ヴェルブルク城のけたたましい夜

男はみんな狼だから?


 金属製の何かがけたたましい音を立てて階段を転がり落ちる音に、メレは飛び起きた。


 一階の女性用の大部屋で寝ていた使用人達も起き出し、何事かと騒ぎ始める。


 メレにはなんとなく、予感があった。

 今夜はアドルがエディスと一緒に、食堂で飲んでいたはずだ。


「私が様子を見てくるわ。何があったら知らせるから、みんなは寝ていて」


 ざわめく周りにそう告げ、皆が頷いたのを確かめてから、寝間着代わりの簡素な服の上から、毛布をストール代わりに羽織り、そっと扉を押し開ける。


 途端、バタン! と荒々しく扉が閉まる音が聞こえてきて、メレは思わず首をすくめた。


 音の出どころは三階だ。ということは、おそらくアドルがフェリエナの部屋からだ。


(……何があったのかしら……?)


 むくむくと不安が湧き上がる心に急き立てられるように、足音を忍ばせて廊下を進む。

 向かった先は、食堂だ。


 そっと扉を押し開け、中をのぞくと……。


 酒の匂いが色濃く漂う中、エディスとギズの二人が、テーブルに肘をついて、頭を抱えていた。


「な、何があったんですか⁉」


 二人から発されるあまりに暗い空気に思わず問うと、やにわにエディスが、


「ああぁぁぁ……っ」

 と奇声を上げて、両手で髪をき乱し始めた。


「……やっちまった……っ」


「いいえっ! エディス様は悪くございません! むしろ、アドル様は少しくらいあおられて、危機感を持たれた方が、よろしゅうございます!」


 うめくエディスに、ギズが即座に断言したかと思うと、両手を組んで祈り始める。


「神よ……。どうかアドル様に、領主としての、いえ夫としての務めを果たさせてくださいませ……。酒に酔ってもおりますし、もう、いい加減、アドル様の理性も崩れてよい頃ではないかと……。嗚呼ああ。ですが、間違っても明日の朝、奥方様が離縁を申し出されるような事態にはなりませぬよう、どうか御加護を……っ!」


 ギズの祈りは、傍で聞くには、身勝手この上ない。

 もしかして、ギズまで酔っぱらっているのだろうか。


 何というか、アドルの姿がここにないということに、不安しか覚えない。


 というか。


「先ほど、扉の音が聞こえたので、フェリエナ様は、もうお部屋に戻ってらっしゃると思いますけれど……?」


 もしかしたら、ひょっとして、万が一、奇跡が起こって、アドルがフェリエナを寝室に連れこんでいる可能性も、あるかもしれないが。


 だが、春の陽だまりのような笑顔を浮かべるアドルが、そのような暴挙を行う姿は、メレにはどうにも想像できない。


 とはいえ、アドルは昼間の狩りでは、大きないのししを槍で仕留しとめたらしい。ああ見えて、意外と勇猛なところもあるのだろう。


(死んだおばあちゃんが言ってた……。男はみんな狼だから、気をつけるんだよって……)


 一方、エディスとギズの二人は、メレの言葉に、再び頭を抱えて呻き出す。


「ったくアドルは……っ! フェリエナ様も、よりによってあそこだけを……っ!」

「ほんとにもう、アドル様は……っ! 肝心なところで詰めが甘いんですから……っ!」


「あのっ、ほんとにいったい何があったんですか⁉」


 フェリエナに被害が及ぶようなことがあったら許さないとばかりに、メレはエディスとギズを睨みつけたが……。


 呻く男二人から、返事はなかった。


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