第2話 ヘビヘビ・パニック 前
なんの計画性もなく増築を繰り返した、つぎはぎだらけの古い家に、大家族で住んでいた。
家には日々、天井の穴から、壁の隙間から、様々な生き物が侵入してくる。
ネズミやゴキブリなど駆除しようにも数が多すぎて、どうにもできない状態だった。だから今さら気にしない。
一番警戒すべきは、ヘビだった。
夏の朝、家中に響き渡る母の悲鳴で、家族は飛び起きる。ヘビが出たのだと悟る。
ヘビとの遭遇率は、母がダントツだった。
母は大のヘビ嫌いだ。その影響で、自分も妹たちも、ヘビが苦手だった。
ヘビの何が苦手なのか。
それは見ていても、どうにも奴らが何をしているのかわからないというところだ。
例えば廊下の角を曲がった瞬間、家に侵入してきた野良猫とばったり出くわしたとする。すると猫は血相を変えて逃げるか、あるいは人懐こいタイプだと、向こうから近付いてくる。さらに図々しいタイプとなると、まるで飼い猫気取りでそのままくつろいでいたりする。
逃げる、近づく、くつろぐ。猫はわかりやすい。野良犬も同様だ。
ネズミは見かけるたび、忙しく動き回っているから、奴らは奴らで何か仕事的なものを抱えていそうな感じだ。
ゴキブリは見るたび、何か食っている。
やっぱり何をしているのか、パッと見ただけでわかる。
しかしヘビだけはわからない。
だいたいいつも家人の移動を邪魔するように廊下に居座っていて、そこから特に何も行動しない。「おまえたちは一体うちに何をしに来ているのだ」とヘビに問いたい。どうせ来たのなら、ネズミの一匹でも退治していってくれればいいものを、そんな素振りは一切見せず、のんべんだらりと家に居続ける。その間、ヘビより向こうは立ち入り禁止状態だ。これがなかなかに不便だった。ヘビの向こうにトイレがあった場合などは、己の排泄欲求との熾烈な争いが巻き起こった。
どうにかしてあの長い胴体をむんずと掴んで、家の外へ放り投げられないか。
そう考えることもあった。
それができたら、さぞかしせいせいするだろう。
だが自分に、そんな勇気はなかった。
侵入してくるヘビは、灰色がかった鱗が特徴の、アオダイショウと呼ばれるタイプだった。これがもっとピンクとか黄色とかのポップな見た目をしていたら、もしかしたら手で掴めたかもしれない。だけどアオダイショウだけは駄目だ。色合いが禍々しすぎる。おまけにアオダイショウはやたらとでかい。こちらは所詮、子どもの細腕だ。本気でやりあったら、負ける気がする。
というわけで家の中でヘビを見つけたとき、捕まえて、家から離れた土手へと放しに行くのは、父か叔父の仕事となっていた。
まずは母が悲鳴を上げてヘビの侵入を教える。その際、父か叔父が在宅だった場合は、速やかに駆けつけ、捕獲する。これが理想的なパターン。しかし大抵の場合は、父も叔父も不在のときにヘビは侵入してきた。そうなると家族は無力にもその存在に怯えながら、彼らが帰宅するのを待つのだった。
小三の夏休み。
自分と妹はコーンフレークを食べるため、早起きをしていた。家は和食がメインだったため、毎朝のごはんは米だった。前日に母から、普段あまり食べる機会のないコーンフレークを買ってもらっていた自分と妹は、期待に胸躍り、なんと外も薄暗いうちから目を覚ましたのだった。
当然、家族はまだ眠っている。自分と妹は、家族が起きてくるのを待たず、先にコーンフレークを食べてしまおうと話し合った。
いそいそと布団を抜け出し、台所へ向かった。するとそこに、ヘビがいた。
最初に妹が気づいた。「お姉ちゃん、窓のところにヘビがいる」
見ると、確かにヘビの胴体があった。長すぎて、自分らの位置からでは頭まで見えなかったが、このおどろおどろしい模様、間違いなくアオダイショウだ。まるで自身がインテリアの一部にでもなったかのように、台所の窓枠にぴったり横たわっているのが、実に腹立たしかった。
自分と妹は顔を青くして台所を飛び出し、寝ている両親を叩き起こした。
「ヘビ、ヘビ、ヘビがいる!」「でかい、でかい。今までで一番でかい!」
と喚き散らした。そのため起きてすぐに、母は卒倒した。
ただちに父が台所へ向かったが、こんなときに限ってヘビは移動した後だった。
だけど、確実に家のどこかにはいる。
父と叔父二人による、大捜索がはじまった。すぐに見つかるだろうという予想を裏切り、捜索は難航した。
そのうち、父たちはそれぞれ仕事に出なけばならない時間になった。捜索は一旦打ち切りだ。
絶望のムードが、家族を包んだ。
その頃、大工仕事が減ったのをきっかけに、家は車関係の仕事をはじめていた。仕事上の電話と来客が多くなり、どうしても家を留守にできない状況だった。よって、家族は外で時間を潰すという選択もできなかった。
父たちが帰るまで、どこに潜んでいるかもわからない巨大なヘビにおびえながら、家の中で過ごさなければならない。
こうして、長い一日が幕を開けた。
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