2 祝福の言葉


「奥方様! よく御無事で……! 本当に、ようございました! おめでとうございます!」

「おめでとうございます! 本当によかったです……!」


「ありがとう。ごめんなさい、心配をかけてしまって……」


 階下に下りてきたフェリエナを見た城の者達が、口々に笑顔で告げる。


 アドルは今日一日ゆっくり休んでよいと言ってくれたが、働かずにのんびりしているなど、申し訳なさが募る。

 特に、昨日はランドルフとの戦いがあったのだ。怪我人だって、多いだろう。こんな時こそ、フェリエナがするべきことはたくさんあるはずだ。


 遅めの朝食は、メレが部屋まで持ってきてくれたので、部屋で食べたが、食べ終わってすぐ、フェリエナは一階へ下りた。


 フェリエナの姿を見るたび、城の者が笑顔で声をかけてくれる。

 その言葉に一つ一つ丁寧に返しつつ、フェリエナはギズを探した。


 ギズなら、昨日の戦闘で怪我人がどのくらい出たか、また、フェリエナがするべき仕事があれば、教えてくれるはずだ。


 幸いというべきか、フェリエナに戦争の経験はない。なら、知っている者に尋ねるのが一番だ。


 アドルに聞くという手もあったが……。さすがに、気恥ずかしい。


 それに、アドルに見つかったら、ちゃんと部屋で休んでいるよう、叱られるような気がする。


 一階の廊下でギズを見かけたフェリエナは、小走りに駆け寄った。


「ギズ! 何かわたくしにできることはあるかしら?」


「奥方様?」

 フェリエナの姿を見とめたギズが、目を丸くする。


「今日は、ゆっくり休養されるよう、アドル様に言われていたのでは……?」


「ええ。でも、わたくしだけ休んでいるなんてできそうになくて。何か、わたくしにできることはあるかしら?」

 尋ねると、ギズが困ったように吐息した。


「わたしとしましては、奥方様のお心遣いはありがたいのですが……」


「昨日の会戦で、怪我人は多く出たのですか?」

 不安になって尋ねると、ギズは「いいえ」とかぶりを振った。


「戦ですから、もちろん怪我人は出ておりますが……。ヴェルブルク領では幸い、死者は出ておりません」


 ギズの説明によると、騎士を人質にして身代金を要求する場合も多いので、騎兵同士の突撃というのは、落馬は多くても死者が出ることは少ないらしい。


「落馬での怪我人は出ておりますが、打ち身などの手当てでしたら、わたしどもも慣れておりますし……。ただ、メレに許可を取って、奥方様が作られていた薬のいくつかを使わせていただきました」


「許可なんて、不要です! 必要な薬は、どんどん使ってください! 薬は、また作ればいいのですから」

 勢い込んで答えると、ギズがほっとしたように表情を緩める。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、助かります」

 「ですが……」とギズが眉をひそめる。


「お身体が大丈夫でしたら、働かれるのは問題ありませんが、アドル様が心配なさいます。お願いですから、ちゃんと一声かけておいてくださいね?」


 そういえば、アドルに内緒の話をギズとしていて、アドルを激昂させたのは、まだ一昨日のことだったと思い出す。


 いろいろなことがあり過ぎて、まるで遠い過去のようだが、ギズはしっかりと覚えていたらしい。


 念押しされ、フェリエナはこくりと頷いた。

「わかりました。アドル様はどちらに?」


「二階の執務室で、エディス様と武具の手入れをされながら、今後のことを話し合われているようですが……」


「エディス様もいらっしゃるのですね。それは、お礼を申しあげなくては」


 ギズに礼を言い、二階へ上がる。


 すれ違った城の者達が、口々に「おめでとうございます」と祝いの言葉をかけてくれる。


 フェリエナにしてみれば、自分はただ、アドルの指示に従って逃げただけで、むしろ、ランドルフに囚われてしまい、迷惑をかけてしまったと申し訳ない限りなのだが。


 だが、皆が皆、満面の笑顔だ。戦に勝ち、ヴェルブルク領を守れた喜びが、自然とあふれているのかもしれない。


「アドル様、エディス様、いらっしゃいますか?」


 二階のアドルの執務室の扉を叩くと、すぐさま扉が開いた。


「どうしましたか? 何か問題でも?」


 あわてた様子で顔を出したのはアドルだ。フェリエナは安心させるように微笑んで、ゆっくりとかぶりを振った。


「いいえ、何もございません。むしろ、不調は何もないので、わたくしにできることは何かないかと……。それと、エディス様にお礼を申し上げたいと思いまして」


「それならば、いいのですが……」

 アドルが扉を大きく開け、フェリエナを中へ通してくれる。


「フェリエナ様! もうよろしいのですか?」


 フェリエナが何か言うより早く、エディスが口を開く。フェリエナは笑顔で頷いた。


「はい。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。エディス様には援軍まで率いていただき、お礼の申しようもございません」


 ドレスをつまんで深々と頭を下げると、エディスの明るい声が降ってきた。


「フェリエナ様。そんなにかしこまらないでください。友人として、当然のことをしたまでです」


 顔を上げると、悪戯いたずらっぽい顔でアドルを見やったエディスが目に入る。


「アドルの奴、フェリエナ様と離れて気も狂わんばかりになっていましたからね」


「おい、エディス!」

 アドルが慌てた声を出す。


 エディスは伸ばされたアドルの腕をひょいとかわしながら、なおも続けた。


「本当のことなんだから、いいだろう? さっきまで、ようやくフェリエナ様と本当の夫婦になれた喜びに、気味が悪いくらい、顔をにやけさせていたくせに! あ、フェリエナ様、おめでとうござい――ふがっ!」


 アドルがうなり声を上げて、親友の口をふさぐ。


 が、フェリエナはそれどころではなかった。


「フェリエナ⁉」

「フェリエナ様⁉」


 突然、両手で顔をおおって崩れ落ちたフェリエナに、アドルとエディスが仰天する。

 アドルに放されたエディスも、素っ頓狂な声を上げた。


「どうしました? やはりまだ、お身体が……⁉」

「ち、違います! けど……っ!」


 顔を伏せたまま、フェリエナはぶんぶんとかぶりを振る。


「では、いったい……?」

 戸惑ったアドルの声が、すぐそばで聞こえる。


 が、フェリエナは顔を上げない。いや、上げられない。

 恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだ。

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