2 従者達の嘆息
「ギズさん。すこし、うかがいたいことがあるのですが」
春祭りの日、アドルとフェリエナが二人そろって出た隙に、メレはギズをつかまえた。
「何ですか?」
いぶかしげにギズが眉をひそめる。
メレは、辺りに人目がないのを十分に確認してから、
「夜に、ご領主様の訪れがないのは、フェリエナ様に、何か問題か不満があるからですか?」
単刀直入に、斬りこんだ。
「っ⁉」
いつも冷静沈着なギズが、ぴしりと固まる。
ややあって。
「……それは、奥方様から聞くように、指示されたのですか?」
体勢を立て直したらしいギズの平坦な声に、メレはきっぱりとかぶりを振る。
「違います。フェリエナ様は、何もおっしゃられていません。わたくしの勝手な判断です」
メレのせいで、フェリエナに迷惑をかけるわけにはいかない。
だが、同時に生半可な返答で引く気もなかった。
ヴェルブルク領で過ごして約三週間。
家令のギズが、アドルの腹心の部下であることは承知している。
時には領主と家令という身分を越え、親友のように見える場合すらある。乳兄弟という話なので、きっとそのせいだろう。
さすがに、一介の侍女であるメレが、当事者である領主のアドルに、こんな繊細な問題を尋ねることはできない。が、ギズならきっと何か知っているはずだ。
返答するまで逃さない、という意志を込めて、背の高いギズを
「……アドル様に直接、ではなく、わたしに尋ねた判断のよさは評価しましょう」
褒められて嬉しくなくはないが、これで誤魔化される気はない。
なおも、じっ、と見つめると、ギズがゆっくりと口を開いた。
「ですが、これは領主様ご夫妻の非常に繊細な問題。従者であるわたし達が安易に踏み込むのは、かえって問題を引き起こすでしょう」
「そんな返事で――」
反論しかけたメレの口をふさぐように、ギズが続ける。
「ただ一つ、確かに言えることは、フェリエナ様には、全く非がないということです」
ギズの強い声に、メレは思わず言葉を途切れさせる。
「奥方様に非はありません。それだけは、奥方様付きの侍女として、覚えておきなさい。問題は、アドル様の側にあります。……アドル様の御心までは、わたしなどにはわかりかねますが」
言い切ったギズが、ふと、何とも言えない疲れた表情を見せる。
「……まったく。あの方は、妙なところで
低い……怒りと苛立ちと、それでも嫌いになれない甘さが入り混じった複雑な声音。
つられるように、思わずメレも返していた。
「フェリエナ様も、ああ見えて、けっこう意地っ張りですよ?」
「え⁉」
あまりに予想外だったのだろう。
ギズが素っ頓狂な声を上げて固まる。
「あの可憐な見た目からは想像しにくいですけれど……」
でなければ、いくらグスターの庇護があろうとも、ネーデルラントで自分を曲げずに
「……」
「……」
無言で、ギズとメレは見つめ合う。
あ、なんか通じた。
不意にメレは感じる。おそらく、ギズも同じだっただろう。
敬愛してやまない主人の、けれどもどうにも手を出しづらい欠点を目の当たりにした時の、従者の顔。
たぶん、今、ギズとメレは同じ表情を浮かべているに違いない。
どちらともなく、深いふかい……地の底にまで届きそうな溜息をつく。
「何とかしたいのは、わたしもやまやまなんですがね。問題が問題だけに、下手に他人が口出ししていいものか……」
「下手に背中を押し過ぎると、かえって意固地になってしまうことも、ありますもんね……」
「……それとなく、お二人が一緒に過ごすようにするとか、外堀から攻めはしますけれどね……」
お互いに低い声で呟き。
忠実な従者達は二人そろって、まったく同時に嘆息した。
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