『月に抱く。』死にたいひきこもり魔王を 愛する勇者の転生伝。

論理子

降魔大戦 最終章    「生命の使い途」





―――辿り、着いた。




故郷を失った落涙も、勇者となった誓いも

戦友を失った憎悪も、魔族の領地を

勝ち取ったイサオ


すべてはこの日の為に


眼前には白い岩玉を研磨した座

深紅の絹を被せた王の席

そして、そこに座るのは魔王ただ独り

王の間にはべらせる武官達も既にいない。

俺と、その戦友ともが殺し尽くした


「秩序の神の勇者よ、

よくぞここまで辿り着いたな。」


久方ひさかた振りだな、

混沌の神の娘たる魔王」


玉座にて尊大に構える美女が独り、嘲笑わらう。

海の飛沫の様に跳ねる白い長髪

小ぶりの鼻、蠱惑こわく的な金の瞳は鋭く殺意と

倦怠の表情を湛える、真紅の魔角が生えた

その姿は人間離れした魔性の美貌びぼうだ。

角以外は見た目こそ其処そこらの女領主だ

女だでらに領地を構え、民草に君臨する

珍しくもない。

しかし、この女は違う、決定的に違うのは その魔力ちからだ。魔力が形成する空間をも歪ませる程の圧倒的な力場。俺が真正面から挑んだ所で瞬きすら許されず肉塊に変わるだろう。


「もはや、コトバを交わす必要もあるまい。

手始めにお前を殺し、その先の王族共を我が魔王国の歴史のインク一滴にも残さず絶やし、そして魔族だけの永遠の統治を行う。」


「言葉が要らないならば語るなよ魔王、

俺はもう待ち切れない…!

お前とい、う事を!!!!!」


だがしかし、俺も人の身でありながら

秩序ほうの神の加護を得た勇者だ。

ゆうしゃの剣』を掲げるモノとして下賜かしされた権能けんのうを行使する。


「オオオオオオオオオっ!!!!!!」


『勲の剣』から漏れ出す蒼炎に身を包み込まれる。旋風がぶわり、と全てを弾け飛ばし、王の間の燭台しょくだいなどの豪奢ごうしゃな装飾は砕け、

暗闇が辺り一帯に広がる。


「下らん、我が宮殿を荒らす事が勇者殿の

使命らしいな。秩序の神の名が泣くわ。」


「礼を欠いた行為に謝罪しよう、次はこの

薄暗い宮殿あなぐらに秩序の神の加護を与えよう!!!!!」


『勲の剣』を構え、振り下ろす。瞬間、

魔王はその強大な魔力ちからを無造作に

腕に溜め、自身の周囲に防壁を作り上げる。







瞬間、王の間を蒼の閃光が支配した。








全てを神の御名みなの元、浄化はかいし尽くす秩序の加護は魔王宮殿上部を粗方あらかた弾け飛ばした。


「繰り返し言おう。

秩序の神、笑わせるなよ。」


深紅と純白の王座はキズの一つもなかった。

防壁に使われた魔力ちからが霧散し、更なる

魔力場の膨張が肌ですら感じ取れる。


「ならば見せろ、混沌の神の寵愛を。」


―――――真紅の光芒こうぼうが空間に満ちる。


「アはははははは!!!!死ねや人類!貴様達に生存の余地は与えんわぁ!!!」


「効かん」


王の間……もはや部屋と呼べる機能は残っていないが、未だ赤い魔力光に包まれている中であっても全く痛くない、熱くすらない

というか衝撃波のせいでめっちゃ寒い


「あははは…は?」


「秩序の神の加護だぞそんなもん効くか。」


「え」


「お前も混沌の神の寵愛でビーム効かないのでは?」


「はい」


「は。ちょっと可愛いなお前」


「は?」


「地方の領主の娘位なら頑張ってワンナイトラブする手段を考え始めるレベルだ。」


「エぇ…ッ?」





「が、お前は魔王だ。

俺の自我エゴが絡む余地はない、殺す。」


「……それでいい。で、どうする心算つもりだ?」


先程崩れた以外は無表情だった魔王の顔に

僅かな喜びが見て取れた。奴もまた、

他の魔族の様に闘争に餓えていたか


「殴り、殺す。」


ばきり、と。両の腕で『ゆうしゃの剣』を砕く

これで秩序の神の加護は消えた。


「秩序の神の加護を用いて混沌の神の寵愛を。」


「―――――ほう、塵芥にんげん風情が生身で私に挑戦するのか?」


だろ、俺は勇者だぞ

人類守護のサキガケ、秩序の番人だった男だ。」


それに、拳こそ俺の得手えて。俺自身の功夫クンフー


生命力ちから魔力ちからとする外法の極地。

魔闘法『功魔導こうまどう』にふたつは無い。


「そうか・・・そうかァ……!!!しからば!!!!!!!」



刹那、拳と拳がぶつかり、拳圧で地は割れ

砕け、眼下数百メートルまでクレーターが

出来上がる。


「顔に似合わず馬鹿力だなぁ……!」


「顔の醜美は関係なかろうがァ!!!!!」


膨大な魔力ちからが圧縮され、空の権能を簒奪さんだつ

する事で宙を飛び駆ける。

空中で在っても魔力ちからを練る。

常時魔力を扱う魔族を凌駕する力の奔流を

その身に宿すのが『功魔導こうまどう』である。

しかし、必殺のわざすらも魔王の肉体再生の前には必滅とはいかない。魔力ちからで即座に治る身体は、肉を抉るだけでは殺しきれない。



「ゲホォ!!楽しいなァ!!!闘争だけが!終わる事無く、めども尽きず、俺に絶頂をォ与え続けてくれるァ!!!!」


拳と拳がはじける度に地が裂け、空間が爆ぜ、旋風が巻き起こる。

拳が、腕が、骨が、遂に砕ける。

魔王は肉体は再生しても魔力ちからを削られる、有限の不死でしかない。

衝撃がれる度に雲が晴れ、地層奥底まで崩れていく。



「――――――つまらない、何もかも。

クフッ…貴様なら私を殺してくれるかも

しれない。

削れていく、私の身体が、法悦ほうえつだ。

滅びに向かっていく、魔力ちからが……。」



肉と血が飛び散る度、加速度的に魔王の力は減っていく。

命を燃やす俺のわざだけが空回りする様に

鋭く冴えて、敵の身を削っていった。



「そんなに、死にたかったのか。お前。」



「ああ――――疲れた、もう何もかも

怠惰たいだだ。私を殺せる生物がいたのだな。

安心した。」



互いに魔力ちからが切れ、地に堕ちてく。



「ゲホッ…!カッ…お前、生きていてたのしくは無かったのか?」



「貴様は、グボッ…愉悦を感じるのか?

生に?」



戦いの結果出来た深い孔の底、目の前の血塗れの魔王おんなが、酷く小さく、弱々しく見えた。

『功魔導』と

人の身に有害である『魔力ちから』の極限の行使故に死にかけの俺も、大概ではあるが。



「ああ、そうか。お前は、

お前がつまらない

世界を壊したかったのか。」



「孤独だったんだろう、お前の生は。

生きる喜びも、育む慈しみも、死にゆく儚さも知らずに魔王として君臨し続けたのか


哀れな女だ。」



「だ、黙れ……ッッッ!!?」



魔王が地に伏す、血を大地に流し過ぎたのだ

それは俺も同じ事だ。


「魔王討伐、ったか。」


砕けた身体を引き摺る、俺は勇者だ。

死にかけた程度で歩みを止めない。



「なあ、魔王。」



血に濡れた白い髪を撫でる。

やはり今まで出会った華よりも美しい、

俺の目に狂いは無かった。



「もし俺が、お前に想像も付かない幸せを

与えるとしたら

俺の、女になってくれるか?」



「……血が抜けて、ゲホッ血迷ったか。」



「もしお前に、尽きぬ愛を以て時を捧げた

ならば、お前は振り向いてくれるか…」



「ぐ、ググ…止めろ。」



「もしお前に、誰にも心侵されぬ平穏を与えてやれたのなら

お前は、泣かずに死ねるのか……?」



「――――戯れ言はよせ勇者!死ぬ前の女を哀れんだか?!数千年遅いわ!御伽噺おとぎばなしは!」



「遅かないさ…魂の灯火ともしびも消えかけた

老人だって、人を愛せる。」



「人を殺し尽くした魔王だぞ…!正気か貴様は!!!」



「知った事か、俺は秩序の神の信仰をつい先程捨てた。お前を裁く法はない。他人なんぞ気にする必要もない。」



「でも、でも…!」



「何だ?俺が死ぬ前に、教えてくれ。」



意識が飛びかける、視界が無い。

惚れたヒトの笑い顔を知らずに逝くのか



「恐い、恐い…」



「そうか、恐い、か」



うしなう事が、恐い。」



「そうか」



「なら、喪ってみるといい。

最初は痛いが、次第に馴れるさ。

お前は持ち過ぎたんだよ、魔王の使命も、

力も、憎悪も自分が持ちきれないくらいに」



「ああ――――残念、愛の言葉を囁くだけで終わる恋とはな。」




暗闇に、俺の意識が溶けた。











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