まったく、ひどい家に住んでいた。

未由季

第1話 冗談じゃない

「もしも子どもの頃に戻って、人生をやり直せるとしたら?」


 そう訊かれたとき、大抵の人は「やり直したい」と答える気がする。

 もっと勉強しておけば良かった。あのとき、もっと頑張れば良かった。あの人にこう言えていれば良かった。そんな後悔が、誰にでも一つくらいはあるはずだ。

 もちろん、自分もある。

 だけど人生をやり直したいかと訊かれれば、自分の答えは「まったく冗談じゃない」だ。

 子どもの頃になんか、絶対に戻りたくない。


 生まれてから、十七年間を過ごした家。

 それがまた、ひどい家だった。


 やたらとくねくね折れ曲がる廊下。

 何かの罠のように、突然一メートルも下がる床。

 いつ落ちて来ておかしくないくらい、歪んだ天井。

 幾度となく雑な増築を、しかも自分らの手で行ったために、家の全体像は複雑化し、もはや迷宮と化していた。

 

 家は大工を営んでいたため、増築するのに必要な材料だけは豊富にあった。材料はすべて、仕事で他人の家を建てた際に出た、余りものだった。余っていれば、なんでも使った。

 壁を作る代わりに、サイズのあいそうな扉や窓を見つけてきて、はめこんだ。そのせいで家の中は、扉を開ければすぐ足元はどぶ川、窓を開ければすぐ壁にぶち当たる、といった具合にトラップだらけになった。

 気を抜いて移動していたら、本当に怪我をしかねない。


 家の中心には枯れ井戸があった。

 増築の際、その枯れ井戸を避けて部屋を足していったので、家は自然と井戸を囲うかたちになっていた。四方の廊下の窓から、その井戸が覗けた。

 自分は井戸の存在をなんとなく恐ろしく感じていた。映画「リング」を観てからは、井戸ははっきりと恐怖の対象になった。深夜トイレに立つ際は、やたらと神経を尖らせて廊下を進んだ。井戸のほうには絶対に顔を向けないよう、気をつけた。


 家の大元となる部分は、築五十年を超えていた。そこだけが屋根が茅葺だった。それ以外の増築された部分は、トタン板やらベニヤ板やらで適当に屋根を作ってあったので、盛大な雨漏りを繰り返していた。

 雨が降るたび、バケツやら洗面器やらを床に並べて、天井から漏れ滴ってくる水を受け止めた。それでも床や畳はどんどん腐っていった。


 穴だらけの天井、隙間だらけの壁からは、犬やら猫やら虫やらがうじゃうじゃと侵入してきた。その対処に追われることが、憂鬱で仕方なかった。

 掃除をしても、家の中は常に砂ぼこりにまみれ、歩くと足の裏にじゃりじゃりしたものが伝わった。靴下はすぐに真っ黒になった。

 風呂は外から薪を使って沸かすタイプのもので、トイレは汲み取り式だった。夏場は風呂にヘビが出没し、トイレでは蛆虫とカマドウマが発生して、家人をげんなりさせた。


 家に関する不満を挙げていったらきりがない。

 本来安全で快適であるはずの家の中が、ちっとも安全じゃないし、快適でもないのだ。

 危険で過酷。それが我が家だった。


 そこに自分と両親、妹二人、父方の祖父母と、叔父二人で暮らしていた。結構な人数である。さらに母方の伯父や住み込みの職人さんなどが出入りしていた時期もあったので、多いときでだいたい十二、三人が、ひとつ屋根の下寝起きしていたことになる。ここまでくると、もう立派な大家族だ。ほぼ全員が元ヤンか、現在進行形でヤンキーだった。

 自分はおとなしく目立たない子どもだったが、両親ともに元ヤンという因果からは逃れられず、後ろ髪だけ長く伸ばされていた。女児なのに。


 そういうわけで例え人生がやり直せるとしても、子どもの頃になど戻りたくないのだった。

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