その3 あいつら

 柱にもたれていた俺は、デパートの入り口の方に目をやった。

  俺の腕時計と、百貨店の大時計の針、共に天辺で日に二度しかない逢瀬を楽しんでいる。

 つまりは正午かっきり、

 その時、サングラスをかけた、背の高い40がらみの男が入ってきた。

 間違いない。

 桑山氏の弟子の『清治』だ。

 彼の周りには何人かの仲間がいる。

 しかし、互いに全くと言ってよいほど目を合わせない。

 連中は言葉を交わすこともなく、エスカレーターに乗った。

 他にも俺の視界に入っただけでも、知った顔が何人かいた。

モサデカ、つまりは掏摸係の刑事達である。

しかも所轄だけではない、桜田門からもお出まし遊ばしている。

連中も相当褌を絞めてかかってるんだろう。

この百貨店は、地上12階、地下2階という大掛かりな建物だ。

そこで『コンクール』が行われるとあっては、勢い、大掛かりにならざるをえまい。

しかし、俺にとっての問題は清治だけだ。

清治が仮に『仕事』をして、パクられたとしても、他の連中と余計な争いだけは起こさないようにしてくれ・・・・俺はその依頼を遂行すれば良いのだ。

清治は人ごみに揉まれながら、エスカレーターで7階に向かうと見た。

7階は婦人向けの衣料や化粧品のフロアである。

この節、男より女の方が金を持っている。

彼はそこを仕事の場と定めたようだ。

他の連中、つまりは『ヒラバ師』や『デカさん』たちも、そこを戦場と決めた。俺はそう確信した。

7階についた。

店員だけじゃない。

8割近くが女性ばかりだった。

その中に男が入って行けば、勢い、目立つことは間違いなかったが、それでも『コンクール』は開催されるのだ。

清治が最初に目を付けたのは、宝飾品売り場にいた、如何にもという姿恰好の五十過ぎと思われる女性だった。

彼は、首を動かして自分の周囲にいた男たち・・・・即ち彼の子分数名にアイコンタクトで合図を行った。

 見事なものである。

 言葉を発しなくても目の動きだけで、誰がどういうポジションを取るか。

 予めくどいくらいにシミュレーションをしていなければ、できない動きだ。

 俺を除いては、誰もその動きに気付いていなかった・・・・いや、そうではない。

 刑事たちもいた。

 そして、他のグループも、明かに彼女をターゲットにしていたのである。

 俺はゆっくり、女の側に近づいた。

 清治は顔だけを別の方向に向けながら、手だけは巧みに女のバッグに移動してゆく。

 刑事たちの目が光った。

 すると、その時である。

 彼女のいた、ちょうど反対側で、何やら騒ぎが起こった。

 一瞬、皆の目がそちらに向く。

 清治の手が動き、ハンドバッグの留め金にかかった。

 俺はわざとらしく、

『何だ?』と叫び、わざとよろけたふりをして清治の身体にぶつかった。

 女性が持っていたハンドバッグが床に落ちる。

 


 


 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る