第8話 洗濯機ダダダッ!

 大家族だったので、電化製品の消費速度がハンパなかった。

 特に使用回数の多かった洗濯機、掃除機、炊飯器、電子レンジなどはすぐに壊れ、幾度となく買い直していた。


 自分が小二のとき、例によって洗濯機が壊れた。脱水をかけると、走り出すようになった。

 振動に合わせてリズミカルに走る洗濯機は、なんだかとても楽しそうに見えた。

 しかし、コードの長さ以上の距離を走ると、電源が抜けて動かなくなってしまう。この問題は、延長コードを使ってサクッと解決し、脱水自体もちゃんとできているということで、買い直すのはしばらく見送ることにした。幸い、洗濯機の前には氏が走り回れるほどのスペースがある。脱水が終了すると、毎回父か祖父が洗濯機氏を抱えて、元の場所に戻した。


 走る洗濯機の話を、自分は最近友達になったばかりのKちゃんに話した。Kちゃんは思いのほか興味を示し、走っているところを実際見てみたいと言った。

 Kちゃんを自宅に招くのは、抵抗があった。


 家の近所は農家ばかりで、周辺には田畑が広がり、オールシーズン年寄りたちが野良着でうろうろしている。一方のKちゃんは、去年できたばかりの住宅街にある、おしゃれな家に住んでいた。いつも可愛い服を着て、ひとり部屋を持ち、喋り方や仕草などには清潔感が漂っていた。

 Kちゃんが我が家の惨状を見たら、ドン引きするに違いない。

 自分はそう恐れ、のらりくらりとうちに来たがるKちゃんをかわし続けた。しかしKちゃんはその可憐な外見に反し、押しが強かった。

 結局、Kちゃんを招く約束をしてしまった。


 Kちゃんが遊びに来るという日。

 自分は彼女を案内するルートを、頭の中でおさらいした。

 まずは庭の状態を、Kちゃんに見せてはいけないと思った。家の庭には薄汚い犬と、祖父が飼育する鶏と七面鳥と鴨とうずらがいる。臭い。慣れていない人に、この臭いは相当きついだろう。

 すぐ横のガレージでは叔父と柄の悪い友人たちがたむろして、大音量で音楽をかけながら、車やバイクをいじくっている。

 縁側では祖父母の茶飲み友達が集まって、しょっちゅう「かぁぁぁっぺっ!」とそのへんに淡を吐きまくっていた。中には植え込みの陰で立ちしょんをはじめてしまうじいさんなんかもいた。

 庭の中央では、仕事をさぼった香港人たちが上半身裸で、キャッキャとボール遊びしていて、隅には祖父が午前中のうちに絞めた鶏の死骸がぶら下がっていたりする。

 この様子を見せたら、Kちゃんはきっと自分と距離を置くだろう。

 

 自分はKちゃんを玄関からではなく、奥の土間からこっそりと家の中へ招き入れることにした。

 そこから先、洗濯機までの最短ルートには、野良猫がおしっこをかけまくるせいで激臭を放ち、床板の腐った廊下が立ちふさがる。そこで一旦、祖母の衣装ケースが詰め込まれている部屋に通し、そこから居間を経由して、洗濯機の前まで案内するというルートを選択した。Kちゃんには一メール近い段差を越えてもらう必要ができてしまうが、猫のおしっこ廊下よりはそのほうがマシだろうと判断した。


 約束の時刻が近付くと、近くの横断歩道まで出て行って、Kちゃんを待った。Kちゃんが現れると、予定通り土間へ案内した。

 土間は普段から家族の出入りが少なく、静かで、家の中ではわりと片付いているほうだった。

「ごめんね、古い家で……」

 などと言いわけしながら、Kちゃんを土間から上がらせようとした。そのとき、隅で何か動くものがあった。よくよく見れば、祖母が薄暗い土間に座り込んで、鶏の死骸から羽をむしり取っている。


 祖母の姿に気付いた瞬間、Kちゃんの顔が凍り付いた。

 鬼気迫る表情で、むしったばかりの羽をちらしていく老婆。その傍らには、なぜか包丁も転がっている。ビジュアル的にかなりやばいものを感じる場面だった。まごうことなき山姥だった。

 しかしKちゃんはすぐに笑顔で「こんにちは。お邪魔します」と山姥に挨拶してくれた。Kちゃんはとてもお育ちがよろしかった。


 足早に土間を後にし、描いていたルートでKちゃんを洗濯機のところまで連れて行く。

 洗濯機の前ではちょうど、猫がヘビを食っていた。


 ねっちゃくっちゃと音を立て、必死の形相でヘビを呑み込んでいく猫。この光景を見たKちゃんは今度こそ「ギャアァァァァ」と叫び声を上げ、逃げだした。驚くべき速さで居間を抜け、段差を飛び下り、祖母の衣装ケース部屋を通って土間に下りると、ろくに靴も履き終わらないうちに表へ飛び出していった。

 そのまま、Kちゃんは戻ってこなかった。


 その後、Kちゃんは自分を避けたりもせず、普通に接してくれた。少し日にちを置いてから、再び家に遊びに来てくれた。そうして走る洗濯機を見て、五分間くらい笑い転げてくれた。

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