第3話 ヘビヘビ・パニック 後

 家のどこかに、巨大なヘビがいる。

 不穏な空気が漂う中、ひとまず安全なことがわかっている居間に家族全員身を寄せ、過ごすことにした。電話や来客などは、居間から続く事務所で対応した。その他の場所は、すべて危険とみなした。食事は店屋物を頼み、水は外の水道から飲んだ。トイレについての問題は、それぞれ工夫してなんとか切り抜けた。


 夏休みの一日。

 時間の流れがあっという間に感じるほど、それは本来楽しい季節であるはずだった。

 しかしこの日ばかりは、いやに時計の針の進みが遅い。

 じりじりと、父か叔父の仕事が終わるのを待った。

 やがて日が傾き、続々と男連中が帰宅した。父と叔父二人、さらには母方の伯父まで加わり、四人がかりでの捜索がはじまった。


 家のあちこちから、物を移動させる音が響いた。どうやらしらみつぶしにヘビを探す作戦らしい。

 残された時間はわずか。

 夜までにヘビを探し出さなければ、今夜の寝床が確保できない。どこからヘビが出現するかもわからない状況で、おちおち布団になど入っていられるはずがない。このままでは最悪、夜は家族全員居間で雑魚寝だ。


「こっちにはいない」「そこどかせ! そういう隙間が怪しいんだ!」

 居間で吉報を待ちながら、父や叔父たちの上げる声を聞いていた。


 しばらくすると、青白い顔をした伯父がひとり、居間に現れた。そして自分や妹に、

「おまえら、食器棚にヘビのおもちゃ入れたか?」

 と訊いてきた。

 自分らはそろって首を横に振った。ヘビが苦手なのに、ヘビのおもちゃで遊ぶはずない。そんなもの持っていたくもない。

 

 自分らの反応を見て、伯父は

「マジかぁ……」

 とため息をついた。

「じゃああれ本物かよ。俺らあれ捕まえなきゃいけねえのかよ。すっげえでかいんだけど」


 レゲエとスイーツが大好きで、年中ハッピーな伯父も、このときばかりは深刻な顔をしていた。



 ヘビは食器棚の引き出しの中で見つかったらしい。

 少しすると「捕まえたぞー」という父の声が居間に届いた。

 自分らはそれで安堵の息をついた。

 これでようやく、ヘビの恐怖から解放された。今からは普通に家の中を歩けるし、トイレにも行ける。風呂にも入れる。万歳。


 だが、恐怖はこれで終わりじゃなかった。


 ふと居間の掃き出し窓から外を見ると、巨大なヘビを抱えた叔父が、にやにやしながら庭に立っていた。

 もう見ることはないと思っていたヘビを見せつけられ、母が悲鳴を上げた。そして全員、居間の中を逃げ惑った。一番持たせてはいけない人の手に、ヘビが渡ってしまった。


 ヘビを抱えたこの叔父は、盗んだバイクで走りだした末に警察の御厄介になるような人で、普段から頭のネジが二、三本抜け落ちた言動をみせた。そもそも叔父の頭はネジ留めなんかされていない。叔父の頭をつなぎとめているのは、セロハンテープだ。ペラペラのテープで、かろうじて頭の形を保っているようなものなのだ。


 叔父は怯える自分らの顔を見て、悪魔的な笑い声を上げた。そして、ヘビを居間に投げ込もうとするような素振りをした。あくまで振りだったが、この叔父なら本当にやりかねないという怖さが、自分らを震え上がらせた。

 それからしばらくの間、叔父は家族を脅かし続けた。ヘビとともに踊ってみたり、振り回したヘビでペチペチと居間の窓を叩いてみたりと、意味不明の行動をとりはじめた。

 その後、飽きた叔父が土手にヘビを放しに行って、騒動は終息した。すでに日が暮れていた。

 今からごはんの支度をはじめて、食べられるのは何時になることだろう。

 全員、疲れきっていた。


 そのとき、昼間からずっと姿の見えなかった祖父が、屋台のラーメン屋を引き連れて戻って来た。祖父はこうなることを予見して、ラーメン屋の店主に交渉しに行っていたらしい。どうか今晩はうちの庭で営業してくれないかと。


 家族全員庭に集まって、ガレージから適当に引っ張って来た折り畳み椅子やビールケースなんかに座り、屋台のラーメンをすすった。

 ヘビを使って家族をもて遊んだ叔父は「そういえば俺、今日バイトくびになったんだった」と言ってラーメンを四杯食べた。

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