーン』の研究と並んで、最も注目されていて、将来のノーベル賞を左右する研究と言って良いだろう。
俺の放ったドラゴンブレスもどきも、未知の現象の1つとしか言えないと言うのが正直なところだ。
だが、子供の素朴な疑問を軽く見て適当に答えれば、悪影響は意外と後に響く。
そういう素朴な疑問こそが、大人を残酷なほどに試しているという事を世間の親は軽視し過ぎだ。
だから、俺は全力で考えて答えた。
「マンガやアニメの主人公が使う必殺技みたいなモノと思っておいて」
誰か、俺を慰めてくれ。
自分の感性がこんなに貧弱だと思わなかった・・・・・
穴を掘って引きこもりたい・・・・・
そんな俺を放置して、3人は真剣に必殺技の名前を相談していた・・・
5分後にやっと、俺たちは出発した。
必殺技の名前は、『マジカルミラクルブレス』に決まった・・・・・
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