メレはヴェルブルク領の切り込み隊長?
1 一番、大好きな仕事
毎夜、寝る前にフェリエナの豊かな栗色の髪をくしけずるのは、メレが受け持つ仕事の中で、もっとも好きな仕事だ。
緩やかにうねる絹のようにつややかな髪は、いくら
ただ一つ、気にかかることといえば。
「……フェリエナ様。今夜も、その夜着でよろしいんですか?」
婚礼に際して、わざわざあつらえた薄物の夜着に、婚礼の夜以来、一度も袖を通していないということだ。
小さな声で遠慮がちに尋ねたメレに、フェリエナはゆるりとかぶりを振った。
ほどかれたままの栗色の髪が、さらさらと揺れる。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
メレに気を遣わせていることを申し訳ないと思っているような、フェリエナの優しい声。
敬愛する主人にそう言われては、メレはそれ以上、何も言えなくなる。
代わりに、心中にわきあがってくるのは、フェリエナの夫となったアドルへの怒りだ。
(こんなにお美しくてお優しいフェリエナ様に憂い顔をさせるなんて……。ご領主様は、いったい何を考えてらっしゃるのかしら?)
結婚してから約三週間。
婚礼の夜を含め、アドルは一度もフェリエナの寝室を訪れていない。
式を挙げたものの、二人が「本物の」夫婦でないことは、未婚のメレにだってわかる。
婚礼の夜にアドルが何やら叫んでいたらしいとは、従者達に噂で聞いたものの、くわしくは知らない。気にはなるが、フェリエナが話さないのなら、メレが突っ込んで聞かない方がよいのだろう。
(ご領主様は、フェリエナ様の何が不満というのかしら……)
自分がお仕えしている主人が世界で一番と信じてやまないメレは、アドルが何を考えているのか、さっぱりわからない。
(フェリエナ様はお綺麗でお優しくて、私達、下の者にも気を遣ってくださって……。ただ一つの
フェリエナの両手には、数え切れないほどの白い
十三歳の時にフェリエナが修道院からロズウィック家へ戻ってきた時には、すでについていた傷だ。
メレにとっては、フェリエナの手の傷など、フェリエナを損ねるものでも何でもない。
だが、メレにはそう思える手の傷痕が、どれほどフェリエナが傷つけてきたのかも、知っている。
ネーデルラントの心無い貴族達に令嬢失格の烙印を押され、『修道女殺し』という不名誉な噂を流され――。
それでも、
敬愛する主人のためならば、自分にできることは何だってする気だ。
……それが、多分なお節介であろうとも。
(フェリエナ様は、少なくともご領主様を嫌ってはいないはず……)
体面を気にする父親から逃れたからか、ネーデルラントにいた頃よりも、ヴェルブルク領に嫁いできてからの方が、フェリエナは明るくなった気がする。
実家にいた頃のフェリエナは、父の目を避け、息をひそめて毎日を過ごしているように見えた。フェリエナが活き活きとしていたのは、植物の世話をしている時と、兄のグスターと一緒にいる時くらいだ。
メレが見る限りでは、アドルといる時のフェリエナは、素直な笑顔を浮かべている時が多いような気がする。
グスターといた時には及ばないが……。
(まあ、グスター様は、フェリエナ様にとって特別だものね)
ネーデルラントで陰に日向にフェリエナを守っていたのは、兄のグスターだ。
父親のロズウィック子爵が、フェリエナが植物を育てるのに渋い顔をしようとも、ネーデルラントの社交界がフェリエナに背を向けようとも、グスターは、いつも変わらぬ態度でフェリエナに接していた。
フェリエナが可愛くて仕方がないというように。
アドルとの結婚が決まった時に、
「お前が好きなものは、全部持っておいき」
と、フェリエナが育てていた植物の種や実や道具類を、嫁入り支度の中に加えてくれたのもグスターだ。
(ここにはグスター様はいらっしゃらないんだもの。フェリエナ様にお幸せになっていただくために、私がしっかりしなきゃ!)
メレは一人、心中で決意を固め、そして――。
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