第2話 2人の共同生活の始まり

 どうも。読者の皆さん初めまして。私はエルフのエリアです。なんか、エルフ族のみんなに追い出されて森を彷徨っていたら、話す鴉に出会っていきなり召喚されました。

もう、何が何だか訳が分かりません。今、私の目の前には魔王と名乗る女の子が立っています。


「貴様、名は何という?」

「え? な、名前? 私の? 私の名前は、エリアよ」

「うむ。エリアというのか。なんか、普通だな。で、妾の聞きたいこと事なのだが——」

 二つの角が頭に生えていて、背中まで伸びている黒髪は墨を塗ったかのように綺麗な黒色。パッチリとした赤い瞳。


 確かに、噂で聞いた魔王の特徴と一緒だけれど、本当にこの子が魔王なの? 魔族の少女なのは確かだけど、魔王って感じには全然見えないけれど。

「貴方、本当に魔王なの? 全然魔王らしくないっていうか、魔王って言うと、こう、もっと禍々しくて、悪の象徴っていうイメージがあったんだけど・・・」


「な・・・・⁉︎」

  自称魔王を名乗る女の子は顔を真っ赤に染めて口をパクパクとさせて、

「ま、魔王らしく無くって悪かったな! これでも妾は正真正銘の魔王族なのだよ。エルフの少女」

「証拠は?」

「し、証拠だと?」

「そう。証拠よ。貴方が魔王族だっていう証拠。貴方みたいな少女が、あのかの悪徳で有名な魔王だとは思えないもの」


「む、偉そうだな。エルフの娘。この妾を侮辱するつもりか! 良い。それでは、見せてやろう。妾の闇の力を!」

 魔王と名乗る少女はそう言うと、魔法陣を描き始めた。西洋の錬金術師が好みそうな——。

 中二病心が擽られる紋様が床に描かれる。


 そこに、黒い羽と肉食獣であると思われる獣の爪と、何かの魔物の骨をその魔法陣の中に置く。そして、彼女は不思議な言葉を呟き始めた。

「闇よ闇よ闇よ。我の名はブラッド・ファグニャーレである。生と死の狭間を行く迷う生き霊達よ、その力を我に預けよ。答えるならば、魂と自由なる肉体をそなたらに授けよう」

 黒い風が魔法陣を中心にして旋風のような風が吹き始める。


突然——

魔法陣のど真ん中に黒い霧のような、靄のようなものが現れた。それは段々と時間が経つにつれて形あるものへと変化していった。


 なんと言うのだろうか、人の形を成してはいるが、体の輪郭がぼんやりとしていてはっきりとした形が分かり辛い。

 私は魔力が多い方では無いし、寧ろ鈍感で感知スキルが鈍い方だから分かりづらい。

 けど、胸の奥が詰まるような、チクチクするような魔力を感じる。


「貴様、自由なる肉体と言ったがそれは本当か?」

「無論だ。が、用事がある時は妾の指示に従って貰おう。これは、主と使い魔の絶対的な関係なのだ。だが、それ以外は貴様らが何をしようが自由だ」

「良かろう。それでは、我々はそなたと契約を結ぼう」

 ブラッド・ファグニャーレと名乗った小さな魔王は右手を目の前の黒い霧に向ける。


「上等だ。使う時はこき使ってやるからな。安心しろ。その代わり、使う時以外はお前らは自由だ。が、1つ条件がある」

「なんだ?」

「人様に迷惑を掛けない。これさえしてくれれば、基本的に妾はお前達には何もせぬ。良いな」

「ふん、主人がそう言うのなら仕方がない。了解した」

「では、ここに契約をした事を記す!」


 ボンっと、紫色の煙が辺り一面を覆い尽くした。

「きゃっ!」

 だが、煙は瞬く間に消え去っていった。

 煙が消滅したその場には五体のガイコツが突っ立っていた。

「あ、アンデッド⁉︎」

 こ、怖っ! ずっと、森の中にいたから話だけでしか聞いたことが無かったけれど、アンデットって本当に骸骨なんだ。


「どうだ? 凄いだろう? こんなのは妾にとってみれば初歩中の初歩だ。他にも、ゴーレムを作ったり、吸血鬼を作ったり、色んな魔族を生み出すことが出来るのだ! それだけではないぞ。黒魔術全般のことなら私は基本的になんでも出来る! これでも魔王だからな!」

「あ、う、うん」

 な、なんて反応すればいいんだろう。この子が魔王だってことは納得出来たけど、外見だけからだと全然魔王に見えないんだよね。背丈だって私くらいだし、そりゃ、赤い瞳と頭に生えた2つの角を見たら魔王族の1人だって分かるんだけどね。

「これでも魔王だからな!!」

「・・・・・・うん」

どうしても、私に自分が魔王だってことを納得させたいらしい。このドヤ顔。


 突然、彼女は何か閃いたように立ち上がって、

「そうだ! 折角だし、魔王直々にこの魔王城の中を案内してやろう」

 その後、私はブラッド・ファグニャーレに連れられて魔王城の中を見せてもらった。鍵が無いと開ける事の出来ない図書館、炎の魔物やコック役(?)の魔物がいる料理室、ブラッド・ファグニャーレの寝室——。


 色々と魔王城の中を見て回った後、私と彼女はリビングに行って暖炉のそばで温まっていた。私と彼女は何も話すことなく唯々その場に居座っていた。

 ブラッド・ファグニャーレは、10分ほど無防備に私に寝顔を見せていた。その顔はなんとも愛らしい。甘くて、彼女の周りだけが優しい淡い色に包まれている感じがして安心した。


 魔王という立場でも、この子は普通の女の子なんだなって、最初は魔王って聞いて、どんなに邪悪で恐ろしい存在なのかと思ったけど、なんて事はない。只の同い年の小さな女の子だった。ちょっと、偉そうで、背伸びしているところはあるけれど。


 人差し指で彼女のふっくらとした頰を突いてみる。柔らかい、ぼた餅みたいに柔らかいほっぺた。もう、食べちゃいたいくらいだよ。

「えへへ」

見ていると、心が和らぐなぁ。本人が起きたら怒られるんだろうけれど。


「ん」

「あ、やば」

「もしかして、妾は寝ていたのか?」

「え、あ、うん。寝ていたよ」

「そうか。いつの間に・・・」

 彼女は子猫みたいに思いっきり伸びをして見せた。

 そのとき、グゥゥとお腹が鳴る音が聞こえた。私じゃ無い。と言うことは——。ちらりと、ブラッド・ ファグニャーレの顔を見ると、キョトンとした顔をしている。私と顔を合わせた途端に顔を赤く爆発させて、


「こ、こっちを見るんじゃない! バカ!」

子猫みたいな小さな手を私の顔に突き出してきた。つい、私のいたずら心が働いてしまって、

「良いじゃん! 今、お腹が鳴ったのあなたなんでしょ?」

「や、やめろ〜! ご飯だ。もう夕飯の時間だからな。夕飯にするぞ。エルフの娘」

「あ、逃げた!」

私は彼女の後について行った。


 食事は、リビングにある机でする習慣らしかった。机と椅子は木材で作られていて、魔王のアジトらしく黒塗りされていた。

 そこに、コックの格好をした悪魔の姿をした魔物が現れた。

「ブラッド・ファグニャーレ様、今日の夕ご飯は何に致しましょうか?」

 私のことを一言も言わないし、ちらりと見もしない。こいつ、私のこと見えていないのか? それとも、認識出来ないのか?

「いつものやつで頼む。それと、同じ物をこいつにも用意してくれ」

悪魔の姿をしたコックは、ちらりと私の顔を見て、

「畏まりました」

 そう言って、料理場へ去って行った。


 なんて、寂しい所なんだろう。

 それが、私がこの魔王城の中を回って思った事だった。城の中に魔物はいるとしても、それは自分が作り出した使い魔に過ぎない。使い魔と主人との関係は絶対——。主人が上で使い魔が下。これは、使い魔が主人よりもどれだけ強くてもこの関係を覆す事なんて出来ない。逆転することなんて不可能なんだよね。


 彼女と対等に分かり合える人はこの城の中には1人もいない。だからと言って同情はするけれど、彼女をどうこうしようだなんて私は思わない。何故って、これは彼女自身の問題だから。

 私がどうこう言ってもどうしようもないもんだって私は思う。


「お待たせ致しました」

 先ほどのコックがお皿を持ってやって来た。

 魔王城の食事。どんな感じなんだろう。 お肉の焼けたいい匂いがする。プロが黒毛和牛を焼いた時のような香ばしい匂いがお皿から漂ってくる。口の中に溢れ出す涎を飲み込む。


「うわぁ」

 予想通り、とてもおいし・・・・そ・・・う?

 ん? にしてはなんか、肉の色が無駄に紫掛かっている気がするんだけれど。

「それじゃ、頂くか」

ブラッド・ファグニャーレは、フォークで目の前に出された肉を刺す。


 え、まさかこの肉を食えって言うの? 嘘でしょ?

「ち、ちょっと待ってよ! この肉ってなんの魔物の肉なのよ? ウルフとかスイートラビットなら良いけど、このお肉は全然違うわよね」

「あ、ああ。この肉だな。この中はこの近く近隣に住むリザードマンのものだ。しかも、唯のリザードマンでは無いぞ! ここいらの魔力濃度が高いところにしか住まないダークリザードマンだ。普通のリザードマンよりも肉があって美味いぞ」

 彼女は、そう言いながらリザードマンの肉をスライムのようにひょいぱくひょいぱくと口の中に放り投げている。


 正直、逃げたい。でも、逃げたところで私が帰る場所なんてどこにも無い。それに、ここは魔王城。魔族のボスのアジト。そう易々と逃げることが出来ないということは十分に理解しているつもり。しばらくの間はここに居候させてもらうしか無いみたい。

 それは、仕方のないことと言えば仕方のない事なのかも知れない。


 ええい! 郷に入って郷に従え! 食べてやる!

 鼻を摘んで毒々しいダークリザードの肉を口の中に放り込む。


 お、美味しい! 頭の中を電撃が走り抜ける。お肉が豆腐のように簡単に噛み切ることが出来る。さらに、噛むたびに口の中に肉汁が広がっていく。噛めば噛むほど、肉の味わいが深くなり、肉汁も溢れ出す。


 これほど美味しいお肉を私は食べた事がない! 視界がぼやけて、ほっぺたを冷たい雫が伝う。

「え、そ、そんなに不味かったのか!?」

 向かい合わせに座っていたブラッド・ファグニャーレが戸惑いの声色で話しかけて来た。私はそれに首を横に振ることしかできなかった。目の前に白い布が現れた。私は、それがブラッド・ファグニールからの物だと直ぐに分かった。


 私は、ほっぺたに残った2つの透明な線を布で拭った。

 そして、あまりの感動に口から言葉が次々へと溢れ出した。


「私、こんなに美味しいお肉を食べたの初めて。お肉って、柔らかいのね。まるで魔法見たい! 私たちエルフが食べるお肉は焼いただけのお肉ばかりだから。ねぇ、これ、どうやって焼いているの?」

「そうなのか。私はこれしか食べたことがないから他の肉の味はよく知らん。作り方も知らん。妾は料理というものを作った事がない」

「そ、そんなー」


 肩を落としていると、

「うちのコックに作りかたを教えてもらえれば良い」

「ほ、本当に!? 良いの?」

「ああ。どうせ貴様は、他に行くところも無いんだろ」

 ちょっと腹が立ったので、少しむくれて見せる。


「む・・・た、確かにそうだけど」

「それじゃ、ここにいるんだな。この城の中にいるのが1番安全だからな。外には何も無い。枯れた世界、崩れ落ちる世界しかないからな。エルフの娘1人の力ではどうしようもできん」

「・・・・・・」

 ちょっと、この子さっきから私に失礼なことばかり言っているじゃない! けど、逆ギレして追い出されたら私は生きていくことができない。仕方ない。今は我慢をするしか無いんだ。


 ファグニャーレと名乗る少女は、私に手を伸ばしてきた。何これ?

「人に初めて挨拶をするときは、こうするのだろう? 本で読んだぞ。これからよろしく。エリア」

 私は、本というもの自体読んだ事ないからよく分からないけれど、取り敢えずこの手を握り返したら良いのかな?


 彼女の手は、私と同じくらい小さかった。彼女自身は自分の事を魔王だと言っているけれど、そんな彼女の手は、血の通った温かな人間の手だった。

「うん! よろしくね! ニャーレちゃん!」

「ふん。調子に乗るな。エルフの娘。それと、馴れ馴れしく私の事をニャーレちゃんと呼ぶな」

強気な言葉を私に浴びさせているけど、顔はリンゴみたいに真っ赤になってる。


「バカ・・・」

ニャーレはエリアには聞こえないくらい小さな声で呟いた。

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