第12話 妹と災難
妹は頭の回転が速く、要領が良かった。運動神経も優れていて、快活な性格。よく大人たちから可愛がられていた。
しかしなぜか毎回、本人の資質とは無関係なところで、災難に遭っていた。
近所に住む子ども同士集まって、外遊びをしていたときのこと。
突然、四頭の野良犬が乱入してきた。揃って凶悪な面構えをしている。「ヘッヘッヘッ、人間の子どもなんて簡単に噛み砕いてやるぜ」と喋りだしそうな雰囲気だ。
自分たちは脱兎のごとくその場から駆け出した。事前に打ち合わせなどしていなくとも、逃げる方向は一緒だった。その中でひとり、妹だけが反対方向に走っていった。
野良犬はすべて、妹を追っていってしまった。
慌てて大人を呼びに走り、妹を探しに戻った。妹はどこかの家の畑に踏み入った状態で、ひとり泣きじゃくっていた。
畑は肥料として糞尿をまいたばかりだったらしく、周囲はひどい臭いに満たされていた。妹は糞尿に足をとられ、身動きできないでいるのだった。野良犬は妹が畑に逃げ込んだ時点で、あまりの臭さにしっぽをまいて退散したという。
とにかく、妹が犬に噛まれずに済んで良かった。
大人たちの手によって、妹は畑から引っ張り上げられた。生還直後の妹はものすごく臭かった。
その後も妹は貧乏くじを引き続けた。
ザリガニ釣りに行けば、ひとり足を滑らせてどぶ川に落ちた。このときも子どもだけで遊んでいたため、助けようにもうまく助けられず、しかし偶然にも通りかかったどこかのおじさんの手によって、妹は岸へと引きあげられた。頭から足先までヘドロまみれになっていたものの、無傷だった。そしてやっぱり生還直後の妹は臭かった。
庭のトランポリンで近所の子らと遊んでいたところ、頭セロハンテープ叔父が顔を出した。
子どもがトランポリンから跳びあがると、叔父はタイミングを見計らい、ちょうどいい力加減で、その背を押してやる。背中を押された子どもは、叔父の力が加わることにより、空中でちょっぴり横移動ができて、これがなかなかに楽しかった。
「次、わたしも押して!」「次は俺!」と、みんなこぞって叔父に押されたがった。叔父はすっかり気を良くして、どんどん子どもの背を押した。そして妹の番になったとき、叔父は力加減を誤った。妹はトランポリンの外へと投げ出され、頭を打って病院に運ばれた。トランポリンは父がどこかのスポーツ施設から譲ってもらってきたもので、かなりの高さがあった。
病院での検査の結果、何も異常はなく、妹はその日のうちに笑顔で帰宅した。父は叔父をボコボコにした。
八歳の誕生日が近付くと、妹はジャッキーにプレゼントをくれるようねだった。人懐こい妹は、同じく人懐こいジャッキーとウマが合うようで、よく遊び相手になってもらっていた。バーベキューでは羽目を外すジャッキーも、普段は異常にテンションが高いだけで、特に危ない人ではなかった。
「シルバニアファミリーの森のおうちが欲しい」という妹。ジャッキーはヘラヘラと笑いながら、「オッケー、オッケー」と頷いていた。その顔を見て、自分は確信した。ジャッキーは絶対わかっていないだろう。
後々、流暢な日本語を話すようになるジャッキーだったが、この頃はまだだいぶ日本語の理解があやしかった。
妹は雰囲気で察したようで、ジャッキーにシルバニアファミリーの森のおうちが載っているチラシを見せに行き、「これだからね。いい? わかった? 間違えないでよ?」と念押した。
ジャッキーは相も変わらずヘラヘラと笑いながら「オッケー、オッケー」
妹は周囲に「誕生日にシルバニアファミリー買ってもらうの」とふれまわった。誕生日当日、妹はジャッキーからガチャピンのぬいぐるみをもらった。
ちなみに翌月には自分が誕生日を迎えたのだが、ジャッキーからのプレゼントは水ようかんだった。
妹がすごいのは、どんな災難に見舞われようと、思い描いたとおりに物事が運ばなくとも、決してクヨクヨしないところだった。大抵のことは、笑って受け入れてしまう。
小学生の頃、母が自分たちへ選んでくる服は、派手で一風変わったものが多かった。母の恰好自体、周囲から浮いていた。基本スタイルはミニスカに網タイツ、足元はピンヒール。髪はほとんど白に近い金色の染め、メイクには紫のアイシャドーと真っ赤な口紅を欠かさなかった。
自分は母の選ぶ服が苦手で、毎回文句を言っては、母を激怒させた。一方妹は、おとなしく母の選んだ革ジャンやら昇り龍の刺繍が入ったジャケットやらを受け入れ、着ていた。
あるとき、母が黒のレザーショートパンツを買ってきた。
「いいでしょう? あんたたちのどっちか、これ学校に穿いていく?」
「穿かない」
自分はすぐに拒絶した。
通っていた田舎の小学校では、ほとんどの児童が上はジャージかトレーナー、下はデニムかコットンパンツという恰好だった。そんなところへレザーパンツなんてハードなもの穿いていけば、どんな陰口を叩かれるかわかったものじゃない。
翌日、妹は母に命じられるままレザーパンツを穿いて登校した。どんなときも従順さが売りの妹だった。
その日のうちに、妹のあだ名は「B'z」になった。
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