時を越えたすれ違い。

暗遁迷視あんとんめいし』というわざがある。

魔力ちからを広い範囲に薄くまき散らし、視たものを都合よく解釈させる外道の使うわざだ。

この世界の住人にとって都合の良い、平穏な家の姿に、今見えているだろう。


「私を救うという輩に

殺されかけるとはな。」


「面目ない。」


魔王は寵愛システムによってあらゆる不浄を跳ね除けることが出来るという、臓腑は栄養や呼吸もなく稼働し続けると。

つまり生命力を与える『生脈仙泉』を喰らった魔王は過活動になった臓腑の影響で白い寝具に吐血したのだ。

何時も服に戻った魔王には真紅の角が無かった。人間に近い身体に転生さいきどうしたのか


「大体事情は判っている。私は死に、貴様と共にこの平和な世界に蘇った、と。何故貴様が若い美男子になっているかは判らんがな」


「む。もしや若い姿が好みだったか」


「そ、そういう話はしていないわ!貴様と

いると調子が狂うな!」


「さっきは臓腑が狂った様に跳ねただろう」


「いい加減にしろよ勇者!」


呆れた様な怒りの表情は初めて見た。非常に可愛らしい。



「で、だ。何故引きこもっている魔王。」



「―――――この世界を直接視せんりがんていた。」



『千里眼』、ありとあらゆる場所を見通す

能力だという。

魔力ちからを大量に消費するが魔王

クラスの魔力となれば問題ないのだろう。


「この世界は民が全て運営しているのだな」


「そうらしいな」


「商人が力を持つ一方で法律もある程度機能している。絶対君主が無くともこの現世ニホンの範囲では平穏な世界が続いている様だ。


この世界を見て強く思う

?」


政治の事は判らない、ただ王の君臨する世しか知らない俺にとっては統治の良し悪しが王の能力に偏りがちなあの世界の、特に極端な王政であった魔王国の現状と比較してしまうだろう。


「私は強かった。『混沌の神ははうえ』から承った魔王国を守ろうと全てのチカラをもって権威を示した。皆私に渋々は従っていたが離反する魔族も多くいたのだ。

私の統治は、恐怖で従わせ、無理な征服に

よって無駄に魔族の幸福を奪っていたの

では…と。長い時間、考えていた。」


「それは、もう済んだ事だ。」


「そうだ、もう済んだ事だ。何せあの世界の魔族は全員消えたのだから。」


「何だと」


「私という混沌の神の寵愛を一心に受け、

魔王国における魔力の楔であった存在が消えたことで、魔力の濃度が薄まり、殆どの弱い魔族はその時点で息絶えた。」

「そして、自らを維持できる魔族は人間に

殺され尽くした。この一年でな

つまり、私は全ての世界に於ける最期の魔族となる。」

「弱者は負け、強者が生き残る。当然だ。

だがな、この世界をると思う

私の統治は何だったのか、私は間違っていたのだ、私は今まで生きていた価値も無かったのだと。」


それは、王にしかわからない悲痛だった。


「何故だ、勇者。」

「何故私は蘇った。」

「あのまま死ねれば、私は幸福だった。」



「は。」



それだけは違うと思った。




あの光景を思い出す。

血と涙を流し、絶望しか知らない女の姿を。

それだけは許せない。


「絶対に死なせない。幸せを知らず、ただ

魔族を生き長らえさせる思想に殉じた哀れな小娘を、死なせばしない。お前が一人の

女として自由に生き、果てるまで俺は

お前を死なせはしない。

そして、その隣には俺がる。」


「なん……ッ!なんたる、無礼、なんたる

不敬。混沌の神の寵児にして天地魔界の

王たるこの私に!!!!」


「は。お前、もう魔王なんかじゃねぇだろ。そう自分で、言っただろう。」

「――――――未練がましいんだよ元魔王、お前は間…」


右半身から何かがこそげ落ちた。


「ゲホッ・・・?ふぅぅう……ごぼっ、あ、

あれ?」


下を見ると右胸から先が綺麗に落ちていた。血すら流れない程綺麗に


「『魔断痛撃まだんつうげき

貴様は痛み享受きょうじゅする。


私は、闘う目的も、生きる理由も無くした。ただ無為に、死ぬ事に決めた。

私程の魔力でこの平和な世界を滅ぼすのは

忍びない、文字通り、天にでも昇るか

ふふ…魔王として月に征くのも悪くない。」


身を捩る程の苦痛、そして息苦しさ、

どれだけ息を吸っても空気が足りない。


「あぁ、またか、またお前の泣き顔を見て

死ぬのか。」


「いいや、お前は死なないよ。

そのまま動かずに地を這え、

混沌の神ははうえ』に更に働いて

貰うとしよう。不出来な娘の後始末にな。」


「それに私は、泣いていない。」






自分の涙にも気が付かないのか、お前は







そしてまた、視界が暗くなった。

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