その4 決闘
『あ、これは失礼』俺は慌てた彼女に大仰な仕草で、ハンドバッグを拾って渡した。
飾り棚に気を取られていた彼女はびっくりしたが、俺の顔を見て、
『あら、ごめんなさい』
それだけ言って、向こうに行ってしまった。
清治とその子分たちは、恨みがましい目つきで俺を見ていたが、それ以上に訝し気な表情をしていたのはスリ係の刑事達だった。
ご存知だろうが、掏摸というのは、現行犯逮捕でなければワッパをかけることが出来ない。
彼らにしてみればぎりぎりのところで俺に犯行現場を妨害されたのが、余程悔しかったんだろう。
『おい、おっさん』
何気ない風を装って、俺がエレベーターに向かおうとすると、後ろからそう言って声をかけてきたのは、清治の子分らしき若者だった。
派手な柄のシャツに、髪の毛を茶色に染めている。
『ちょっと俺らに付き合って貰おうか』
ご丁寧に飛び出しナイフを俺の脇腹に突き付けた。
売り場の中ではさっきの騒ぎは収まったようである。
俺は黙ってエレベーターに乗り込んだ。
他にも数名、一緒に乗り込み、最後に清治も入ってきた。
ここのエレベーターはエレベーターガールはいない。
一番入り口近くに立っていた清治が、
『F』と書かれたボタンを押した。
俺も含めて五名は乗ったろう。他の客は乗せないように妨害した。
誰でも分かるだろうが、昔はともかく今では百貨店の屋上なんて、誰も足を踏み入れやしない。
ましてや今日は平日だ。
一応遊具やら、ゲーム機やらが置いてあるのだが、そんなところに人なんか行くわけもない。
ナイフを持った男が、俺の肩を押した。
俺は黙って外に出た。
案の定、そこには人っ子一人いやしない。
俺は自動販売機が並んでいる一角を背にして、清治を始めとした五人に取り囲まれた。
『てめぇ、一体なにもんだ?何で俺たちの「アキナイ」を妨害する?』
『それが俺の仕事だからだよ』
『仕事?てめぇどこのグループに頼まれたのか?』
見れば、ナイフだけじゃない。清治以外それぞれみんな、チェーンだの、特殊警棒だのを持っている。
『それをいう訳にはゆかんな。秘密を守るのが俺の仕事なんだから』
『野郎!』
最初に突っかかってきたのはナイフ男だ。
俺は身体を横に泳がしてナイフを避け、奴の右腕を脇で挟むと同時に、縦拳を人中に叩き込んだ。
口と鼻を抑えて、声にもならない声をあげて、膝から崩れるように倒れた。
後はもう、無暗矢鱈に残りの三人がかかってきたが、こいつらをあしらえないでこの稼業じゃ飯は喰えやしない。
しかもこいつらはただの『掏摸』だ。
『暴力』が専門じゃない。
あっけにとられ、立ちすくんでいる清治に、俺は懐から探偵免許とバッジを見せた。
『た、探偵・・・・?』
『清治だったな?四十面下げて、昔のチンピラがやらかすような真似をするとはね。掏摸ってのは、犯罪芸術家の生きる世界じゃないのか?少なくともあんたの師匠はそう思っていた筈だが?』
『師匠って・・・・あんた・・・・』
俺は黙って踵を返すと、そのままエレベーターの方に向かって歩きながら、携帯で最寄りの所轄に連絡し、警官を寄越して貰うように頼んだ。
エレベーターを待っていると、二基あるうちの一つが開き、さっきのスリ係の刑事が制服を引き連れてどやどやと降りてきた。
ちらり、と俺の方を見る。
舌打ちをし、忌々しそうな顔をしながら、俺の横を駆け抜けていった。
現行犯じゃなくっても、物騒な道具を持ってる連中が転がってりゃ、逮捕しないわけにはいかないからな。
翌日、俺は新宿署から呼び出しを喰った。
生活安全課の犬丸警部殿である。
『本庁が五月蠅くってな、お前さんの探偵免許を無期限で停止にしろとさ。まあ、俺の方から上手く誤魔化しといたから心配はいらねぇが、その代わり今度奢れよ』
悪徳刑事め。
しかし、あの日のコンクールで、あちこちから出向いてきていた掏摸グループ根こそぎ摘発されたそうだ。
あの清治って奴のグループも臭い飯を喰うことになるらしい。
しかし桑山氏からは、
『あのくらい灸をすえてやらねぇと、あいつだって目が醒めねぇだろう』
だとさ。
終わり
*)この作品は架空のものです。登場人物その他全て作者の想像の産物であります。
真昼の決闘in21 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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