唯一、ギズにはできない仕事

1 アドル様、見直される?


「……わたくし、ご領主様を少し見直しました」


 突然、告げられたメレの言葉に、ギズは帳簿から顔を上げた。

 卓についたギズの向かいでは、メレが別の帳簿の計算をしている。


 帳簿つけの仕事は、ヴェルブルク領においては家令のギズがほぼ一手に引き受けていた。

 識字率が低いため、字が書け、さらに計算ができる人材が希少なせいだ。


 だが、最近はメレが手伝うようになっている。メレは読み書きだけでなく、計算もできるからだ。しかも、かなり速い。さすが、ロズウィック家の侍女と言うべきか。


「フェリエナ様が教えてくださったんです。作物を育てたり、薬を調合するのに、計算ができた方がいいでしょう、と。それに、嫁入りの際にも、できることが多い方が、良い縁談に恵まれるでしょうって……」


 計算ができる理由を説明したメレは、


「でも! わたくし、フェリエナ様のおそばを離れる気は、まったくないんですけれどねっ!」


 と、いっそ堂々と、腰に手を当て、胸を張っていた。


 ともあれ、使える者は誰でも使うのが、ギズの基本姿勢だ。そのため、フェリエナに許可を得た上で、数日に一度はメレの手を借りている。


 ギズは無駄話が好きではないので、たいていは二人でもくもくと帳簿に向かうのだが、たまに、メレの方から話しかけてくることもある。


 メレの話は、ほとんどがフェリエナがどんなに素晴らしい主人かという崇拝なのだが、気が緩んだ時には、メレが敬愛するフェリエナに憂い顔をさせるアドルへの愚痴ぐちが、まれに飛び出す。


 最初の頃は、ギズに遠慮していたメレだが、ヴェルブルク領に来て数カ月経った今では、すっかりなりを潜めている。


 ギズとしても、変に腹の中に溜められているよりは、はっきり口にしてくれた方がありがたいので、とがめる気はない。


 むしろ、アドルのフェリエナに対する態度には、ギズもほとほと手を焼いているので、一緒に愚痴りたいくらいだ。


 それが、今日はアドルへの褒め言葉が飛び出すとは。


 もしかして、熱でもあるのかと、メレの顔をまじまじと見ると、メレはギズの考えを読んだかのように、鼻の頭にしわを寄せた。


「わたくしだって、別に好きでアドル様をけなしたいわけじゃないんですよ? いい夫かはともかく、いいご領主様だということは、ちゃんと承知しておりますし」


「それで、あなたに見直されるなんて、アドル様は何をなさったのです?」


 メレが見直すのだから、おそらくフェリエナ関係だろう。だが、ギズに心当たりはない。


 水を向けると、メレは内心、誰かに話したくてうずうずしていたのだろう。ずいっ、と身を乗り出した。


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