第4話 人魚の真実
海が見える大きな窓があったり、中から光が溢れ出している部屋、人ほどもあるタコやイカの銅像が並んでいたり幸之助が心惹かれる場所はあったが、エバは全く無視して引っ張っていく。
長い廊下を走り抜け大広間につく。
エリーが大広間の奥で侍女たちに指図をしていた。サラは侍女の間で忙しそうに動き回っていた。
広間の右には大きな段があり、その上でセイラが何やら踊っていた。
そんな広間の慌ただしさを幸之助が眺めていると、メロウがやってきた。
「あら、幸之助様。どうしたのエバ」
エバが海王に城の案内をするように言われてたので連れてきたという。
「きっとメロウお姉さまもお話しをしたいのかなと思って」
メロウはエバの頭を「そうなの、ありがとうね」となで「幸之助様こちらにいらして」と大広間の横の小部屋に連れて行った。
部屋にはいるとメロウが幸之助の肩に手をかけてキスをしてきた。
「あら、ごめんなさい。どうしても私の気持ちを抑えきれなくて」
幸之助は胸の動悸が身体中の慄えになって何も言えない。
「セイラお姉さまをどうお思い」
「どうと言われても、いまさっきお会いしたばかりですから。けれどとても綺麗な女性と思います」
「私はどう」
メロウが幸之助の手を握って涼しげな目で聞いてくる。
「勿論、天女のように美しい方です」
「幸之助様、ありがとう。明日の祝宴の前にこんな事言いたくはないですけど、セイラお姉様はワガママできっとあなたを不幸にすると思いますわ。勿論お姉さまと幸せに暮らして頂きたいですけど。これだけは覚えておいてくださる。王になったら、あなたはこの国で一番偉い方になる。つまり、そのあとは本当に好きな人と結婚するのもご自由なのよ」
そう言って、部屋をでていった。メロウが部屋を出ると入れ替わりにエバが入ってきた。
「お姉様と何話してたの」
こんな可憐な幼子に、この怪しく心湧く話はできないと思い、幸之助は挨拶をしてただけだよと答えた。
エバは「ふーん。そう」と言うと、また幸之助の手を引っ張って廊下を歩いて言った。
「お兄様、この部屋で明日のお料理を作っているの。人間の世界では絶対食べることができないおいしいお料理なのよ」
エバも明日の婚儀を楽しみにして、じっとしていられないようである。
扉には大きな窓があり中が見える。見たこともない魚の料理や海の底だというのに牛のような動物もさばいている。この景色も絵に書いておこうと筆と手帖を取り出した。
中から侍女たちの声が聞こえた。
「ほんにソウル様も可愛そうねえ」
「これ、そんなこと言葉に出しちゃだめ」
「だって、私ソウル様には優しくして頂いたのよ。新しい王が決まれば海に捧げられてしまうなんて」
「決まりだからしょうがないの。あなたそう思うのなら、ソウル様が心から喜ばれるような料理を最後に作ってあげなくちゃ」
幸之助は手が慄えてきた。
「お兄様どうされたの」
「エバちゃん、もう私は十分だから海王様の部屋に連れて行ってくれないかい」
エバに連れられて海王の部屋に二人は戻ってきた。
もう大丈夫だから帰っていいよとエバに言うと
「お兄様、私からもお兄様に」
と緑色の卵を手渡した。
「これね、海ヘビの卵なんだけど、これを持っていると幸せになれるの」
エバの眼と同じ深い緑色の卵であった。エバが去るのを確かめて部屋に入り侍女から聞いた話を伊右衛門に伝えた。じっと考え込んでいた伊右衛門は
「騙された。幸之助、逃げるぞ」
と言って横にあった杖を手にとった。逃げられるかどうかはわからないが、ここにいても京にはいけず、最後に殺されてしまうのではあれば答えは一つしかない。「はい」と答えて伊右衛門と部屋から出た。
伊右衛門が杖を床につくと、大きな亀が現れた。二人が乗ると、亀は勢いよく走り始めた。廊下を右に左に走る。通りすがりの侍女が亀を避けきれずに飛ばされていく。
しばらく行くと亀が上へ上へと上がっていった。上にあがっていくとそこは島の祠であった。
「人魚の棲家から人の棲家にもどる唯一の道だ」
伊右衛門が杖をつくと祠から橋が伸びて行った。
「ここからは、己の力で走るしか無い」
伊右衛門と幸之助が橋の中ほどまで来たころに後ろから
「お父様、幸之助様」というセイラの声が聞こえてきた。
「急げ、幸之助、もう少しだ」
橋の先の海津宮に二人は逃げ込んだ。
「ここで大丈夫なんでしょうか」
「ここには結界がある。日が昇れば、人魚は人の世界にはいれない。今日の満月がすぎれば100年の結婚の儀は終わり、次の100年を待つしか無い。夜が明けるまでの辛抱だ」
「そんな所にいても駄目よ」
セイラの声が聞こえる。壁の隙間からみるとセイラとメロウとエバがいた。
「幸之助様、早く帰って私との婚儀を済ませましょう」
二人はじっとしていた。
「いい加減にして、私も我慢して結婚するのだから」
「あら、お姉さまが嫌なら幸之助様は私と結婚されればいいわ」
「また好き勝手なことを。もう許しませんよ」とセイラの声が聞こえたかと思うとそこにはセイラではなく、夜叉の顔をし、何本もの尾をもつ化物がいた。
「これが本当の姿だ」伊右衛門がつぶやく。二匹の化物はお互いに睨み合い、そして長い牙と爪で揉み合い、絡み始めた。このまま夜が明けてくれればという幸之助の願いも虚しく、
「こんなことしてる時じゃない。この結界を解くのよ」という声とともに化物がお宮にぶつかってきた。
壁をガリガリ削る音が聞こえてくる。幸之助は筆を取り出し、もう一度穴から覗いて震える手で手帖に化物を描き始めた。
「結界がやぶれそうだ。やはり杖だけではだめだ。王の力を示すものを何か持ってくればよかった」
その時、エバの声が聞こえた。
「お兄様、卵」
幸之助は懐から緑の卵を取り出した。伊右衛門がその卵を打ち砕くと小さな石が幾つも現れた。
「幸之助、その石を四方におけ」
石を四方におくと、ガリガリいう音が消えた。穴から覗くと、セイラとメロウは遠くでこちらを睨んでいる。
「これは、あの王冠にあった宝石の基となった石だ。王の力を持っている。これで時間がかせげるぞ」
遠くから「幸之助、幸之助」という声が聞こえる。恐怖にまけないように必死になって筆を走らせた。
しばらくすると朝一番をつげる鶏の声がした。
「あー、無念無念」セイラの声がする。
「これで終わりじゃあ。口惜しい。お姉様、もういけない帰りましょう」
メロウの声であった。そして静かになった。
穴から朝日が差し込んできた。
「これで大丈夫だ。助かったんだ」
二人は祠からでて、石段を降りて行った。人の住む村がそこにはあった。
「助かりましたね」
「うん、助かった」
伊右衛門もまぶしげに村の風景を見ている。
「しかし、よくその石を持ち出してくれた。これがなかったら今頃はあの海の底だ、いや、あの世だ」
「これですか。これはエバちゃんがくれたんです」
「エバがかい」
伊右衛門の顔が曇った。
「エバちゃんは私と伊右衛門さんを助けようとしてくれたんですね」
伊右衛門はふーと溜息をついた。
「いや、それは違うな。人魚の世界ではな、女王になるかどうかでその先が大きく変わるんだ。女王になれば、なんでも自由にできて、なんでも手に入る。しかし、女王になれなかった場合は、侍女扱いなる。私の妻のサラは一人娘だったからよかったが、婆様の姉妹達はそれはかわいそうな生活だった」
メロウが幸之助にキスをしてきた、その理由も分かった。
「けど、なんでエバちゃんは私達を助けるこの卵を」
「エバは小さいといっても人間の年にしてみれば大人の年だ。そして姉二人はいい年だ。つまりこの結婚をのがした100年後はとても女王になれる年じゃない」
するとエバはこの結婚を破綻させるために、メロウに会わせ、侍女の話を聞かせ、そして卵をくれたのかもしれない。幸之助は背筋が凍る思いがした。
「まあ、みんな俺の娘だ。悪く考えるのはよそう」
自分の娘達の争いに心苦しそうな伊右衛門であった。
「伊右衛門さん、もしよければ私と一緒に京まで行きませんか」
「いやあ、俺は江戸に戻るわ。100年も経ってきっと江戸も変わってるだろうけどな。この宝石があればなんとか食っていけるだろし、これまでのことを書いてみるか」
「そりゃあ、面白いものになりそうですね。無限堂で書いてもらえばお師匠様も喜んでくれると思います。日本橋に行って無限堂とそこらの者に聞いてもらえば、すぐにわかります」
「そうかい。書けたら行ってみるわ。それよりお前さんの絵はどうだい」
幸之助は手帖を伊右衛門に見せる。
「いや、こりゃあいい。おいつらの正体がよく描けている。誰が見たって震え上がる絵だねえ。あんた本当に才能があるんだねえ」
「いえいえ。これじゃあ、単に子供だましの絵です。本当の怖さが描けてやしません」
「本当の怖さってのは、エバの心持ちの事かい」
「そうですねえ。けど、形のないものを描くのは難しい」
「じゃあ、この絵はお蔵入りかい」
「さあ。けど、この絵じゃあ、お師匠様も円山様も褒めてはくれないでしょう」
そして、幸之助は西に、伊右衛門は東へとそれぞれの道を行くのであった。
絵師幸之助 nobuotto @nobuotto
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