2018年の現世転生。


目を覚ますと、二階建ての木造建築しらないてんじょう

横たわっていた。

そして隣には寝たままの魔王が居る。

先程の生死を賭けた闘争での姿のまま、

静かに横たわっていた。


『勇者よ、勇者よ、起きましたね。』


秩序の神の神託、懐かしい、試練ばかり

課すろくでもない奴だったが。


『勇者よ、おぬしが『いさおの剣』壊して加護システムと混沌の神の寵愛システムに干渉したせいで天界サーバーは大慌てだ』


「ですが秩序の神よ。決着を付ける為には……」


『やかましい!あの後、天界サーバー修理に駆り出されたわたくしと混沌の神あねじゃ

創造神ちちうえに叱られてだな――――!』

『とにかく!二人とも異世界たぶしょのお世話になってくるがいい!!!ただでさえ天界サーバーが繊細な時期なんだからおぬしらみたいな規格外に大きいデータを突っ込まれたら困る…』


「な。ここは何処なんだ……?」


『自分で調べろ!言葉は通じるし持ち家もあるし転生さいきどうした身体は健康で金も口座にくれてやったわ!何も問題はあるまい!ぐわー!

48週連勤は創造神でもないわー……』


神託は聞こえなくなった。最低な邪神だ。



衣食住足りれば平和な異世界にいきなり転生しても意外と何とかなるもので、季節が巡りいちねんがたち、普通に生きていられた。

この国はニホンなる法治国家らしい、暴君も居なければ飢饉もない、戦禍とはほど遠い島国だという。

しかも世界中の物資が商人によってもたらされ、信じられない程豊かである。

更に言えば若返った身体で生を得たのも有難ありがたいい事であった。

魔王と戦った頃の壮年期、髭を生やした筋骨隆々の姿も男としての威厳があったのは事実だが、この張りのある肌、しなやかな筋肉、何より美丈夫としては全盛期の顔立ち、

平和な世界で過ごすには最高の利点だ。




「ん♪ふっふ~♪ふぅん♪」



目の前には把手とってのある鉄の板フライパンを掌にかざす。

内功ないこうわざである『過炎掌かえんしょう』、これこそが純白の小麦粉の焼き菓子ふわふわホットケーキす最適解

であった。何せ自らの功夫クンフー次第で 火力を調節出来るのだから

そして金属の平鍋フライパンをゆするたび蠱惑こわく的に

ふるふると揺れている。

それを鍋敷きを置いた小さな食卓に置き、

ナイフで切り分け、突き刺し、食す。


「うむ、また一歩完成に近付いたな、俺。」


剣も拳もマホウも鍛錬は欠かせない勇者だった俺は、旅路で培った料理の鍛錬にいそしんでいた。あの若い女が集うサロンきっさてんで食べた

純白菓子の余韻を忘れられず、数ヶ月間朝飯はこればかりを焼き、作り、食べ…幸せな日々だ。戦いの悦楽も良いが、穏やかな余暇というのもまた、俺にとっては喜ばしい事であった。

食事を終え、食器を洗う。

台所の手入れは欠かせない、刃物を扱う場は当然清潔で広々としていなければならない。


さて、魔王に数百度目のおはようの挨拶をしに行こう。




「おはよう、我が魔王。」




「―――――――――。」




返答はない、だがしかし。

魔王は目を覚ました、一週間前の事だ。



『この部屋に入るな』



と、拒絶された。

無論一目惚れした相手の願いを無下に破るのも相手の意思に反する。故に一週間待った。

いくら魔族とはいえ、一週間飲まず食わずというのは生きるのは厳しいのでは?転生した時点で人間の身体になっているのでは?不安が募る。


「おい」


「生きているか?魔王」


「魔王!」


不味い、生前奴は死にたがっていた。遅きに失するのであれば勇者の名折れ、ならば。


「ふぅぅぅう…!『震如崩脚しんじょほうきゃく』!」


地に『魔力ちから』を流し、狙った箇所に破壊を促す精密なわざである。扉の金属錠は粉微塵と化した。


「魔王!生きているのか!?」


そこには床にそのまま仰向けに眠る様に倒れたままの魔王が居た。純白の寝具ネグリジェから伸びる白い素足、その魔貌まぼうはそのままだった。

呼吸は…無い


「『生脈仙泉せいみゃくせんせん』っ!」


臓腑に直接生命力をぶち込む、これで人が持つ生命力に喚起する事で屍人すら生者に戻りかねないわざだ。


「げぼァ!?ごほッ!!!!!」


「良かった!生きてる!!」


目を大きく見開き、必死に呼吸を開始する

魔王。ああ、生きている。


莫迦ばか!逆に死ぬるわばかあああああああああ!!!!!!!!!!」





瞬間、魔力ちからが爆発した。その波動は屋根をふっ飛ばし、木材は四散し、平穏な朝は轟音と共に醒めた。





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