第6話 バーベキュー~悪魔の宴~

 父は夏になるたび、友人や仕事仲間などを家族ごと招待して、庭でバーベキューを開いた。社交的な父は、交友関係が広かった。そのためバーベキューには毎年、大人数が集まった。


 家族総出で、朝からせっせとバーベキューの準備をする。

 夕方になると、重低音を響かせながら、続々と車高の低い車が庭に乗りつけてくる。全員、叔父の友人だ。驚異のタンクトップ率。

 それから父の友人家族なんかも到着して、バーベキュー会場は賑やかさを増す。

「ほら、おめえらは遊んでろ!」と父が言うので、自分と妹は、今年が初対面の子どもと何かして遊ばなければいけなくなる。とりあえず祖父の鳥小屋や庭の隅につながれた小汚い犬なんかを見せに連れて行き、時間を潰す。なかなか気まずい。早く肉焼きはじめないかなと思う。


 そうこうするうち、バーベキューがスタートする。子どもには優先的に肉が回って来るので、ガツガツ食べる。母の作った二升ぶんの塩むすびが、一瞬でなくなる。グリルの上には、肉と野菜が敷き詰められている。隣の鉄板では、信じられないくらい大量の焼きそばが炒められている。

 大人たちはみんなほどよく酔って、大きな笑い声をあげている。子ども同士も打ち解けてきて、やかましくおしゃべりする。


 さて、ここまでは見た感じ柄の悪い連中の集まりではあるが、至って普通の、平和なバーベキュー風景だ。

 

「そろそろ花火しに行こうぜ」と誰かが言う。いよいよ悪魔の宴のはじまりだ。毎年これを経験している自分と妹は、瞬時に身構える。

 

 男連中が花火を持ち、揃って移動を開始する。子どもたちは全員、その後に続く。母親連中はやれやれこれでうるさいのがいなくなるといった顔で、「うちらここで飲んでるから、子どもたちの面倒お願いねー」とすっかり女子会モードだ。年寄り連中はこのときすでに解散している。


 花火をする場所は、毎年決まっていた。

 庭にはもう花火をするだけのスペースが残っていないので、少し歩いた先にある、十字路へと向かう。そこは周囲をぐるりと田んぼに囲まれていて、車の通りもない。近くに民家もない。多少騒いでも、咎める人がいない。花火を楽しむのに、うってつけの場所だった。


 十字路まで歩く道すがら、今年がこの宴初参加という子どもたちは、浮足立っている。みんなヤンキーの親に育てられているとあって、威勢がいい。

「俺、ロケット花火手で持ってやったことある」「俺も、手で持っちゃいけないやつ、普通に持ったままやった。熱くなかった」などと謎の自慢を繰り広げながら、タンクトップにハーフパンツ、足元はビーサンという格好で歩いている。

 彼らの言葉を聞き流しながら、自分は内心「馬鹿め……」と白けた笑みを浮かべている。そんな軽装備で、ここから先無事でいられると思うなよ。


 十字路に到着し、最初こそ普通に手持ち花火なんかを楽しんでいるが、実はすぐそこまで悪魔の宴の気配は迫っている。自分と妹は田んぼの縁に入って身を低くし、来るべきときに備える。このとき、あまりにも小さすぎる子は危険なので、一緒に避難させておく。男の子たちにも「危ないからこっち来ておいたほうがいいよ」と声をかけるが、鼻で笑われる。「は、怖くねえし」などと言い返される。


 まずはお調子者のジャッキーが奇声を上げる。

 ジャッキーは香港人で、あまり日本語が得意ではない。少し前から父は香港の会社と仕事するようになっていて、その関係で数人の香港人を雇い入れていた。ジャッキーはそのひとりで、一番父に懐いていた。

 

 ジャッキーの声をきっかけに、みんな俄然テンションを上げる。叔父の友人たちが「フォー!」とか「フゥー!」とか声を上げ、あっという間に狂乱が巻き起こる。

 火がついたままの手持ち花火を振り回し、放り投げ、ロケット花火の打ち合いがはじまる。周囲は煙に包まれ、視界がせばまる。その中で、耳のすぐ横をかすめるロケット花火は、尋常じゃない恐ろしさだ。

 この時点で、酒の入った男連中は子どもの存在を忘れている。だから、遠慮がない。ありとあらゆる花火に火をつけては放り、火をつけては放り、もう花火ではなく手榴弾の様相。

 火の玉が飛び、火の粉が舞う。煙が目に染みて、涙があふれ出る。酔っ払いたちの高笑いが響き渡る。さっきまでいきがっていた男の子たちはことごとく狂乱に巻き込まれ、火と煙の中を右往左往、泣き叫んでいる。

 これが毎年自分らが恐れる、悪魔の宴だった。


 最初の段階で、田んぼの縁に避難しておくという術を見つけるまで、自分も妹も毎年この宴の被害にあっていた。だいたいがかるい火傷だったが、一度、足の指に花火を落とされた年には、秋になるまでじくじくと痛みが続き、本当にしんどかった。


 そもそも「花火をやろう」と言われてもついて行かず、バーベキュー会場に残るという選択もあるにはあったが、ノリの悪さを嫌う父によって阻止された。

 父曰く「おめえ、ふざけんな! 空気壊すようなことすんじゃねえよ!」

 このとき自分は、父との方向性の違いを強く意識した。


 父の言葉を跳ねのけ、花火について行かなかったとしても、今度は母親連中の空気を壊すことになってしまう。母たちは、夫や子どものいないところで女同士飲みたいのだ。しばし母親であることを忘れたいのだ。ひとりでも子どもが残っていたら、それができなくなってしまうのだ。

 

 だから自分と妹は毎年、悪魔の宴に臨み続けた。そして毎年なんとか生還し続けた。


 煙幕が薄まり、持ってきたすべての花火が尽きると、宴は終了だ。

 小さな子たちを連れて、田んぼの縁から這い出る。大人たちはまだ笑ったり騒いだりしているが、いくらか冷静さを取り戻し、ちゃんと後片付けをして帰り道を辿りはじめる。自分らは無言でそれに続く。歩きながら、怪我人がいないことを目視する。

 行きはおしゃべりだった男の子たちは、帰るときにはすっかりおとなしくなっている。狂乱の中を逃げ惑ううち、擦り傷くらいは作ったのだろうが、それより精神的ショックのほうが大きいようだった。

「来年の花火は、うちらみたいに田んぼに隠れておいたほうがいいよ」

「ううん、もうおめえのうちなんか来ねえよ」

 翌年、この日のことをすっかり忘れた彼らは、懲りずにバーベキューに顔を出して、昨年同様に宴に巻き込まれることとなった。


 花火もしたことだし、これでバーベキューもお開きかと思うが、実はまだ大仕事が残っている。べろんべろんに酔っぱらった母を、みんなで玄関まで引っ張っり入れるのだ。

 そうしてようやくバーベキューは終わりを迎えるのだった。

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