第2話 人魚の事情

 頬をぴしゃぴしゃと叩かれ幸之助は目を覚ました。

 眩しい光に目が慣れてくると、そこは広いお城の中であった。お城に入ったことはないが、天井が高く、白木に囲まれているここはお城に違いない。

 「さて、あんたが幸之助かい」

 海坊主が話しかけてきた。と思ったがそれは海坊主でなく老女であった。

 皺の中に目というよりも目玉だけ、鼻というより鼻の穴だけ、白髪は腰までのび、白い衣とまざり合ってどこが身体かわからない老女であった。

「海坊主さん、でしょうか」

「海坊主ですって」

 笑い声が聞こえた。

 振り向くと、そこには、海に現れた天女と同じ年くらいの天女、少し年上の天女、そして

幼い天女がいた。あまりの美しい景色に言葉もでない。

「おだまり」

 老女の一言で天女達は黙った。

「私は、前女王のエリー。ほらみんな黙ってないで幸之助さんに挨拶しな。あれが、あんたをつれてきた長女のセイラ」

 まだ怒っているのかじっと睨んでいる。

「その横が、次女のメロウ」

 おだやかな笑顔で「宜しく」と言うその仕草に、幸之助は緊張してしまった。

「横の小さいのがエバ。三女さ」

 ニコニコしながら手を振ってくる。まるで江戸の細工師が丹念に作り上げた人形のようであった。

「そしてこの娘たちの母さんで今の女王のサラ」

「お待ちしてましたよ幸之助さん。ようこそ人魚の国へ」

「人魚。人魚。江戸で南蛮から来た絵草紙でみましたが人魚というのは身体半分が人間で半分が魚の尻尾という話では」

 エリーが大笑いする。

「南蛮だろうか、どこだろうが、そんな人魚はいやしないよ。海の中じゃ尻尾じゃが、ここに居る時は足がないと不便だろ」

 なるほどと幸之助は思いつつ、そんなことに感心している場合ではないと筆と手帖を取り出し人魚達を写し始めた。魑魅魍魎ではないが、人間世界では見ることができない不思議な生き物である。

「そうだったね、あんた絵師だったね。まあ、王になっても好きなことは続けられるし。で、セイラ、この幸之助さんでいいんだね」

「いいも悪いも連れてこいと言ったのはお祖母様ですよ」

「そりゃあ、お前がいつまでたっても決められないからだよ。もう時間がないんだよ。村の者で気に入る男がいなかったら旅の者を選ぶしかないだろう」

「私は、村のやぼな男より、幸之助さんのほうがしゃれてて、顔立ちも綺麗でいいと思うけど」

 メロウが幸之助に微笑む。

「メロウ。いい加減を言うんじゃないのよ。いつもお気軽で好き勝手なのは許すけど、これだけは私の事なんだから口を挟まないでよ」

「あら、セイラ姉様が死んだら私の夫ですもの。ちゃんと考えてますよ」

「死んだらって。あんたそんな事考えているの」

 ただならぬ空気が立ち込めてきた。

「まあまあ、あなたたち。結婚なんてね、誰としたって2,30年いればそのうち好きになって100年なんてあっという間に過ぎるから」

 サラは二人をなだめると人魚の姉妹ゲンカを呆然として見ていた幸之助に近寄ってきた。

「ごめんなさいねえ。私達人魚は100年が経つごとに人間の世界から男性を連れてきて結婚するのよ。これまでは私の夫が王様。そして明日の満月でちょうど100年なのよ。このセイラが次の女王になるんですけど、その夫にあなたが選ばれたってわけ」

「あら、ポカーンとしちゃって。そうね、急な話で驚いたでしょう。まあ、時間はたっぷりあるからゆっくり考えてね」

「セイラ、この人でいいね。時間切れだよ」

 エリーがセイラを睨みつける。セイラの眼は依然怒っているが、何も言わない。

「王になると言われましても、王になってなにをすればいいかもわかりませんし」

 幸之助は声を絞り出すように言った。

「それを今から教えてやるから。ソウルを呼びな」

 大きな鐘が鳴った。すると扉が開き、見上げるような大男が現れた。頭に王冠を被り真っ青な服を着ている。人二人分の身長はある。太いマユに白髪混じりの顎髭。腕も丸太のように太い。こちらに来る一歩一歩が床を揺らす。

 そのソウルと呼ばれた王が幸之助の前に来てじっと見つめた。

「あー。こいつだ。こいつだ。こいつが俺のおやつを食ったやつだ」

 耳が痛くなるほどの大きなだみ声である。

「あなた、そんなことで怒って海を荒らしてたのかい。ほんと、いつまで経っても肝が小さい男だね。もう忘れな。今はそんな場合じゃないだろう」

 エリーに怒られ、大きな身体を小さくしてソウルは黙ってしまった。。

「あんた、これから王について幸之助さんに教えてあげな。あんた達は、明日の婚礼の準備だよ。婿ぎめが遅れてやることが一杯だよ、今日は寝れないよ」

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