魔王ちゃんとエルフちゃん

阿賀沢 隼尾

第1話 魔王ちゃんの日常

ブラッドマウンテンを越え、悪魔山を越え、その他幾多もの試練を乗り越えたその場所に魔王城はあった。


そこは、暗雲に包まれ、光は一切届かない——。『魔王』という世界最悪、最恐の生物がそこに住んでいた。


その生物とは、魔物を作り出し、世界を脅かす存在——

魔王である。


「はぁ、つまらぬ。妾は退屈だ。暇で暇で暇で暇で死にそうだぁぁ!」

彼女の体の3倍以上は確実にあるベットの上で、1人の美少女は悶えていた。


彼女の名は、ブラッド・ファグニャーレ。

魔王族の長女であり、魔王族第3代目の正式な後継者で、現在の魔王城の主でもある。

黒と白のゴスロリの格好をしている少女である。

背中まである擦ったばかりの墨の様に滑らかで、艶のある濡羽色の髪が彼女の細い腰まで川のように流れ落ちている。


彼女は陶器のような艶やかで白い肌をしており、その姿はまるで子猫や子犬のような、そんな守りたくなるものを具現化したかのような愛らしい姿をしている。


しかし、そんな彼女の愛らしい容姿とは対照的に、彼女の血のように赤い瞳と、頭に生えた牛のような小さな2つの角が、竹の子のようにちょこんと飛び出ている。


その赤い瞳と2つの角は、魔王族由来の特徴である。

そう——

彼女は、由緒正しき魔王一族の一人娘なのである。


「全く、何故こうも妾の城には人っ子1人も寄せつけないのだ! お陰で妾は毎日毎日毎日図書館で本を読んで退屈を紛らわす事しか出来ないではないか!」

うわぁぁぁぁ! と大声で叫びながら、ベットの上でゴロゴロと転がり、暴れ回る。


数分間暴れまわっていたが、飽きて枕を顔に押し付ける。

「さて、どうしたものか。人形作りでもするか」

ふかふかのベッドから降りて、魔術研究室へと向かう。


魔力や魔術系統はその家の家系によって大きく変わる。私の場合は、魔族の中でも最高峰の血筋を誇る魔王一族の一人だ。


魔族を生み出したり、人などの生物の精神を乗っ取ったりする黒魔術系統の魔法は妾の十八番だ。毎日、魔術研究室に篭っては魔族やアンデッド族を生成したり、新種の魔物を生み出す研究をしている。


普通の魔族では、とてもこんな事は出来ない。まだ、10歳の妾でもこんな大掛かりな魔術を行う事が出来るのは、前代の魔王であるブラッド・オプスキュリテが世界中の魔術書を図書館に残してくれたのと、魔王族である血筋故なのだろう。


黒曜石と金で彩られ、不思議な紋様が彫られている扉は流石、魔王城と言うべきか物々しい雰囲気を漂わせている。普通の人間が見たら思わず怖気付いて一目散に逃げてしまうだろう。


扉の表面に掌を当てて魔力を流し込む。

すると、扉に刻まれている紋様が紅く蛍光のようなぼんやりとした光を放ち、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと左右に扉が開いた。


中から溢れ出る紫色の煙を手で払いながら中に踏み入れる。中には、色々な魔術器具が置かれてあった。


部屋の真ん中には紫色の水晶玉が赤い布の上に置かれてある。さて、周囲の状態はどんな感じかな? 『感覚共有』開始! 『感覚共有』は、簡単に言えば俺の一部の感覚器官を使い魔の感覚器官を通じて共有するという事だ。つまり、離れたところから使い魔を通じて見る事ができるというわけだ。


今回は、南にあるグラドラの森に放ったモンスターを通じて見ることにした。あそこら辺はエルフのアジトとドワーフのアジトは山を一つ隔てた所に存在している。エルフとドワーフはとても仲が悪い。だから、いつ2部族が戦争になるのか分からない。それに、大陸一の戦力を誇るスピルタが近いところにある。ドワーフの技術やエルフの民族魔術を盗みにいつ襲って来るのか分からない。


この2つの危険性がある限り、グラドラの森とモグール洞窟の周辺にはモンスターを配置せざるを得ない。スピルタ王国が攻めて来たらエルフもドワーフもたまったものじゃ無いだろう。そうなる前に手を打たなければ。


そうする為にはスピルタ王国が攻め込めないようにしないといけない。決めた。防御力の高い魔物を作ろう。それも、スピルタ王国が攻め込めないくらいの魔物を。


うむ、そうだな。ゴーレム辺りが一番良いだろう。動きは鈍いが、その分、持ち前の防御で破壊力はかなり高い。でも、ゴーレムの作り方ってどうやるんだっけ? 忘れてしまった。


本棚の方に歩いて行って、目当ての本を探す。確か、題名は「魔物生成術入門」だった気がする。こういうこともあろうかと、魔物の生成術の本は、父上が残してくれた図書館から大体はこの部屋に持ち込んで来ている。


「魔物生成術入門」は、ゴブリンだとか、スライムだとか、ゴーレムだとか、基本的に下級から中級の魔物を生み出す方法について書かれている赤くて分厚い書物だ。


「ええと、この中の何処かにあったと記憶しているのだがな」

150cm程の細身で小さな体で一生懸命探す。

「あ、あった!」

でも、どうやって取ろうかな。本棚の一番上の右端にあるんだけれど、妾の体では絶対に届かないのだ。


そういえば、台が本棚の隣にあった気がするぞ。あったあった。これだよこれ。本棚の隅に置いてある金属製の踏み台を取り出して「魔物生成術入門」の真下に置く。

「よし。これで完璧だな」


踏み台の上に乗っかるが、なんせあまり使っていない。かなり昔からある物だから、どうやら足が安定しないらしく、グラグラする。


届くかな。手を伸ばすと、ギリギリ届かない。むう、届け〜! 爪先立ちをして手を伸ばしてみる。あと少し。あと少しで届くのだ。


「良し!」

本を手に取ったと同時に、緊張が解けて力が一瞬抜けてしまった。

「あっ!」

20cm以上もの厚みのある本を手にした瞬間だった。体が後ろへ傾いていくのを感じた。手が滑って本を手放してしまった。


ヤバい。

そう思ったけど、もう遅い。視界が天井に向く。本が開いて、中の紙に書いてある術式や絵が視界に映る。あとは、重力に従って落下していくだけ。


「痛っ!」

背中に床が直撃する。ジーンとした痛みが背中を突き抜ける。


ゴッ


視界が揺れる。

「あうっ!」

痛い。痛いよう。両手で本が直撃した所を両手で触れる。


「さ、最悪だ」

目頭が熱くなる——。視界がぼんやりとしてきて、両側の頰から冷たい雫が一粒流れ落ちる。


魔術書は、妾の両脚の間に落ちた。パラリ、と開いたページには丁度ゴーレムを創る方法が書かれてあった。


「むう、不幸だ」

ジンジンと痛む頭を我慢しながら、魔術書に手を伸ばす。なになに? ゴーレムを作るには、《魂の御霊》とゴーレムの素材となる土や岩、土系統の魔法が必要らしいのだ。生成過程も単純で比較的単純なのだが、いかんせん私は不器用な部類に入るので、何かを作るのには向いていないのだ。ゴーレム作りには何回か試して成功こそしているものの、得意な方では無い。


でも、魔王族としてのプライドが妾にはある。だから、何としてでも成功はさせたいのだ。取り敢えずやってみないといけないだろうな。良し。


今日は魔術書を見ながら、手順に沿ってやってみよう。やっぱり、我流でやっていたらいけないな。

手順①:生成術の魔法陣を描いて、その真ん中に《魂の御霊》を置く。


《 魂の御霊》は、その生命体の心臓となる所だ。見た目は、魂のような青白い球の形をしているのだが、これを作るのにも幾つかの過程が必要なんだけれど、めんどくさいので、今回は省こう。


床の真ん中に生成術の魔法陣を描いて、その真ん中に瓶の中に入れた魂の御霊を置く。


手順②:魔法陣の中に、生成する元となる素材を置いて呪文を唱える。

これは、なんでもいい。今回は、ゴーレムを作るので幾つか複製させた土と石を用意した。


ここからが勝負で、この呪文は基本の型は同じなのだが、作る魔物によって若干異なるのだ。だから今までキメラみたいな魔物ばかり出来ていたのだけれど・・・・・・


「土よ。岩よ。其方らに強剛で強靭な力を、生命を、 肉体を精神を魂を妾——。魔王第三代目ブラッド・ファグニャーレが与えよう。妾の使い魔となれ!現出せよ! ゴーレム!」

魔法陣に沿って、黄土色の光が浮かび上がる。その光は、次第に強まっていき、視界を覆い尽くすほどに明るくなる。


「むっ」

眩しすぎて、手で両目を覆う。その瞬間、白い閃光が魔法陣から放たれる。閃光が閃いた後に、光は弱まっていった。


「せ、成功したのか?」

恐る恐る目を開く。目の前には、岩のようなゴツゴツとした物が見える。下に視線を移すと、岩で構成された足が二本その巨体を支えていた。


成功したのか? 命令をしてみるか。

「ゴーレムよ。動いて良いぞ」

妾の顔の3倍はあるデカイ顔をゴーレムは動かした。足を動かして妾の方へ少しずつ歩いてくる。


成功だ。成功をしたぞ!嬉しさのあまり、思わず拳を握り締める。まるで自分の子供を産んだみたいだ。間違ってはいないけど、生命が誕生する瞬間というものは何て素晴らしいのだろうか。しかし、それでもこのゴーレムと妾は主人と使い魔。その立場は決して逆転する事はない。絶対的な関係なのだ。


「私をお前の腹の所まで持ち上げてくれないか?」

ゴーレムは、岩で作られた手を妾の所まで伸ばして来た。妾はその上に乗る。地面が離れていって、彼の《魂の御霊》が入っている場所——。つまり、人の心臓に位置する所だ。使い魔——。つまり、魔物にとって《魂の御霊》は心臓と言って良いくらい大切なものだ。


ゴーレムの心臓に両手をかざして呪文を唱える。

「ゴーレムよ。其方に言葉と自由、感情を与える代わりに妾の使い魔となれ。妾にその体を、その命を、預けよ。ここにそれを証明する!」

ゴーレムの腹に大文字のCの真ん中に、コンマを付けたような一つの文字を刻んだ。使い魔のルーンだ。


「妾を降ろせ。ゴーレム」

「はい。ご主人様」

ゴーレムの掌から飛び降りる。

「ゴーレム。お前にグラドラの森とモグール洞窟周辺の警備、及び守護の使命を与えよう」

ゴーレムは、妾の前に跪坐いて、

「有難きお言葉。その使命、全うしてご覧に入れましょう」

「うむ。それでは、空間転移の魔法を使う。頼んだぞ。後から仲間も送るからな」

「はっ!」


筆を机の上から取って『空間転移』の魔法陣を描いて、両手を地面に付ける。

「それでは、頼んだぞ」

「お任せ下さい!」

ゴーレムは、青い光に包まれて姿を消した。


「さてと」

ゴーレムをちゃんと転移出来たかな? 水晶玉に両手を翳す。どうやら上手く転移出来たようだ。今は、花を愛でているようだ。見た目によらず少女チックな魔物だな。思えば、洞窟ならともかく森の中にゴーレムは異様な光景かもしれない。けど、やってしまったものはしょうがないし、そうそう簡単にやられないだろうから心配は無用だろう。


少しだけ周囲を見てみるか——。因みに、妾が何を通して見ているかというと、鳥類型の魔物だ。機動力もあるし、視界も広い。なので、水晶玉から眺めるのには1番適している魔物だと妾は思う。


「ん?」

空から森を観察していると、木々の間に何か人らしき者がいた気がする。気のせいか? ここら辺にいる人族はエルフのみだが、こんな森の奥地まで来るのは珍しい。近づいてみるか。


近くの木の枝に止まると、金髪の長い髪と尖った耳が見えた。やっぱりエルフか。体つきからして女の子かな。しかし、何故エルフがこんな森の奥地にいるのだ? エルフは基本集団行動をする筈だ。単独行動をする事は殆ど無い筈なのだ。


ん? よく見ると、エルフの右の掌に何かの模様が刻まれている。拡大しよう。《スコープ》! あれは、エルフ族が掟を破った者にする焼印。あんな小さな子供が一体何をしたというんだ? 私には関係のない話だが、この周囲を影で治める者として聞いてみるべきだろう。


「済まない。少し話を聞きたいのだが」

「え? ま、魔物⁉︎ こ、来ないでよ! 近付かないで!」

どうやら嫌われているらしい。まぁ、困惑しているというのもあるかもしれないな。言葉を話す魔物ってそんなにいないし。


腰に手を伸ばして剣を抜こうとしているのか? それはやめて欲しい!

「ま、待て待て待て! 話をしよう。エルフの娘よ。私は怪しい者では無い」

「無茶苦茶怪しいわよ。何なのよあんた? 誰なの?」

手を剣の握りに手を掛けたまま聞いてくる。かなり警戒しているらしい。そりゃ、魔物にいきなり話しかけられたら驚くだろうけど。


「私は、この世を統べる闇の世界の王。つまり、魔王 第3代目ブラッド・ファグニャーレだ。貴様、逸れエルフだな」

「ま、魔王⁉︎ な、なんで魔王がこんなところにいるのよ! それに、その姿は——」

「視覚を共有しているのだ。お前、追い出されたのだろう? 行く先も戻るところもないのでは無いか? 妾のところに来い」

「だ、誰がアンタの所なんかに行くのよ! 行くわけないでしょ! 魔王の住処なんかに!」

「残念だが、貴様に拒否権は無い」


研究室に《空間転移》の魔法陣を描いて彼女を召喚した。赤い光に包まれてエルフの少女が魔法陣から現れる。

「な、何よここ・・・」

ぽかんと、口を開けたままのエルフの少女。一言で言えば、美しかった。真っ白な陶器のような肌にすらっとした華奢な体。金髪のロングストレートの髪から、エルフ特有の尖った耳が覗いている。


「ここは私の城だ。お前を空間転移させたのだ。私と話をしようではないか。エルフ族の少女」

「アンタがこの城の主、魔王なの?」

「そうだ。妾がこの城の主、ブラッド・ファグニャーレだ。よく覚えておけ。エルフの娘」


こうして、魔王ブラッド・ファグニャーレとエルフの女の子の魔王城での共同生活が始まったのである。

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