第11話 狐狸神社

少しずつ日差しが強くなってきた。

スマホの画面を確認すると時刻は既に8時を過ぎており、キツネさんと歩き始めてから15分ほどが過ぎていた。


やがてぼくたちは鴨川の辺りから階段で橋の上へと上がり、街の中へと入った。自分が今どこを歩いているのか全くわかっていない。左手には石で造られた塀が延々と続いていて、右手側には住宅地がある。そんな道をさっきからずっと歩いている。


前を歩いていたキツネさんが立ち止まり、こちらを振り返った。

ここは、道端の途中だ。あたりに神社らしきものは見えない。


「ここが狐狸こり神社だ」


キツネさんが指していたのは道の左手側、塀の方だった。そこだけ石造りの塀がポッカリと瓦解しており、竹やぶの中へと続く道が生まれていた。

ぼくは竹やぶの奥を覗き見る。神社らしきものは見えないが、奥へと道が続いていることは分かった。天を衝くように伸びる竹やぶが空の色さえも覆い隠していて、晴天の日の早朝だというのに、ここだけやけに薄暗くて不気味だ。


「これ、どう考えても裏口ですよね」


「ここが正規の入り口だよ」


この偶然できたみたいな穴から竹やぶを通っていくのが正規のルートだとキツネさんは言う。なるほど、ネットにも載っていないわけだ。こんな街中の塀の中、竹やぶの中を突き進んだ先にある神社なんて誰も知るわけがない。

「意味知る人ぞ知る穴場スポット」的な売り出し方をしたら人気になりそうな気もするが、そうなるともはや知る人ぞ知るスポットではなくなるからダメそうだ。


「この塀が崩れているのってたまたまですよね。これが正規ルートなんですか?」


「うるせえなあ、そんなの俺様が知るかよ」


赤宮家の経営する狐狸こり神社。この神社の経営が危ぶまれているのかと思ったら、何だかちょっと憂鬱になってきた。このままぼくが結婚をしたら赤宮家はうちの親戚になる。しかし残念なことに我が家には経済的余裕はさほどない。もしも神社の再建をしようなんて言われても、おそらく経済的な力添えをするのは無理である。日下部くさかべ家はそんなに裕福じゃない。


こんな竹やぶを掻き分けて行かないと辿りいけない神社って、どう考えても金銭的余裕はなさそうだよなあ・・・。


「ていうか、まだ8時を回ったところですよ。こんな朝早くから急に訪問したら迷惑じゃないですかね」


「だからそんなもん俺様が知るかっての」


妖怪に人間の常識を尋ねたことがそもそもの間違いだった。

・・・とは言え、ここに来るまでの間に暇つぶしできるような場所はなかったし、今からお昼頃まで時間を潰すというのも現実的ではない。


「第一印象で非常識だと思われるのは良くない気がするなあ」


「お前が来たいって言うから連れてきてやったんだぞ」


「まさかこんな近場だと思わなかったんですよね。もっとバスに乗ったり何だりして到着するものかと思ってましたから」


「俺様のせいだって言うのか」


「そんなことは言ってないですけど」


そんなこんなで神社の入り口(と言う名の道端)でグダグダと押し問答をしていた矢先のことである。

キツネさんが何かを察知したかのように東の空の方へと視線を向けた。そのまま数秒空を睨みつけ、小さくため息をついた。


「・・・今日は朝っぱらから面倒くせえことばかりだな」


ぼくには何のことを言っているのかさっぱり分からない。

彼は眉間にしわを寄せ、面倒くさそうに頭を掻いている。


「ほら、お前はさっさとそっち行ってこい。俺様は俺様で用事ができた」


キツネさんはぼくのリュックを押しながらそう言った。

どうやら彼にも用事ができたようだ。

ぼくは彼にお辞儀をして、お礼を口にする。


「キツネさん、わざわざ道案内ありがとうございました」


振り返って竹やぶの方を向き直す。


一度は諦めかけた挨拶訪問だったが「妖怪の力添え」というチートのお陰でなんとか達成できそうだ。


そして、今更になって少し緊張してきた。

はじめて出会う許嫁、どんな子だろうか、可愛いといいな。

そもそも気は合うだろうか。つーか許嫁って、本当に結婚することになるのだろうか。そうなったら遠距離恋愛になるけど、茨城と京都ってめちゃくちゃ遠いよな。

とりあえずあと数日の滞在中に仲良くなれるといいけど。


そんなあれこれを思いながら、ぼくは足を踏み出した。


10メートルほど竹やぶの中を進んでから振り返ると、そこにはもうキツネさんの姿はなかった。妖怪にもやることがあるんだなあ、大人も子供も妖怪も、みんなそれぞれ大変なんだなあ。


ぼくはぼくで自分のやるべきことをやらねばならない。


歩きながら、ポケットからメモ帳を引っ張り出した。

「夜行バスは宇宙船みたいだ」と書いたその下に、「京都にはキツネの妖怪がいる」と書きなぐった。


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