ギズの叱責なんて、怖くない?

雪も融けそうな冬の朝


 木の枝から雪の塊が落ちたらしい、どさりという音で、アドルは目が覚めた。


 もう朝だろうかと首を巡らせ、窓を見やる。


 板の隙間から洩れ入る冬の朝の光はかそけく、細い。

 太陽が完全に昇りきるには、もう少しだけ、間がありそうだ。


 アドルが動いたせいなのか、腕の中のフェリエナが、かすかに身じろぎする。


 腕の中で眠るフェリエナの寝顔を見た途端、口元が柔らかに緩むのを自覚する。

 毎夜のように己の腕の中にかき抱いているというのに、喜びは減じるどころか、増すばかりだ。


 こんなにも己の心をとりこにする女性ひとが現れるなど、考えたこともなかった。


 アドルは愛しさに突き動かされるままに、フェリエナの緩やかにうねる豊かな栗色の髪に指をき入れる。

 絹のようにすべらかな髪は、いくらでていても飽きない。


 と、寝返りを打とうとしたのか、フェリエナが動いた拍子に、毛皮の掛布かけふがずれ、まろやかな肩があらわになる。


 薄闇の中で浮かび上がるかのように白い肌。


 眠る前に火鉢をいていたとはいえ、冬の夜明け近い今、空気はしんと冷えている。

 掛布の中、二人で身を寄せ合っている分には温かいが、寝台の外へ出ればすぐに身体が冷えてしまうだろう。


 フェリエナの髪から手を放し、掛布をかぶせようとすると、寒かったのか、眠ったままのフェリエナが、アドルに身を寄せてきた。

 絹のようになめらかな肌が、アドルの素肌とふれあう。


 わきあがる愛しさに、アドルは思わずフェリエナを抱き寄せた。

 乱れた前髪からのぞく額にくちづけると。


「んん……」

 あえかな声を上げて、フェリエナがうっすらと目を開ける。


「……おはようございます……。わたくし、寝過ごしてしまいましたか……?」


 焦点を結んだフェリエナの瞳が、すっかり目を覚ましているアドルを見とめて、不安そうに揺れる。


「いいえ」

 アドルは微笑んで、フェリエナの額にもう一度くちづけた。


「まだ夜明け前ですよ」

「ですが、うっすらと光が……」


 掛布をのけようとするフェリエナの手に己の指を絡ませ、寝台に縫いとめる。


 視界をふさぐように覆いかぶさってくちづけると、フェリエナが声を途切れさせた。


「今朝は、よく雪が積もっています。もう少し陽が高くなるまで、村人達も、家の中で静かに過ごしているでしょう」


 言外に込めたアドルのわがままを読み取ったのか、フェリエナがくすりと口元を緩める。


「あまり寝坊しては、ギズに叱られませんか?」


 アドルは絡めとったフェリエナの手を持ち上げ、そっとくちづける。


 白い傷痕が無数に残る手。

 けれど、この手より愛おしく思う手を、アドルは知らない。


貴女あなたとともにいられるのならば、ギズの叱責など、いくら受けてもかまいません」


 微笑みながら、フェリエナの指先に唇をすべらせると、くすぐったいのか、フェリエナが身を震わせた。


 たおやかな白い裸身が、なまめかしく揺れる。フェリエナに自覚はないのだろうが、アドルを惑わすには十分だ。


「やっぱり、アドル様はご冗談がお上手ですわ」

「冗談などではありません」


 熱を込めた声で囁き、たおやかな肢体を抱き寄せる。

 はかない抵抗だけで、フェリエナの身体はすっぽりとアドルの腕の中におさまった。


「今からそれを証明しても?」


 微笑んで問うと、フェリエナの可憐な面輪おもわが薄紅色に染まる。

 だが、否定の言葉は返ってこない。


 アドルは笑みを深くして、愛しい妻の唇に、甘く優しく、くちづけた。


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